40-2.逃がした魚は大きい(2)
「レティシア」
「シャルル様……」
シャルル様は私に近寄り、肩に手を置く。見上げる私に、シャルル様は微笑んでみせた。
「違うんだ。レティシアが悪かったのではない。……誰の護りも必要がないほど、心身ともに完璧なレティシアに対し、私が自分に自信がないだけだった。様々な嘘を目の当たりにした今、そう思うのだ」
「様々な嘘?」
シャルル様は小さく肩を竦め、吐息する。
「淑やかで儚く、守ってやりたいと思っていたリゼットが、実は、裏で私とレティシアの仲を裂く画策をしていたらしい、とかな。最初はとても信じられなかったが、当主やベルクール家からあれこれ話を聞くと、それを信じないわけにはいかなくなった。父上や母上が婚約を認めなかったはずだ。お前は人を見る目がないと叱責された」
「あの……」
何か慰めの言葉をと思うけれど、何も浮かばない。だって、申し訳ないけれど、王や王妃様の言うとおりだから。
王太子であるシャルル様は、将来この国の王になられるお方だ。人を見る目は何が何でも必要で、クラウディア国民の頂点に立つ条件だと思う。
私が黙りこくっていると、シャルル様は苦笑いをされた。
「シャルル様?」
「ここで慰めの一つもないところが、レティシアだな」
「も、申し訳……」
「いや、下手に私を甘やかさないところが好ましい点でもあったのだ。だが、私の自信のなさ故に、それが段々と不満になってしまった」
王になる方だから。そして私は、王妃になる予定だったから。
だから、お互いに甘えてはいけないと思っていた。自らを厳しく律するべきだとも。
それは決して間違ってはいないけれど、それでも、一生を共にする同士なのだから、偶にはそういうことも必要だったんじゃないか。
私も、今ならわかる。
甘やかされる、それは途轍もなく心地よく、優しく満たされる行為。
私はそういった愛情を、少しもシャルル様に与えてこなかった。これでは、婚約者なんていえない。いえるわけがない。私は婚約を破棄されても仕方がなかったのだ。
「シャルル様、私は……」
「ようやく目が覚めた気分だ。そして後悔している。どうして私は、貴女を手放してしまったのか」
シャルル様の指が、私の髪を梳く。その指はゆるりと頬を滑り──
「シャルル」
シャルル様の身体がビクリと震え、咄嗟に私から距離を取る。いつの間にか、エルがすぐ側まで来ていたのだ。
エルは私を引き寄せ、シャルル様を見据えた。
「エル……あの……」
「シャルル、レティシアは私の妻だ。いまさら返せと言っても返すわけにはいかない。一度は手放したんだ。二度目はない」
二度目……? 何のことを言っているのだろう?
シャルル様は静かにそう告げるエルと、訝しげな顔をする私を交互に見つめ、少し悲しげに笑った。
「そうですね、エルキュール兄様。わかっています」
「ならば、もう行くぞ」
エルは私を連れて、早々にこの場を立ち去ろうとする。シャルル様の横を通り過ぎようとした時、小さな声が聞こえた。
「逃がした魚は大きすぎた」
振り返ろうとする私を止め、いつもは私の歩調に合わせてくれるというのに、エルは半ば私を引きずるようにして外へ向かったのだった。
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