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王太子妃になり損ねた公爵令嬢は氷の国で魔王に溶ける  作者: 九条 睦月


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09.ブラン家来訪

 その日、ブラン家は朝から忙しなく使用人たちが動き回っていた。お父様もお母様もソワソワと落ち着きがない。


「あぁ、どうしましょう! 何か忘れていることはないかしら」

「落ち着け。ブラン家の人間は常に誇り高く堂々と……」

「でも、お父様もさっきから同じところをぐるぐる歩きまわっていらっしゃるわ」

「マリアンヌ!」


 本来なら一番はしゃいでいてもおかしくない可愛い妹が、この場で一番落ち着いていた。

 マリアンヌは呆れたように二人を見つめる。


「お父様もお母様も、エルキュール様にはすでに二度もお会いしているじゃない。なのに、どうしてそんなに狼狽えていらっしゃるの?」


 滅多なことで取り乱さない二人をいつも見ているからか、マリアンヌにとっては不思議で仕方がないのだろう。でも、私はなんとなくわかる気がする。


 私は、エルからの結婚の申し出を受けてすぐに彼と婚姻の契約を交わした。

 二人の気持ちが固まっているのなら時間を置くこともない、ということでそうなったのだが、あまりにもトントン拍子に進みすぎたせいもあり、私自身もまだ半信半疑という状態だ。

 しかし、婚姻の式には私の家族はもちろん、王族の皆さまも集まってくださり、私たちを祝福してくれた。元婚約者であるシャルル様と顔を合わせるのは気まずかったけれど、私が思い切り幸せそうな笑顔を向けると、バツが悪そうに視線を逸らしてしまった。それを見て胸がスッとしたことは、誰にも内緒だ。


 式の日、初めてエルとマリアンヌは顔を合わせた。

 マリアンヌはエルを見るなり頬をバラ色に染め、しばらくの間放心していたけれど、すぐに打ち解け合い、何度も「お義兄様」と呼んではエルを喜ばせていた。その様子に、我が妹ながら肝が据わっていると思ったものだ。

 もし私がマリアンヌの立場なら、こうはいかなかっただろう。側に近寄るのも恐れ多く、会ったその日に「お義兄様」と慕うことなど絶対にできない。心の中でそうしたいと思っていてもだ。

 それほど高貴な存在として別次元のオーラを放っているエルの妻になったなど、いまだに当人である私でさえ信じられない。

 ずっと王太子妃になる準備をしてきたにもかかわらずこれなのだから、いかにエルの放つオーラが規格外かということだ。


「まさかエルキュール様がここにいらっしゃるなんて……! お姿を拝見できただけでも胸がいっぱいだというのに、ブラン家にお招きできるなんて……本当にもうどうしましょう!」


 と言いながら、お母様の瞳はまるで夢見る少女のように輝いている。

 恐れ多いけれど嬉しい、それが両親の正直な気持ちなのだろう。そして肝心の私はというと──やはりソワソワしている。


 そうこうしているうちに、エルはファビアンを従え、我が家へやって来た。

 明日、私も一緒にリバレイ領に旅立つことになっているので、改めて挨拶をということなのだが、両親は揃って舞い上がっている。そんな中で、マリアンヌだけは普段どおり無邪気な笑顔で二人に駆け寄っていった。


「お義兄様、ファビアン様、ブラン家へようこそ! 来てくださって嬉しいですわ!」

「歓迎してくれてありがとう、マリアンヌ」


 エルは目を細め、マリアンヌの手を取り、恭しく唇を寄せる。すると、マリアンヌの頬はたちまち真っ赤になり、たまらず顔を俯けてしまった。


「……何か、まずかっただろうか」


 目を見開いてきょとんとした顔をしているエルがおかしくて、私は僅かに顔を背け、肩を震わせる。


「レティシア」


 小刻みに震えていた肩がピタリと止まる。

 大きな手の温もりを感じ、今度は心が震える。そっと見上げると、美しいブルーグレーの瞳に捕まった。


「エル……」


 エルの瞳を見つめると、何を言えばいいのかわからなくなってしまう。言葉など忘れてしまったかのように、口を開いては閉じる、その繰り返しだ。

 エルはそんな私の手を取り口づけた後、髪を優しく撫でた。


「レティ姉様、お幸せそう」


 ふと気付くと、マリアンヌがこちらを見てニコニコと笑っていた。お父様とお母様は感慨深い眼差しを向け、他の使用人たちも泣いたり笑ったりと反応はそれぞれだけれど、皆が祝福してくれていることが伝わってきた。

 ブラン家は名門であるが故、礼儀作法や行動の制約など、厳しい面も多い。でも、ここにいる人たちは皆とても温かい。私の自慢の家族だ。


 私は明日、ここを去る。

 家を離れることを考える度、不安と寂しさに押しつぶされそうになっていた。でも、すぐ側にあるこの手があれば、大丈夫なのだと思える。

 私はもう一度エルを見上げ、そして笑む。

 もしかしたら、エルはそういった私の気持ちも見越して、ここへ来てくれたのかもしれない。

 私はほんの少し距離を詰め、エルの側に寄りそうようにして立った。

 エルが柔く微笑む。それだけで、私の心は十二分に満たされるのだった。

いつも読んでくださってありがとうございます。

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