30.咆哮
どれくらい時間が経ったのだろう?
カミルは宣言どおり、休みなく馬を走らせている。私を抱えたままで、よく体力が持つものだ。カミルの表情を窺うけれど、疲れは一向に見えない。
一方の私はというと、身体が縛られていて動かせないこと、そしてこの寒さで、体力はすっかり失われていた。おそらく、聖女の力を使った影響もあるだろう。
戦うことは無理でも、隙を見て逃げることはできるだろうかと考えたけれど、それも叶わない。縄が解かれたとしても、節々が強張ってすぐには動かないし、動けたとしてもいつものようにはいかないだろう。
私の心は絶望に覆われていた。もうどうすればいいのかわからない。
ふと、エルの顔が思い浮かぶ。彼は今、どうしているだろうか。いなくなった私を探し回ってくれているのだろうか。
でも、例えリバレイ騎士団総出で探したとしても、何の手がかりもない状態で私を見つけ出すのは困難だ。それに、今はまだクラウディア国内にいるのだとしても、かなりの僻地のはず。そう簡単には見つけ出せない。
ぼんやりとこの先のことを考える。
リバレイ領を出て他国へ向かうなら、砂漠を越えることになる。今の私の体力で、それができるのだろうか。途中で息絶えるのではないか。
……こんな男のものになるくらいなら、いっそその方がいい。
意識が遠のく。体力と同時に気力も失われていく。もうだめだ、そう思った時──
ゴォッッ!
地響きがするほどの激しい咆哮、その後に何か冷たいものが降り注いできた。
「頭! やべぇ!」
「なんだ、これは……雪、じゃないな。氷か!」
「頭、上を見ろ」
スードの言葉に、カミルが空を見上げる。その瞬間、彼は咄嗟に馬を止めた。スードもアシムもそれに倣う。
何が起こったのかと、私も不自由な体勢で上を見上げた。そして、信じられないものを目にする。
「ネージュ!!」
空の上にはネージュがいた。ネージュが激しく咆哮し、氷を降らせている。
「ネージュ! 私はここよ!」
声が枯れてしまうほどの大声をあげる。すると、ネージュは私の声が聞こえたかのように咆哮をやめた。
あぁ、ネージュがいる。ネージュが来てくれた。そして、ネージュがいるということは……。
「レティシア!!」
愛しい人の声が私の耳に届く。私を呼ぶその声に、目頭が熱くなった。
「エル!! エル! ここ! 私はここにいるわ!」
私は必死に何度もそう叫び続ける。しかし、我に返ったカミルに口を押さえつけられる。
「チッ。ドラゴンが来るとかどうなってんだよ! しかも、魔王も一緒って……。スード、アシム、ずらかるぞ!」
「頭! またくる!」
ゴオオッ!
今度は氷は降ってこない。その代わりにものすごい風が巻き起こり、人も馬も吹き飛ばされてしまう。吹き飛ばされるだけでなく、竜巻のようなものに巻き込まれ、何が何だかわからなくなった。
「わあああああっ!」
「くそっ!」
「頭ーーーーーっ!」
「きゃあああああ!」




