04.氷の国の魔王
いくら呆然としようが、愕然としようが、私に拒否権はない。
そもそもシャルル様には婚約破棄されてしまった身だ。こんな私でも迎えてくださるというなら、こんなにありがたい話はない。
私がリバレイ公との婚姻を承諾すると、お父様は見るからにホッとしたような安堵の表情を浮かべた。
「エルキュール様はこれまでどんな縁談にも首を縦に振らなかったんだが、レティシアならとおっしゃってくださったのだよ」
「そう……なのですね」
「陛下はお前とシャルル様との婚姻を強く望まれていたのだが……それが叶わないとなると、すぐさまエルキュール様に打診されたのだ」
「まぁ……」
お母様が私に近づき、そっと抱きしめる。
「エルキュール様は、陛下の弟君・ニコラ様の忘れ形見。陛下にとってはもう一人のご子息のような方よ。立派な方だと評判だし、シャルル様よりも素晴らしい方であることを祈るわ。いいえ、きっと素敵な方に違いないことよ」
「お母様……」
「あなたが、遥か遠い北方の地に行ってしまうのは悲しいけれど……」
「シルヴィ」
「あなた」
お父様は両手をめいいっぱい広げ、私とお母様を抱えた。
お母様に言われてふと気付く。
そうだ、北方のリバレイ領はセントラルの遥か彼方にある。気候も温暖なこことは違い、一年の半分は雪と氷に閉ざされているという。
近隣の鉱山で希少な石が採掘され、それを収入源としているから、気候が厳しい割には豊かだ。でも、石が採掘されるまでは財政はかなり苦しく、領地は荒れて治安も悪かったらしい。
鉱山を発見したのは、リバレイ公だった。
エルキュール・リバレイ公は、クラウディアの王・アドルフ様の弟君であるニコラ様のご子息だ。
ニコラ様は幼い頃から病弱だったそうで、まだエルキュール様が物心つく前にお亡くなりになってしまった。妃であるアデル様も、エルキュール様が成人する前に亡くなられてしまった。
アドルフ様とセレスティーヌ様との間にはなかなか子どもができず、一時はエルキュール様を養子に迎えることも視野にあったそうだが、エルキュール様が十歳になった頃、ようやくシャルル様を授かった。
それで養子の話はなくなったのだけれど、アドルフ様とニコラ様はとても仲の良い兄弟ということもあって、エルキュール様のことも自分の息子のように可愛がっており、立派に領主を務めている今でさえ、何かと気にかけていらっしゃるのだという。
エルキュール様は魔術師以外は使えないとされている魔術を使うことができ、また戦闘にも長けているともっぱらの噂だ。
その容姿は、まるで神が丹精込めて作り上げた芸術品のようだと言われている。お父様であるニコラ様もとても美しい方だったそうだ。
しかし、そんな美しい容姿とは裏腹に、いざ戦いを前にしたエルキュール様は非情に徹していた。それでついた異名が「魔王」。魔術が使えることからも、この名がついたのだろう。
氷の国に住む、魔王。
セントラルから遠く離れた地、リバレイ領。
よほど必要なことがない限りはセントラルに来られることもないので、エルキュール様と実際に会ったことのある貴族は限られる。何せ彼は社交を苦手とし、パーティーの類にはほとんど出席なさらない。
家柄や出自は申し分ないのに、今も独身。年齢的にはとっくに結婚していてもおかしくないのに。
リバレイ公とは、いったいどういう人物なのだろうか。
「陛下はエルキュール様に早く結婚するようにといつもおっしゃっていた。ただ、誰でもいいというわけにはいかない。だが、お前なら言うことはないと言われたんだ、レティシア」
「とても光栄ですわ」
「お前ならきっと上手くやれる」
「はい」
リバレイ公がどんな人物であろうと、私に選択肢はない。
彼と婚姻を結び、妻となる。それはもう決められた運命なのだ。それに抗おうとは思わない。
だって私は──ブラン公爵家の娘なのだから。