31.愛する人の胸の中
激しい風に、私とカミルとを固定していた布が千切れる。荒々しい竜巻に好き放題翻弄され、今度こそもうだめだと思った。
しかしその時、私の身体が強く引き寄せられる。
「レティシア! 無事か!?」
「ん……」
私の意識が少しずつ戻ってくる。すぐに目に飛び込んできたものは、必死の形相で叫ぶエルの姿だった。
誰よりも大切な人。誰よりも愛している人。ずっとずっと会いたかった人。初めて恋に落ちた、かけがえのない唯一の夫。
「エル!」
涙が溢れてくる。止まらない。みっともなくヒクヒクと嗚咽して、きっと顔もぐしゃぐしゃで。
そんな姿をエルに見られるなんて恥ずかしい。でも、それでもいい。こうやってまた会えたのだから……。
「遅くなってすまない。あぁ……こんなひどいことを。ネージュ!」
エルがネージュに声をかけると、ネージュは速度を緩やかに落としていく。そして速度を安定させた。
「少し痛むかもしれないが」
そう言ってエルは身を屈め、一旦私を下ろしてから縄を解いていく。短剣を使えばすぐに切れるのに、私の身を傷つけまいと、自分の手で慎重に解く。そんな思い遣りも嬉しくて、私は涙が止まらない。
「よし、これで……」
エルは足を最初に解き、その次に手を。私は両手が自由になった途端、エルの首にその手を回した。エルは一瞬言葉を失うけれど、すぐに私を強く抱きしめる。
「エル……エル……エル……!」
「レティシア、無事でよかった」
「私っ……ごめんなさ……」
「レティシアは何も悪くない。悪いのは奴らだ」
エルが指差す方に視線を遣ると、地上では、騎士団に捕らえられるカミルとスードとアシムの姿があった。
騎士団も一緒に来てくれたんだ……。
彼らを捕らえたカミーユが、拳を大きく振り上げている。まさか、第一騎士団が来ているとは思わなかった私は、大きく目を見開いた。
そんな私を見て、エルが優しく囁く。
「俺が領を出る時は大抵第一騎士団を残していくんだが、前回セントラルに行った時同様に、今回も彼らを抑えられなくてな」
「え……」
「そして、どうしてもと言われて、第三騎士団からも一人連れてきた」
私がもう一度地上を見ると、一人こちらに向かって頭を下げ続ける人物がいた。ファビアンだ。
私は彼を見つめ、何度も首を横に振る。
「違うの、ファビアンは悪くない……」
そしてもう一人、エルに伝えなくてはいけない何の非もない人物ことを思い出した。
「エル! ユーゴも悪くないの! 彼は大切なお嬢さんを……」
「わかっている」
抱きしめる腕に力をこめ、エルは静かな声で言った。
「彼は後悔していた。だが、娘を人質に取られている以上、奴らに従うしかなかった。レティシアを裏切ることになり、身を切り裂かれるほど苦しんだだろう」
「ユーゴ……」
「彼は、自分を首をはねろと申し出た。俺の妻を敵に引き渡してしまったのだからな」
「そんなっ……」
真っ青になる私を宥めるように、エルは額に口づける。そして、深いブルーグレーの瞳を優しく瞬かせ、私の涙を拭うように目尻にも唇を寄せた。
「大丈夫だ。レティシアがあれほど信頼していた彼がこんなことをするには、何か理由があるのだと思った。ユーゴは無事だ。そして、娘のルナとも再会できた」
「本当に?」
「あぁ」
よかった……! ルベンはきちんと約束を守り、ルナをユーゴの元へ送り届けてくれた!
私は心の底から安堵し、身体中の力が一気に抜ける。
「おっと……」
「ごめんなさい、私……」
エルは私の髪を梳き、安心させるように微笑んだ。
「このままネージュとリバレイ領に戻る。レティシアはゆっくり休め」
「でも……」
「いいから。このままのんびり飛んでも、リバレイ領まではあっという間だ。その間、俺がレティシアを抱いていく」
「……っ」
その言葉に、体温が急上昇する。赤くなった私の頬に口づけを落とし、エルが私の瞳を手で覆う。
「おやすみ、レティシア」
「エル……」
ふわりと抱き上げられた。ぎゅっと抱きしめられ、その温かさにまた涙が零れそうになる。
あぁ、帰ってきた。帰ってこられたんだ。──愛する人の胸の中に。
私はエルの胸元をそっと掴み、目を閉じる。心身ともに疲れ果てていた私は、瞬く間に夢の中へと誘われるのだった。
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