逃げるという選択
レトがいなくなろうとも、この密林には何の影響もなく、ただ自然の営みは繰り広げられていく。レトがいたパパニアンの群れでも、彼がいなくなったことでまた別の個体が、群れのストレスを受け止める役を引き受けさせられることになるだけである。
つまり、レト一人が救われたところで、同じ目に遭う個体がいなくなるわけではないということだ。
もっとも、それは、今まで普通に暮らせていた個体が突然、サンドバッグにされるという形ではなく、レトと同じように扱われていた者が、レトの分もという形になるだけだが。
とは言え、パパニアンの群れそのものも、それぞれに特色があり、レトのような役目を負わされる個体がほぼいない群れというものも実は存在する。ただ、そういうのはやはり特殊な例外的な事例であることも事実なのだ。
ゆえに、レトはあくまで『群れから逃げ出す』という選択を、それがあくまで偶然が重なっただけの結果論であっても実行に移せたことで、結果、彼の境遇を大きく変えることとなった。
そう。<逃げるという選択>を取ったレトと取らなかった他の個体とで、大きく状況が変わることがあるのも、当然の話なのだと言える。
逃げた先で合流した群れのボスにまで成り上がった者もいるように。
『なんでレトだけ助けたんだ!? レトを助けたことで他のがイジメられることになったじゃないか!』
と憤る者もいるだろうが、これは本当に『たまたま』なのである。すべてがレトと同じように救われることはない。逃げて他の群れに加わることになった者達と同じく、
『今回はたまたまレトだっただけ』
なのだ。
蛮に喰われたアクシーズも『たまたま』だし、レトが救われたのも『たまたま』なのだということを、理解する必要があるだろう。
そして、そんな残酷なドラマがあっても、蛮はまるで気にすることなく、パルディアとの遭遇の後、安全が確認できたことでまた樹上に登って休んでいた。
まったく、傍迷惑な話だった。まあ、レトを追ってきたパルディアに敵意を向けたのは他ならぬ蛮自身ではあったが。
だがそれも過ぎた話。もうすでに蛮の頭から消え去っていたようだ。
ちなみに、出血ももう止まっている。傷は残るかもしれないが、そんなことはヒト蜘蛛である蛮は一切気にしない。
そんな蛮を、地上から、バドが静かに見上げていた。
なお、レトに関する情報について提供を求められたので、バドと、バドと連携していたドローンが得た情報については、一切合切を提供している。




