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王太子妃になり損ねた公爵令嬢は氷の国で魔王に溶ける  作者: 九条 睦月


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08-2.見届け人(2)

「私の……望み……」

「レティシア、君は俺を望んでくれるだろうか」


 囁くような声が耳を擽り、背中がゾクリと粟立った。恐怖を感じているわけでもないのに、身体が小刻みに震える。


「レティシア」


 その甘い声に、私は強く目を閉じた。


「……望みます。私を、あなたの妻にしてください、エルキュール様」


 その瞬間、私の唇に熱が触れた。

 静かに触れて、すぐに離れていったそれに、再び私の身体が震える。

 おそるおそる目を開けると、エルキュール様が私をじっと見つめていた。


「様などいらない。夫になるのに、おかしいだろう?」

「エルキュール様っ」


 またうっかりと様をつけて呼んでしまった私の唇に人差し指を当て、エルキュール様は言った。


「エルキュール、もしくは、エルと呼んでくれ」

「……はい」


 エル、それは特別な呼び名なのだそうだ。亡くなられたご両親からは、そう呼ばれていたのだという。だから、できればそちらで呼んでほしいとエルキュール様は続ける。

 いきなり様を取って、しかも特別な呼び名で呼ぶなんて。

 ハードルが高すぎると思えど、心がふわふわと温かくなる。

 私に、そう呼ばせてくださるのだ。呼んでほしいと乞われた。なら、それに抗うことなどできるはずがない。私は、この方の妻になるのだから。


「……エル」

「ありがとう、レティシア」


 その時、再び二頭のドラゴンがゴォと声を出した。

 今度は吹き飛ばされそうになどならない。だって、私の身体はしっかりとエルの腕の中にあったのだから。


「ネージュとシエルも喜んでいる」

「本当ですか?」


 エルは大きく頷き、嬉しそうな顔でドラゴンたちを見つめた。


「あぁ。彼らが俺や騎士団以外の人間を、これほど近寄らせたのは初めてだ。彼らもレティシアを気に入ったらしい」


 私は、踊りだしたい気持ちを抑えながら尋ねる。


「エルが側にいるからでは?」


 エルは何度も首を横に振った。


「違う。他の人間なら、例え俺が側にいても受け付けない。もっと激しく声をあげるな」

「もっと? ……間違いなく吹き飛んでしまいますね」

「あぁ。レティシア、君は特別だ」


 そう言われ、とても嬉しくなり、同時に誇らしさも生まれる。

 どこが気に入られたのかわからないけれど、気に入ってもらえたなら、私もとても嬉しい。私も彼ら──ネージュとシエルが大好きになってしまったから。


「ネージュとシエルが見届け人だな」

「見届け人、ですか?」


 エルは艶やかな笑みを浮かべ、私の額に柔く唇を押し当てた。


「俺たちが婚姻の誓いを交わしたことを証明する、見届け人だ」


 婚姻の誓い。

 その言葉の持つ重さと甘美な響きに、私の胸は激しく高鳴る。

 ネージュとシエルの方を向いてぎこちなく微笑むと、彼らは再びゴォと声をあげた。それがまるで、言葉を発しているように聞こえる。


 『おめでとう』と──。

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