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王太子妃になり損ねた公爵令嬢は氷の国で魔王に溶ける  作者: 九条 睦月


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17.早馬

 リバレイでの生活もだんだんと身体に馴染み、私は今日、邸内の中にある庭園にいた。寝室から見えるメインの場所ではなく、庭園の中でも目立たない片隅にだ。

 ここ数日は、寒さに強い穀物を育てることに注力している。庭の一角を借りてそこに専用の畑を作り、農業を営む領民から種を分けてもらって育てているのだ。しかし……。


「うーん……やっぱり上手く育たないわね」


 聖女の力で種は芽吹く。そのまま力を注いでいれば、本来ならどんどん成長していくはずなのだがそうはならず、途中で枯れてしまう。


「リバレイの土は痩せていて、農業には向かないのだそうです。だから、まずは土を豊かにするところから始めていて、そろそろ三年は経つのですが、まだまだ……」


 種を分けてくれた領民・ユーゴが眉を下げながら言った。

 彼はリバレイ領に農業を根付かせたいという熱意でもって、様々な農作物を育てようと奮闘している人だ。研究熱心でもあり、今や私の農業の先生でもあった。

 私は聖女の力があるから種を芽吹かせ、ある程度まで成長させることが可能なのだけど、彼はそこまでたどり着くのに何年もかかっている。相当努力したはずだ。そう思うと、少し申し訳ない気がしてくる。


「ごめんなさいね、ユーゴ。あなたが何年もかかって知り得たことを、私は何も苦労することなく教えてもらっている……」


 そう言って頭を下げると、ユーゴは慌てに慌てまくって、必死に私の顔を上げさせる。

 私が視線から徐々に顔を上げていくと、ホッとした顔でユーゴは笑った。


「何をおっしゃいますやら。私はとても嬉しいのです。レティシア様がこんな一領民の私と志を同じくしてくださるなんて、夢のようなのですよ。貴重な聖女のお力を使ってまで、リバレイの農業を何とかしようとしてくださるなど……本当に幸せなことです」


 ユーゴが顔をくしゃくしゃにしながら何度も頭を下げる。

 ユーゴはそう言うけれど、私の聖女の力はこういう時でないと役に立たないのだし、これが本来の使い方だと今では確信している。セントラルでは無用だったこの力は、ここでは必要とされる。私の方こそ光栄なのだ。


「土……土ね。私の力を、土を育てることに応用ができるといいのだけれど」

「作物と土とではそもそも物が違いますが……。恐れながら、レティシア様は聖女のお力で、作物以外のものを成長させたことはございますか?」


 ユーゴの言葉に、私はこれまでのことを考えてみる。

 この力を必要とされたことがなかったせいか、植物以外で試したことはなかった気がする。でも、もしかしたら他の物も成長させられるのかもしれない。


「いいえ、ないわ。まずは、私自身が聖女の力についてもっと知る必要があるのかも。私、いろいろ試してみる。ありがとう、ユーゴ」

「いえ、そんな! でも、土の成長を促すことができれば、作物を育てることももっと容易になりましょう。領地内で自給自足も可能になるかもしれません」

「そうね! 栄えている産業がすでにあるからそれで十分だと思いがちだけれど、あなたみたいに別の産業にも懸命に取り組む人がいてくれて、本当によかったと思うわ。エルもきっと感謝してる。ユーゴ、頑張りましょうね!」

「はい!」


 二人で気合を入れていると、遠くの方から馬の蹄の音が聞こえてきた。それはとても軽快な足音……というか、かなり急いでいるような。

 音のする方に目を遣ると、すごい勢いで馬が駆けてくるのが見えた。乗っているのは騎士のようだ。


「あれは……第一騎士団の騎士のようですね」

「え?」


 第一騎士団といえば、馬車でこちらに向かっているセシルの護衛をしているはずだ。私の侍女であるセシルは、馬車でリバレイ領に向かっているのだ。

 それにしても、あんなスピードで走っているということは……早馬? もしかして、何かあったのだろうか。


「確か、レティシア様付の方が第一騎士団とこちらに向かっているのでしたよね? 到着は明日とおっしゃっていませんでしたか?」


 私は、ユーゴのその言葉に頷く。

 そうなのだ。セシルが乗った馬車が到着するのは、明日だと聞いている。それなのに、一人の騎士が早馬を走らせている。それはつまり──


「急ぎの知らせだわ。ごめんなさい、ユーゴ、私……」

「はい、行ってください、レティシア様」

「ありがとう! また連絡するから!」


 深々と頭を下げるユーゴに手を振り、私は大急ぎで邸の中に戻るのだった。

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