死の危険と隣り合わせ
<蛮>の朝は早い。基本的に夜が明けると早々に活動を開始する。
が、これ自体は他の動物でも似たり寄ったりなので、別に特別な習性でもない。地球人が寝坊すぎるのだ。一日六時間も八時間も惰眠を貪ってられるのは、地球人が<社会>を作り、惰眠を貪っていられるだけの安全を確保しているからだという証拠に他ならない。
しかし、ヒト蜘蛛の社会では、と言うか自然では、<安全>など保障はされない。常に死の危険と隣り合わせなのだから。
そして、ほぼ一切合切が自分の力によってのみ行われる。寝床の確保も、食事の確保も。
ヒト蜘蛛の<寝床>は、樹上に作られる。この巨体でありながら実は重量は二百キロ程度なので、地球の熱帯雨林を思わせる、木々が非常に密集して生えているここでは、うまく複数の枝に体重を分散させられれば問題がない。
そうやってこの巨体でありつつ樹上に寝床を作るのは、当然、寝ている間の安全を確保するためだ。地球人ほど惰眠を貪るわけではないとはいえど、睡眠そのものも浅いとはいえど、どうしても起きている時よりは無防備になる。無防備になっては危険ということだ。
その<理由>が、今まさに、彼の足下に来ていた。
「キ…キイッ!」
「キュキキ…!」
「キュッ!」
そうやって高い声で小さく鳴きつつ、地球の生き物で言えば<ボクサー犬>くらいの大きさの獣が、何頭も集まっていた。よく見るとその獣は、地球の<恐竜>によく似た姿をしていた。特に、
<ヴェロキラプトル>
という種類の恐竜に似ているだろうか。が、全身は短い毛で覆われていて、地球人が恐竜と言われて思い浮かべる姿とは若干違うだろうが。
とは言え、<彼>にとってはそんなことはどうでもいい話である。彼は気配を殺し、それらの頭上から機会を窺っていた。
<必殺の一撃>
をお見舞いできる機会を。
すると、<ヴェロキラプトルに似た獣>の一頭が、他のそれよりもやや動きが鈍いのが分かった。年老いているのか体調が悪いのか。いずれにせよ、明らかに俊敏性が感じられない。
それに気付いた彼は、狙いを定めていた。
こいつらは、群れで一度に襲い掛かってこられると厄介だが、木には登れない。だからこうして樹上に寝床を作るが、同時に、一頭一頭はそれほど手強い相手でもない。むしろ数が多く、ゆえにこうして中には動きが鈍い者もおり、絶好の<獲物>にもなるのだ。
それらは、
<ボクサー竜>
と呼ばれている。
そして一頭のボクサー竜に狙いを定めた蛮は、巨体を宙に躍らせたのだった。