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王太子妃になり損ねた公爵令嬢は氷の国で魔王に溶ける  作者: 九条 睦月


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41.秘めた想い(1)

 建物の外へ出るのかと思いきや、エルは直前で方向転換する。


「エル、どこへ……」

「……」


 私の声にも反応してくれないエルに、どうしたらいいのか途方に暮れた。

 どこに向かっているのだろう? さっきまでいた場所とは全く違うところのようで、このままエルとはぐれてしまったらどうしようかと心配になる。


「エル……」


 私はエルの袖をクイと引いた。すると、ようやくエルが立ち止まり、私に視線を向ける。でも、今度は私がエルから視線を外すことになった。何故なら、目の前に小さな庭園が広がっていたからだ。


「ここは……」


 庭園は青々とした芝生が敷き詰められ、花壇には赤やピンク、オレンジに黄色といった、華やかで可憐な花々が咲いている。

 まさかこんな厳かな建物内に、これほど美しい場所があるなんて思わなかった。


「……覚えていないか?」

「え?」


 もしかして、私は以前ここへ来たことがあるのだろうか。

 首を横に振ると、エルは「そうだろうな」と呟く。その理由が知りたくて、私はエルを見上げた。


「エル、どういうこと……? 私にもわかるように説明してください」

「レティシア」


 エルは私の名前を囁き、射るように見つめる。そして、両腕で私を囲った。


「レティシアがまだ幼い頃だ。そうだな……五歳くらいだろうか。俺はここで、初めてレティシアに会った」

「え!?」


 あまりの驚きに、素っ頓狂な声が出た。

 私はすでに、エルと出会っていたというの? 本当に?

 信じられない面持ちの私にエルは優しく微笑みかけ、ゆっくりと頷く。


「ここは昔、貴族たちの社交の場だった。そしてこの庭園は、恋人たちの逢瀬の場でもあったんだ」

「そうだったんですね……」


 ここで様々な想いが交錯し、恋が生まれたり破れたりしたのだろう。その中にはきっと、禁断のものもあったはずだ。貴族の恋愛や婚姻は、思いどおりにいかないことの方が多く、それが普通なのだから。

 幸せな想いもあれば、辛く切ない想いもあった。それら全てを、この庭園は包み込んできたのかもしれない。

 今は社交場として使用されていないにもかかわらず、美しく手入れの行き届いた庭園。なんだかとても感慨深い。

 そんな庭園で、私はエルと出会っていた……。そう思うと、胸がきゅっと高鳴る。


「俺はリバレイ公の養子となり、ちょうどリバレイ領に発つ前だった。送別という名目で、一部の親しい者だけを招待し、アドルフ王がここで宴を催したんだ」

「それに、ブラン家も招待されていたのですね」

「そうだ。招待していたのはブラン夫妻だけだったが、お二人は、レティシアも一緒に連れてきていた」

「それは……おかしいですね」


 幼い子どもを社交の場に連れてくるなんてありえない。五歳の頃なら、もう家庭教師としてカリーヌがついていたはずだ。その他の面倒をみてくれる乳母もいたし、どうして二人は私を連れていったのだろうか。


「レティシアはすでに聖女として認められていたから、敵に襲われることがあったのだろう。王主催の宴なら王宮騎士団も控えているし、邸で留守番させるよりも安全だと考えたのだと思う」

「……なるほど。そうかもしれません」


 その頃のことは、あまりよく覚えていない。でも、カリーヌから護身術を習い始めたのは確かこの頃だった。よく覚えてはいないけれど、すでに危険な目に遭っていたのだろう。

 遠い記憶を探っていると、おぼろげながら時間が少しずつ戻っていく。

 そうだ……。お父様とお母様は美しく着飾っていて、周りの人たちが口々に二人を褒めそやし、うっとりとした視線を向けていた。私はそれが誇らしくて、そんな二人と一緒に舞踏会に行けることが嬉しくてたまらなかったのだ。

 それなのに、私は中まで連れていってもらえなかった。それがショックでわぁわぁと大声で泣きわめき、カリーヌを困らせた。

 あぁ、そう、そうだった。


「思い出したか?」

「はい、少しずつですけど。でも、やっぱりエルには……」


 そうなのだ。

 泣きじゃくる私をカリーヌが必死に宥め、護身術の稽古をしましょうと言った。この頃はまだ遊びの延長のようなものだったので、私の気を逸らせるためにそう言ったのだろう。

 私は護身術の稽古が好きだった。だからようやく泣き止み、稽古を始めたのだ。休憩がてら、美味しいお茶とお菓子をいただきながら、私は二人が戻ってくるまでずっとカリーヌと二人でいた。もちろん、少し離れた場所には護衛として誰かいたのだろうけど。


 でも、いくら思い出そうとしても、エルと会った記憶はない。出会っていたなら、絶対に忘れたりなんてしない。いくら幼かったとしても。

 その頃のエルは想像するしかないけれど、きっと多くの人の目を引いたはずだ。凛とした佇まい、そして思慮深く優しいブルーグレーの瞳に、私はきっと心を奪われていたことだろう。

 過去の記憶を辿る私に、エルはそっと口づけた。

更新を再開させていただきますが、ストックがほぼ尽きてしまいましたので、不定期になってしまうかと思います。できるだけ間が空かないようにとは思っています。どうぞよろしくお願いいたします。

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