エピローグ
こうして蛮は死んだ。彼の生涯にピリオドが打たれた。その亡骸を、アベルが喰らう。大変な傷が残った頬の肉を、首を、左肩から右脇腹にかけての引き攣れた傷痕すら気にすることなく、パルディアの爪痕が刻まれた右の乳房などそれこそ美味そうに。アベル自身の体を血まみれにしながら。
古い世代が新しい世代の<糧>となっていく光景そのものだった。
その一部始終についても、バドは記録した。これは、ヒト蜘蛛としてはまっとうな最後だったから。記録対象の最後を見届けるのも、バドの役目だったから。
アベルが<道具>を、<武器>を使ったことを卑怯と評する地球人もいるかもしれない。しかしそんなものは、まったく無関係な余所者の戯言に過ぎないだろう。
道具や武器なら、蛮も使い始めていた。それを使えるだけの能力を有していた。なのに使わなかったのなら、それは蛮自身の失敗だ。ヒト蜘蛛に<正々堂々>という概念はない。武器を使うことを遠慮する理由がない。なのに蛮は使わなかった。若い相手だということで見くびってしまったのかもしれない。
もしくは、老いたことでその辺りの判断力が低下していたか。
いずれにせよ、蛮の能力は、この場を生き延びるには届かなくなっていたということだろう。
十分に腹が満たされるまで蛮を貪ったアベルが森殺しから流れ出る水で体を洗ってその場を去った後、ボクサー竜の群れが現れた。あの<狡猾なボス>の群れだった。狡猾であるがゆえに、アベルが蛮を殺した後に現れた可能性がある。
これもまた、<生きるための戦略>だ。卑怯でも何でもない。
むしろ、
『衰えが見え始めた<覇王>が、力を付けてきた若い世代に討ち取られた』
という形になったことで、<名誉>は守られたと言えるかもしれない。
『圧倒的に格下のいわば<雑兵>に討ち取られたわけではない』
と解釈もできるだろうから。
もっとも、それさえ、地球人の勝手な思い入れでしかないのだが。
ボクサー竜に貪られていく蛮をも、バドはただ淡々と記録していたのだった……
けれど、この密林に君臨していた蛮が命を終えても、別に何かが大きく変わるわけでもない。蛮の縄張りを奪ったアベルが代わりに命を繋いでいくだけだ。そのアベルも、いつ命を落とすかは分からないが。
そして、バドはそのまま、アベルの観察を続けることになった。
<武器を使うヒト蜘蛛>
について記録するためだ。実際、まだ完全には成長しきっていないアベルだったものの、武器を自在に使うことで他のヒト蜘蛛の侵略を退けてみせた。
こうやってヒト蜘蛛が武器を使うことが定着していくのかどうかは分からない。蛮やアベルだけの<特異な例>で終わる可能性も十分にある。
しかしそれ自体が、自然な成り行きに過ぎないだろう。
自身の力で得た縄張りをアベルが見回り、彼が立ち止まっていると、チップ竜が体にたかって古い皮膚や虫を食べたりもする。そしてしばらくするとまた歩き出す。
そんな彼の後を、バドが距離を保ちつつ、ついていったのだった。
~終幕~




