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王太子妃になり損ねた公爵令嬢は氷の国で魔王に溶ける  作者: 九条 睦月


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40.逃がした魚は大きい(1)

 そんなことをぼんやりと考えていると、エルの気配が変わった。ハッとして前を見ると、そこにはシャルル様が立っている。

 シャルル様とこうして向き合うのは、いつぶりだろう?


「レティシア、元気そうで何よりだ」

「……はい。シャルル様も御変わりないようで」


 と言いかけ、この言葉はまずかったと思い直す。

 変わりなくはない。婚約したいと願った女性と今後会うことは叶わず、その女性の家は、降爵の憂き目に遭ってしまったのだから。

 気まずい沈黙が流れた後、シャルル様は今度はエルに向かってこう言った。


「エルキュール兄様、私にレティシアと話す時間を与えていただけないでしょうか。少しで構いません」


 シャルル様はいとこであるエルを、エルキュール兄様と呼んでいた。そのことに微笑ましくなりながらも、私の心は何故で埋め尽くされる。

 話す時間? いまさら何を?

 シャルル様とエルはしばらくの間、互いを探るように見つめ合う。やがて、エルが仕方ないといったように頷いた。


「護衛と一緒にあちらで待機していよう」


 そう言って、この場から離れていく。それを少し心細く感じながらも、私はシャルル様と視線を合わせた。

 シャルル様は私をじっと見つめ、小さく頭を下げる。

 え? 何事? シャルル様が私に頭を下げるなんて。

 王太子であるシャルル様が人に頭を下げるなど、滅多にあることではない。もちろん自分の非を認めた際にはそうなさるだろうけれど、これは一体……?

 私が動揺していると、シャルル様は真っ直ぐに私を見つめ、こう言った。


「私は、外野からの雑音に耳を貸しすぎていた」

「雑音……ですか?」

「あぁ。レティシアが想像している以上に、私とレティシアの婚姻をよく思わない者たちがいた」


 私とシャルル様との婚姻には、表立って反対する者はいなかった。私の家柄にも問題はなく、ましてや私は聖女だ。文句のつけようがない。でも、反対が全くなかったというわけでもない。それは私も知っていた。

 要は、ブラン家がこれ以上力を持つことを厭う勢力があったということだ。

 元々ブラン家は王家の覚えもめでたく、上位貴族の中でも特に力が強く、繁栄している。それが面白くない貴族たちも多い。ボードレール家がその筆頭だった。

 力を持てば持つほど、周りはちやほやともてはやす。と同時に疎む。こちらが何もしていなくても。

 間接的にでも、どこかの家に害を及ぼしていたなら仕方のないことだと諦める。けれど、残念ながらそのほとんどは逆恨みだろう。何故なら、ブラン家はその富を独占しているわけではなく、むしろ分配しているからだ。

 でも、セントラルには様々な野望を持った有力な貴族たちが集まっているので、逆恨みするような隠れた敵は多いのだ。


「そういった者たちの声に、踊らされていた部分があった。それに……」


 シャルル様は少し言いづらそうに言葉を止める。後に続く言葉を辛抱強く待つ私に、シャルル様はバツが悪そうに視線を逸らした。


「レティシアには、私は必要ないのだと思っていた」

「え……」


 その言葉に目を丸くする。

 シャルル様に対し、恋愛感情はなかった。けれど、将来の結婚相手だと意識していたし、必要がないなんて思ったことはない。

 私はそんな風に誤解させてしまうほど、シャルル様に素っ気ない態度を取っていたのだろうか。

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