侵略の意図
「……」
空を飛んでいた方を険しい表情で睨みつけながら、蛮はそれを見送った。そして完全に見えなくなってから地上へと降りる。
しかしその瞬間、
「!?」
彼は何かの気配を察してそちらに視線を向けた。同時に体も回転させて身構える。
が、別段、何かがいるようには見えない。見えないが、彼には察せられているのだろう。異様な<何か>が発する気配が。
もっとも、先方には彼を害する意図などまったくなかったが。
密林の下草に隠れて彼の姿を見つめていたのが、<ドーベルマンMPM四十二号機>=<バド>だった。
バドの役目は、あくまで蛮を記録することである。彼に危害を加えるつもりも彼の邪魔をするつもりもない。ロボットだから自分の役目に疑問を抱くこともない。
<妙齢の女性>にも見える者が一糸まとわぬ全裸でいても、何一つ動揺することもないし何も感じない。ただ、<記録する対象>として見守っているだけだ。
とは言え、そんな事情は蛮には理解できない。だからとにかく警戒する。
が、しばらく様子を窺っていても何も起こらないことで、
「……?」
蛮は小首をかしげ、気にはしつつも警戒を解いた。それからぐるりと周囲を見渡し、ゆっくりと移動を始める。
縄張りの見回りである。
ヒト蜘蛛は、基本的に単独で行動する種族である。繁殖時以外は、異性が自分の縄張りに侵入することも許さない。
この時も、
「!!」
彼の全身に再び緊張が走る。木の陰から、女性がこちらの様子を窺うように覗き込んでいたのだ。が、それは決して<女性>ではなかった。伸ばし放題の髪が体に絡みつくように貼り付いているもののその体には他に何もまとってはいない。完全な全裸だ。
蛮と同じく。
そう。<ヒト蜘蛛の頭>であった。別のヒト蜘蛛が、彼の縄張りに侵入してきたのである。
それを確認すると同時に、彼は猛然と密林の中を駆けた。頭頂高約二メートル半、全長約三メートルの巨体でありながら、木々がうっそうと生い茂るそこを、苦も無く走り抜けていく。
すると相手も気付いたのか、身構える気配があった。どうやら引く気はないようだ。
となれば、することは一つ。
<力による排除>
だ。
ヒト蜘蛛に<協調性>なるものは基本的に存在しない。繁殖時に一時的に自身の攻撃衝動を抑制することはあっても、それだけである。
それ以外は、同種であろうと<敵>だ。
敵は殺す。
その衝動だけが、ヒト蜘蛛を動かす。当然、相手も同じ。他のヒト蜘蛛の縄張りに足を踏み入れるということ自体が、侵略の意図を示しているのだ。