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王太子妃になり損ねた公爵令嬢は氷の国で魔王に溶ける  作者: 九条 睦月


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41-2.秘めた想い(2)

「あぁ、俺が一方的にレティシアを見かけただけだ」

「え……」


 きょとんとする私に、エルがクスクスと笑い、肩を震わせる。


「エル!」

「わかったわかった。今、説明する」


 エルの袖をグイグイと引っ張る私に、エルは何度も頷いた。

 袖を引っ張るなんて子どもみたいだ。でも、そうせずにはいられないほど早く知りたかった。

 遠い昔、私とエルは出会っていた。それを私自身が全く知らなかったことが、悔しくてならない。


「俺がレティシアに気付いたのは、子どもの泣き声がしたからだ」


 お父様とお母様と一緒に行けると思っていたのに、私だけ置いていかれたあの時。


「とんでもなく大きな泣き声で、辺りに響き渡っていたよ。側にいた女性も慌てているようだった。これほどレティシアが泣くとは思わなかったんだろうな」

「あの時はとにかく悲しくて、感情を抑えることができなかったんです。でも、そんなに大きな声だったなんて……。一緒にいたのは、私の家庭教師で護身術を教えてくれたカリーヌでした」

「あぁ、彼女だったのか」


 エルはすでにブラン家に関わりのあるメイドや使用人たち全員と顔を合わせていたし、名前も覚えている。もちろんその中にカリーヌも入っていたのだけれど、あの時私と一緒にいたのが彼女だったことまでは気付かなかったようだ。


「だが、派手に泣いていた少女は、泣き止むと同時に腕や足を伸ばしたり、くるくると回り始めた。最初は何をやっているのかわからなかったが、しばらく見ているうちに気付いた。これは、自分の身を守るための訓練なのだと。カリーヌの腕を払ったり、拳を突き出して攻撃したり、足払いを飛び上がって躱したりしていたな。俊敏な動きでありながら美しくもあって、俺は目が離せなかった。いや、あれは見惚れていたと言っていい」


 カリーヌとの訓練を見られていた! なんてことだろうか。わんわんと泣いていた姿だけでなく、訓練まで……恥ずかしい。

 私はたまらず両手で頬を押さえ、俯く。

 エルはそんな私の耳元に唇を寄せ、甘い声で名を呼んだ。


「レティシア」

「……は、恥ずかしくて、私……」

「顔を上げて」


 私はぎゅっと目を瞑り、恥ずかしさを必死に堪えながら顔を上げる。そろりと目を開けると、蜂蜜のように甘く蕩けるような表情のエルと目が合った。


「あれが、俺の初恋だったのだと思う」

「え……」


 大きく目を見開く私に、エルは僅かに目を細める。


「ただ守られるだけじゃなく、自分を守る術を会得しようと努力している姿に心を打たれた。その瞬間、目の前の幼い少女はただの子どもではなく、俺の中でたった一人の女性になったんだ」

「エル……」

「その想いを自覚した時、俺は激しく後悔したがな」

「後悔? どうして……」


 エルは背中を折り、私を強く抱きしめた。


「たった一人の女性に出会えたというのに、俺はセントラルを離れなければならなかった」

「あ……」

「俺は、王位継承権の放棄を王家やその関係者に示すために、リバレイ公の養子になり、セントラルから離れることにしたんだ。それを撤回することなど、できなかった」


 ……知らなかった。エルがリバレイ公の養子になった裏には、そんな理由があったなんて。


「シャルルが生まれる前までは、俺が王太子になるという話もあったし、シャルルが生まれた後も、俺を王太子に据えたいという一派があった。俺は元々王弟の子どもで、王や王妃からも可愛がられていた。それに……俺は魔術が使えたからな。次期国王には強い力を持つ俺の方が相応しいと、彼らは強く主張したんだ。おかげでシャルル派とエルキュール派といった派閥ができ、王宮内では密かに小競り合いが続いていた。あの頃の王宮は常に緊張を孕んでいて、空気は最悪だった。王も王妃もかなり心を砕かれ、疲弊されていたよ」


 あぁ、だからエルは、それを解決するために自分からリバレイ領へ行くことにしたのだ。派閥を解体し、平和な王宮を取り戻そうとした。でもそれには、エルがセントラルから遠く離れる必要があった。

 そして、エルは小競り合いと言っているけれど、そんなに可愛いものではなかったと思う。自分たちの派閥がもしも敗れてしまったら、己の立場が危うくなる。自己保身のために、相手方に害を為すことも厭わなかっただろう。

 その時、私の頭の中で、ある思考の欠片がピタリと合わさる。そうだ、だから──


「この世に再び授かった聖女を王家で保護できなかったのは、王宮内にも危険があったからだ。ブラン公爵から娘を守ってほしいと申し出があった時、どれほど王はその願いを叶えたかっただろうと思う。だが、できなかった。そして、王家内のごたごたを外部に知られるわけにもいかなかったんだ。例え、重き信頼を置くブラン公爵だとしても」


 王家は聖女を軽く扱っていたのではなく、やむにやまれぬ事情があったのだ。

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