吠える
「ガアッッ!!」
蛮が恐ろしい表情で歯を剥き出して吠えると、
「カアッッ!!」
相対したヒト蜘蛛も、同じく歯を剥き出して吠えた。どうやらやはり引く気はないようだ。
なお、ヒト蜘蛛とは言いつつ、実際には<蜘蛛>ではないので、糸などは出さない。あくまで肉弾戦オンリーの戦いをする。
そして相手は雌だった。尾部の突起の形状が違うのでそこで区別はつくし、ヒト蜘蛛同士であればそれこそ<匂い(フェロモン込み)>で区別がつくはずだが、現状、繁殖期ではなかったことで、お互いにただの<邪魔者><敵>としか認識していないようである。
また、ヒト蜘蛛にとっての頭部である<人間そっくりの部分>が弱点となるので、ヒト蜘蛛同士の戦いは、当然、
『相手の<人間そっくりの部分>をいかに破壊するか』
が肝となるようだ。
そのため、遠目には、全裸の女性が戦っているようにも見えるだろう。
とは言え、本体は<蜘蛛に似た部分>なので、挙動は実に不自然ではある。なにしろ、互いに有利な位置を取ろうとして本体の方で調節するゆえ、
『跳び上がったり躱そうとする挙動もなく人間の位置が変わる』
のだから、それこそ、お互いに手足を相手に叩きつけながら空中を滑るように移動しているわけで。
ただし、その異様な挙動を除けば、完全に相手を破壊しようという容赦ない打撃が繰り出されているのは分かる。今回の蛮とその相手についてはそれぞれ<五体満足>ではあるものの、実は、人間のように見える部分に欠損がある個体も少なくない。
腕や脚が食いちぎられるなどすれば、人間の場合、止血しないと出血多量で死ぬ可能性が高いだろうし、ヒト蜘蛛でもそれが原因で死ぬ個体もいるが、傷口を木などに押し付けて止血を図ることもある上に、ヒト蜘蛛本来の側に大量の血液が蓄えられているゆえに、人間よりは助かることもあるようだ。なので時折、指などだけでなく手足を欠損している個体もいる。
『傷口を木などに押し付けて止血』
というような方法は、人間の場合は痛みに耐えきれなくてできないだろうが、ヒト蜘蛛は人間よりは痛みに対して鈍感なようだ。
それもあって、攻撃そのものに容赦がない。骨格が人間よりも頑強な上に、治癒力も高く、指などが骨折しても気にしないからだ。
そのため、<技>もへったくれもない、ひたすら手加減なく相手を殴りつけ、可能であれば腕を取りその瞬間にへし折るという、古代ギリシアで行われていた<古代パンクラチオン>もかくやという様相であった。
いや、むしろ、それなりに<技>を研究し<競技>ともなっていた<古代パンクラチオン>の方がよっぽど理性的に見えるかもしれない。