32.帰還(1)
温かい。
大きな何かに抱かれ、規則正しい音が聞こえてくる。それに、とてもいい匂い……。何もかも委ねてしまいたくなる。
ずっとこのままでいたい。でも、眩しい……。
「ん……」
「レティシア」
ストンと心に落ちる、心地いい声。
ゆるゆると目を開けると、至近距離にエルの顔があった。
「……っ!!」
「おはよう、レティシア」
「エ……エル!」
私は柔らかなベッドに横たわっていた。そして、エルに抱きしめられている。
エルは柔らかな笑みを浮かべ、私の額に口づけを落とした。
「ようやく目が覚めたか。丸一日ずっと眠っていたから、少し心配になっていたところだ。……よかった」
エルが小さく吐息し、私をより近くに引き寄せる。私はエルの腕の中から辺りを見渡し、ホッとした。
ここは、私たちの寝室だ。窓から差し込むのは朝陽だろう。丸一日眠っていたということは、あれからもう一日は経ったということだ。
私は、ゆっくりと記憶を呼び覚ましていく。
暗殺組織に攫われ、リバレイ領の外に連れ出され、監禁された。そこにはルナ、ユーゴの大切な愛娘がいた。彼女は私を攫うための餌にされてしまったのだ。そこへ、ベルクール家の使用人であるルベンがやって来て、彼にルナを預けて……。
「レティシア、大丈夫か?」
「えっ……あ……はい。心配させてごめんなさい、エル」
「不可抗力だったとはいえ、こんなことはもうこりごりだ」
エルの眉尻が下がり、弱ったような顔をする。
こんなエルの顔を見るのは初めてで、私は複雑な気持ちになる。
こんなにも心配させてしまった。でも、こんなに心配してくれて嬉しい。二つの相反する気持ちが心の中でせめぎ合っている。
私は、エルの身体に腕を回す。
温かくて、どこよりも安心できる場所。そして──愛する場所。私は再びここに戻ってこれたのだ。
再びどこかへ連れて行かれそうになっていた私を見つけ出し、ネージュとともに救い出してくれた。
あの時のエルを、私は一生忘れない。
どんな騎士も勇者も敵わない。誰よりも雄々しく気高い姿に、あんな時にもかかわらず、私は思わず見惚れてしまったのだ。
助けに来てくれた嬉しさと相まって、とにかく気持ちが高ぶり、どうしようもなかった。
監禁されていた緊張ももちろんあるけれど、そういった興奮状態が、更に身体を疲れさせたのだろう。だから、昨日は目覚めることができなかった。こんなことは初めてで、自分でも驚いてしまうけれど。
でも、あれほどの非常事態は今まで経験したことがなかったのだから、それも仕方がないと思う。
「レティシアはもう少しゆっくりするといい。俺は、レティシアが目覚めたと皆に知らせてくる」
「はい、よろしくお願いします」
「皆心配していたが、その中でも特に、セシルは顔色を失くしていたほどだ。元気な顔を見せてやれ」
「……はいっ」
そうだ。セシルも私のせいで散々な目に遭ったのだ。怪我などしていなければいいけれど。
私がいなくなって、どれほど心を痛めただろう。責任感の強いセシルのことだから、自分を責めたのではないか。
私はエルを見送りつつ、ベッドから身を起こす。
ずっと寝ていたものだから、身体がふらつく。それに、昨日は全く食事を取っていないせいで力が入らない。それでも、何とかベッドから離れようとしていると──




