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王太子妃になり損ねた公爵令嬢は氷の国で魔王に溶ける  作者: 九条 睦月


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24.絶対零度

 頭上から何か落ちてくるかもしれないと思い、ぎゅっと目を閉じる。大怪我をも覚悟した。けれど、いつまで経っても何も起こらない。


「え……」


 恐る恐る目を開けると、大きな身体が私を庇うように覆いかぶさっていた。倒れてきたものを、その全身で受け止めている。


「んんーんんん――――っ!」

「間に合ってよかった。……無茶は困りますな。怪我をしたらどうするんですか」

「本当に。セシル、大丈夫ですか?」


 みるみるうちに、私の瞳に涙が浮かぶ。

 カミーユ様が私の盾になってくださり、アリソン様が私の口に巻かれた布と手足の縄を解いてくださる。

 お二人が近くまで来てくださっていたのに気付いていればおとなしくしていたものを、風の音で全然気付かなかった。


「さぁ、こちらへ」

「アリソン様!」


 アリソン様の手を取り、私は納戸から脱出する。

 カミーユ様は私が完全に外へ出たことを確認した後、倒れてきていたものをことごとくなぎ倒してしまった。そして、慎重に外に出てきたカミーユ様に、私は急いで駆け寄る。


「カミーユ様、お怪我はございませんか?」

「平気です。鍛えているので、これくらいで怪我などしませんよ」

「本当ですか?」

「はい」


 カミーユ様は両腕を回したり、ひょいと飛び上がったりして、平気だとアピールする。それを見て、私は大きく息をついた。

 第一騎士団の団長様に怪我をさせたなんてことになったら、私はあまりの申し訳なさに消えてしまいたくなったろう。そうならずに済んでよかった。


「セシル、襲われたばかりでお辛いかと存じますが、邸内に戻られたら、何があったのか……」


 アリソン様からそう言われ、ハッとする。そうだ、それが一番大事なことだ。


「アリソン様! カミーユ様も聞いてくださいませ。レティシア様が、何者かに攫われてしまいました……っ」


 口にすると、改めて悲しさと悔しさが込み上げてくる。

 でも、泣いている場合じゃない。こうしている間にも、レティシア様が手の届かない場所に行ってしまうかもしれないのだ。早く後を追わなくては!


「くっ……、やはりそうでしたか」


 アリソン様がその美しい顔を歪め、唇を噛んでいる。カミーユ様はそんなアリソン様の背を強く叩き、発破をかけた。


「ぐずぐずしている暇はない。我らリバレイ騎士団の名にかけて、レティシア様は必ず取り戻す!」


 そう言って、カミーユ様は勢いよく身を翻す。アリソン様は強く頷き、私の手を取った。


「レティシア様は何が何でも我らがお救いいたします。ご安心ください、セシル」

「はい……っ」


 私は力強い味方を前に、ボロボロと涙を零しながら何度も頷いた。


 邸に戻ると、エルキュール様をはじめ、執事や使用人たちも勢揃いしていた。

 私の姿を見つけたファビアン様がやって来て、私の前で膝を折り、頭を垂れる。


「申し訳ございません!」


 私は慌ててファビアン様に顔を上げてもらう。

 ファビアン様が悪いのではない。油断したわけでもない。悪いとすれば、すぐ側にいたにもかかわらず、何もできなかった私だ。


「ファビアン様が謝ることではありません。私はレティシア様のお側にいたのに……」

「セシル、自分を責めるな」


 凛とした声に視線を向けると、ここにいる全員を従えたエルキュール様のお姿があった。

 私は瞬時に深々と頭を下げる。そうせずにはいられなかった。それほどまでにエルキュール様は神々しく、厳かな雰囲気を醸し出していたのだ。それはまるで、王のような──。


「セシル、何があったか教えてくれ。捕えたユーゴは、罰せよの一点張りで話にならない」


 その言葉に、私は辺りを見渡す。すると、騎士たちに囲まれて蹲っているユーゴの姿があった。

 私はすぐさまユーゴの元へ行き、思い切り引っ叩いてやりたかったけど、まずは何があったかお話しなくてはいけない。

 私は唇を噛みしめながら、事の経緯をエルキュール様に説明した。


「……ユーゴとともにここへ来た男、それはおそらく暗殺組織の者だろう。ユーゴ、お前はどうしてそんな男に味方した?」


 私の話を聞き終えたエルキュール様が、静かに問う。声を荒らげるでもなく、苛つかせるでもなく、ただ冷静に、淡々と。

 辺りの温度が一気に下がる。ひりつくほどの緊張が渦巻いていた。

 ユーゴは項垂れたまま動かない。いや、動けないのだ。そして口も聞けない。……ただただ恐ろしくて。


 エルキュール様の表情はどこまでも冷たかった。いつもは穏やかなブルーグレーの瞳は、今は冴え冴えとしており、視線が合えば切り裂かれるような鋭さを持っている。

 冷たい。氷のようで……違う。氷よりももっと冷たい。それは、絶対零度の眼だった。


いつも読んでくださってありがとうございます。

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