目的の一つ
こうして結果的に蛮を救ったバドは、しかしそれ以上は何もしなかった。ただ、蛮を静かに見守る。
蛮の方も、バドがボクサー竜を追い払ったのは理解したものの、当然、感謝などしない。<感謝するという概念>がそもそもないのだ。
「…ッ! ヴォェッッ……!」
酷い<顔色>で嘔吐したりもしつつ、蛮はその場でただ蹲り、バドはそれをただ見守った。
そして一時間ほどが経過すると、蛮は体を起こし、何とか木の上に登っていく。どうやらその程度には回復したようだ。
と言うのも、人間のようにも見える部分は明らかに異常にも見える状態だったが、実は<ヒト蜘蛛全体>としてみると、蜘蛛のようにも見える部分はそれほど大きなダメージを負っておらず、そちらが支えてくれるので、時間はかかるものの十分に回復する可能性はあったのだ。
これは、まったく異質な生理機能をもつ別種の生物を強引に一つにまとめたことで起こる弊害であると同時に、<非常時のバックアップの役目をする機能>ともみられている。
普通の人間だった場合には、下手をするとこのまま回復できずに命を落としていた可能性もある。が、そもそもここまで無謀なことをする前に攻撃を続けられなくなるのが当然なのだが、ヒト蜘蛛はそれができてしまったわけだ。
バドは改めてそれを確認し記録することも目的の一つであった。結果としてはバド自身がそれを招いたものの、いずれどこかで確認できればというのもあったのだ。
そんなこんなで樹上に避難して改めて完全な回復を目指す蛮がまた『ブチ切れ』ないように、バドは敢えてそこから動かず、まるで置物のように佇んだ。だから蛮もバドを意識から外すことができたのだろう。
そして翌日、さすがに野生に生きる者だからか、一晩で蛮の体調は完全に元に戻ったようだ。
昨日、二十歳くらい老け込んでしまったようにも見えた<顔>は、以前の美しさ?を取り戻していた。
さりとて、造形そのものは美しいはずなのだが、いかんせん<表情>が邪悪で、人間として見れば、
『近付くのをためらう』
『目を向けられるとつい視線を逸らしてしまう』
タイプと言えるだろう。
なので、いかに、
『美女が一糸まとわぬ姿でいる』
ように見えようとも、これに劣情を抱く強者>もそうはいないだろうと思われる。
そんな蛮は、今日も、縄張りの見回りを兼ねて獲物を探す。
ちなみに、ヒト蜘蛛は、自身が出す<フェロモン物質>によって縄張りを主張する。己の行動範囲にある木などに、尾部にある突起物から分泌されるフェロモン物質を塗り付けて、自分の縄張りであることを示すのだ。
これは同時に、繁殖期に入り発情すれば、当然、異性を呼び寄せる目印ともなる。




