密林の暗殺者
同じヒト蜘蛛を殺して喰ったことについても、蛮は何の感慨も持ち合わせていないようだった。ヒト蜘蛛の感覚は、それこそ昆虫に近いものなのだろう。その中で彼がやや高度な思考を行っているだけである。他の普通のヒト蜘蛛はまさしく昆虫と変わらないのだから。
そんな蛮を、バドはどこまでも静かに観察する。
それから改めて悠々と自身の縄張りの見回りを続ける彼の後を追い、バドも移動を開始する。
しかしその時、バドの頭上に何かの影がよぎった。
異様に長い腕と真っ黒な体。シルエットは<テナガザル>と呼ばれる動物に近いようにも見えるものの、明らかに別の種。それが樹上からバドに飛び掛かったのだ。
ほとんど音もなく。まるで気配を殺し標的に襲い掛かる、
<暗殺者>
のごとく。
実際、暗殺者のようなその習性から、
<アサシン竜>
と呼ばれている動物だった。<竜>とつくことからも察せられるとおり、ヒト蜘蛛よりはボクサー竜に近い種である。おそらく、同じ祖先を持つ。
アサシン竜も肉食で凶暴な獣であった。これまた、油断しているとヒト蜘蛛でも危険な程度には。
何しろ、隠密性がすこぶる高い。完全に気配を消して風景に溶け込んでいると、その姿は見えているはずなのに気付かないことさえある。生身の人間など、それこそただの<餌>にすぎないだろう。
そんなアサシン竜がバドを狙ったのだ。
しかし、樹上からほとんど音もなく襲い掛かったアサシン竜を、バドは、苦も無く躱してみせた。
当然か。バドは動物ではなくロボットなのだ。各種センサーを装備し、人間とは全く異なった形で周囲を常に見ている。アサシン竜がどれほど気配を消してみせようと、赤外線カメラなどでは丸見えなのだから。
「!?」
アサシン竜は、自分に気付いた様子もないバドが攻撃を躱してみせたことに動揺した。
地面に降り立って慌てて体勢を整え周囲を窺うものの、すでにバドの姿はない。
「? !?」
急いで樹上に戻りつつ、周囲を窺う。
アサシン竜は、サルに近い生態を持ち、樹上を主なフィールドとしているが、半面、地上に降り立つと本来の力を発揮できないという特徴を持つ。地上はボクサー竜の方が圧倒的に有利で、それに対抗するために樹上に適応したのだろう。
また、群れを作らず単独で狩りをする。そういう点ではヒト蜘蛛にも似ていると言えるだろうか。
そのアサシン竜が、バドを獲物として狙ったのだ。もっとも、完全に失敗ではあるが。そもそも捕えられたところで、食べる部分もないわけで。