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王太子妃になり損ねた公爵令嬢は氷の国で魔王に溶ける  作者: 九条 睦月


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36-2.灼熱の民(2)

「そのとおり、ダイア砂漠だよ。そこに辿り着いたガキどもはどうなるか。どうにか生き残った者は、そこに住む大人たちに支配される。ダイア砂漠は周辺諸国の犯罪者が集まる流刑地だ。水と食糧の確保が困難な砂漠に放り出せば、犯罪者はそのまま死ぬ、そう思われているんだろうが……人間そう簡単にくたばりゃしねぇってことだ」


 死罪となった犯罪者に対する刑の執行、それは国によって違う。

 首を落とすのが一般的だけれど、砂漠に放り出すなんて方法もあるのだと初めて知った。


「犯罪者と一口に言っても、全員が全員、本当に犯罪を犯してるのかっていうと、それは違う。中には陥れられた者もいる。後継者争いに敗れた者や、継承に邪魔となる者、いろいろだ。力のある者が邪魔者を排除するために、人を雇って陥れる。陥れられた者は刑の執行によって殺され、あるいは死の砂漠に放り出されるってわけだ。放り出した側は、全員死んだと思い込んでいる」


 それはそうだろう。ダイア砂漠に人はいない。人が生きられる環境ではないからだ。

 でも、実際は違っていた。

 様々な理由でそこへ追いやられてしまった人たちがいたのだ。そして──生きるために人を殺めている。

 アドルフ王は顔を顰め、疲れたように手を額に当てた。


「お前たちの仲間の中には、クラウディアの人間もいるのだろうな」


 呟きのような王の言葉に、カミルは知らないと答える。

 皆、複雑で悲しい過去を背負っている。どこの国の出身で何があったかなど、互いに詮索したりはしない。


 クラウディア国で死罪となると、首を討たれる。

 でも、奴隷商人から売られた子どもが逃げ出すということは、過去のクラウディアならあり得る話だった。

 今でこそ孤児院などが建てられ、貧しい中でも周囲が力を合わせて子どもを守ろうという環境が整えられているが、アドルフ王が即位した直後くらいには、クラウディアでもまだそういうことが行われていたのだ。

 クラウディアは豊かな国だけれども、貧富の差が激しかった。だから、かつてはクラウディアで生まれ育った子どもがダイア砂漠にいる可能性もないとは言えない。彼らはそこで生きているのかもしれない。──暗殺者として。

 私は強く唇を噛んだ。


「砂漠に生きる民の頂点に立つのが、お前というわけか、カミル」


 エルがそう尋ねると、カミルは首を横に振る。


「いや、いくつかの集団に分かれている。俺が率いる集団が一番大きいが、小さい集団がいくつかあったはずだ。その存在は知っているが、俺たちは干渉しあわない。まぁそれは、俺に限ってだがな。他はどう思っているのか知らねぇ」

「そうか……。他の集団も、暗殺を請け負っているのか?」

「そうだな。俺たちは身一つで金を稼がなきゃならない。一番手っ取り早く、多額の金をせしめられるのは、殺しだ」


 エルはカミルをじっと見つめ、静かに言った。


「生きるための金なら、もう十分なんじゃないのか? 暗殺を請け負うのは、それだけが理由ではないはずだ」

「……」


 カミルがエルを見据える。その視線でエルを射抜こうとするかのように、それはどこまでも鋭く、冷たい。それでも、エルは一瞬たりとも逸らそうとはしなかった。

 真の理由を知りたい。そしてたぶん……エルは、彼らを何とかしたいのだ。

 彼らの罪は十二分に承知している。でも、彼らにはそうしなければいけない理由があった。その部分に目を逸らすべきではない、エルはそう思っているのだと思った。だって、私もそうだから。


「十分なんかじゃない。まだまだ必要だ。いくらあっても足りねぇよ」

「そこまでして、何がしたい?」


 カミルがギリッと歯ぎしりをする。そして、大きく息を吐き出した。


「言わなきゃ、ずっとこのまま粘りそうだな」

「俺一人でも粘ってやる」

「……お前、確か王族だろ? 王族にしては骨のある奴だな。まぁ、ドラゴンを操る魔王だし、それも当然か」


 カミルは根負けしたように苦笑いをし、大声で言った。


「国を作るためだよ!」


 この場にいた全員が目を丸くする。

 国を、作る?


「笑いたくば笑え! 俺たちは自国を追い出された、行き場のない流浪の民だ。それでも生きている。だが今の俺たちじゃ、死んだ人間、つまりは幽霊だ。生きた人間がここにいる、それを知らしめるためには、国が必要だ。金を集め、砂漠の民を統一し、国を作る。別に周辺諸国が認めなくても構わない。認められようなんざ思っちゃいない。ただ、かつて存在を消された俺たちはここにいる、それが知れ渡ればいいんだよ。俺たちには生きていく場所、人として認められる場所が必要なんだ。だから、砂漠に俺たちの楽園を作る。かつての犯罪者たちが生きていると知った周辺諸国は、俺たちを攻撃してくるだろうな。それでいい。俺たちは見事に蹴散らしてやるさ。灼熱の地が俺たちを味方する。俺たちは絶対に負けない!」

「そうだ! 頭、俺は頭についていくぜ!」


 アシムも叫ぶ。スードは黙っているけれど、強い瞳で二人を見つめていた。

 エルはカミルの真の目的を聞き、王の元へ向かう。二人は声を潜め何か話し合っていたようだけれど、やがて王が口を開いた。


「判決は保留だ」


 全くもって異例のことだった。

 でもこれは、どうにもならないと言った彼らをどうにかしようとしている証拠。カミルの言葉は、アドルフ王の心を動かしたのだ。


「そして、ボードレール家とベルクール家についても審議し、判決を下す。それまでは謹慎処分とする」


 カミルの話で忘れ去られていたかのような二家は、悔しそうに顔を歪め、力なく肩を落とすのだった。

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