俺様<<あんさつ、ダメ、ぜったい
アンネマリーが大人しくアミルのエスコートを受けたのには、少々理由があった。
この世界に堕とされたアンネマリーは、自身の名前を奪われた為に、己の姿も朧げにしか思い出せない。まあもっとも、超絶格好良いというのだけは覚えているのだけれども。
その代わり、取り巻き兼友人達の事や皇太子の座から蹴落とした弟の事は、はっきりしっかり覚えていたのだ。
そしてそんな弟に、アミルはどことなく似ていた。
アンネマリーは弟の事を陰険野郎だと思っているので、アミルもそうなんだろうと予測している。
なので将来、寝取りにしか興奮出来ない男になったら大変なので、今のうちに矯正してやろうと思ったのだ。さすが俺様とっても親切で優しいから惚れて火傷しても知らないぜと、アンネマリーはアミルの横で一人悦に入った。
ちなみに弟がそういう嗜好かもしれないと教えてくれたのは、自称紳士の取り巻きセバスチャンである。彼は物知りなので、皇太子として受けた教育以外の知識を披露してくれるので、とても重宝していた。確か指摘するとムキになって否定するから、大人な対応を取るのが良いらしい。セバスチャンの話はいつも為になるからなと、アンネマリーはその知識を元にアミルに対応する事にした。
応接間まで行くと、ソファでお茶を飲んで寛いでいたミアが、ギョッとした顔で立ち上がった。
「此方にはすでに先客がいたんですね」
「ああ、義妹のミアでしてよ。性格の悪い肉食系女子ですわ」
フェリクスの他にも良い男がいるかもしれないし、アミルは皇太子だから良い男を紹介してもらえるように、アンネマリーはこの世界での子分一号のアピールポイントを紹介してあげた。
するとミアは顔を盛大に引き攣らせ、プルプルと震えている。これは、感動と感謝が溢れたのねと、アンネマリーは満面の笑みを浮かべた。
「ふふ、貴女はどうやら僕が思った通りの人のようだ。ああ、僕も此方でお茶をご馳走になろうかと思います。どうぞ、座って下さい」
ミアとアンネマリーに着席を促した。そしてアミルは笑顔を浮かべたまま、話し始める。
「先程も言いましたが、僕は皇太子です。ですがまだ、婚約者がいません。それで、一ヶ月後に園遊会を開き、未婚の女性を招いて交流する事になりました。…正直、かなり憂鬱で」
その気持ちわかるとばかりに、アンネマリーは深く頷いた。アミルはせいぜい十二、三歳くらいに見えるので、その年頃なら同性の友人と遊んでいた方が楽しかったりする。そりゃあ多少は異性の事が気になるが、園遊会などの畏まった場所での出会いはちょっとなあと反発してしまうのだ。
まあアミルはそれ以外にも理由があるだろう事を、アンネマリーは見抜いているのだが。
「そこで貴女にお願いがあるんです。どうかその園遊会の日は、僕の側にいて頂けませんか? このような役目は、貴女のような方にしか頼めません」
「ええ、わかりますとも。物凄くわかりますとも」
アンネマリーは皇太子あるあるだなと深く共感した。つまりアミルは、ちょっと親とか口煩い親戚とか家臣に、反発したいお年頃なのだと理解した。皇太子が一度は通る道である。
きっとやらかさないように、アンネマリーに見張っていて欲しいのだろう。
溢れ出る自身のカリスマ性に、アンネマリーは酔いしれた。
「私からもお願いがございます」
「ええ、勿論それを。僕だけに利があるのは、不公平ですからね」
「一つ約束をして頂きたいのです。人妻と未亡人には決して、手を出さないと」
静観していたミアが、ゴフッと吹き出した。そして咳き込んでいる。アンネマリーは超絶親切なのでミアの背中を摩ってあげた。
アミルはといえば、首を傾げて眉を寄せていたが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。
「まあとにかく、貴女に僕が直々に招待状をお渡しします。義妹さんもどうぞ参加ください」
「この私にお任せくださいませですの!! 皇太子のお悩み解決は、この私にお任せあれですわ!!!! オーホッホッホッ!!!!」
何せ元皇太子なので、園遊会など腐るほど参加しているので、アンネマリーに死角はない。当日はアミルがやらかさないように目を光らせてやろうと意気込んだ。
アミルの意図は絶対違う場所にあるが、はっきり説明しない方が悪いので、アンネマリーは悪くなかった。
「ちょっ、ちょっと、お義姉さま! どどどど、どういうつもりよ!!?? 皇太子の園遊会だなんて、高位貴族ばっかり参加するものよ! ランセル伯爵家なんて、場違いにも程があるわ!!!」
「その皇太子が来てって言ってるんだから、問題ないだろ。園遊会なんて気取った言い方してるが、いわゆる集団見合いだからな。皇太子争奪戦にあぶれた娘と縁を結べるように、男共もわんさかいるぞ。最初からそっち狙いなら、イキの良いのが釣れるのですわ!!!」
入れ食いでしてよと叫ぶアンネマリーに、ミアは何言ってるんだコイツと胡乱な視線を向けてしまう。
そうしていると、血相を変えたフェリクスが応接間に飛び込んできた。
「アンネマリー! 君は一体なにをしたのかわかっているのか!!??」
「勿論ですわ!」
力強く頷くアンネマリーに対し、フェリクスは目を伏せて俯いた。拳を握り締め、君も結局はそっちを選ぶのかと吐き捨てる。
それに対してアンネマリーは、スクッと立ち上がると、腰に手を当てて屋敷中に響き渡るほどの大声で叫んだ。
「クライセン公爵夫人が寝取られるのを、未然に防いでやったのですわ!! クライセン公爵が暗殺されずに済んだのだから、私に傅いて感謝しまくりやがれですわああああ!!!!! オーホッホッホッホッホ!!!!!」
「はあ!? 何がどうしてそうなったのよ! アンタの頭大丈夫?」
ミアの呆れた声に、アンネマリーは一瞬ムッとしたものの、すぐに可哀想なものを見るような顔をした。
「もう本当にお馬鹿さんだなぁ。ふふん、教えて差し上げましょう! アミルの狙いは、クライセン公爵夫人だという事を…! 私のそりゃあもう素晴らしい知識が、アイツは人の物を欲しがるタイプであると証明しているのですわ。そこのお前、覚えはないか? 子供の頃、あいつにママをとられた事を」
アンネマリーに話を向けられて、フェリクスは幼い頃の記憶が蘇った。幼い頃、母に甘えたくともアミルがいるとそちらが優先されていた。皇太子であるし、公爵家は王家よりも立場がかなり弱い。
それ故、仕方のない事だと幼いフェリクスは必死に言い聞かせていたのだ。クライセン公爵夫人に甘えるアミルの姿を見ながら。
「思い出したようだな? 理解しただろう、彼奴はクライセン公爵夫人を自分のモノにしようと、着々と外堀を埋めているのだ! 園遊会などただの口実。忙しくてすれ違った夫婦の溝に、ぎゅうぎゅうと入り込む気満々なのですわ!!」
「でも物凄い歳の差じゃない」
「オホホホホホ、お子ちゃまなミアは知らないだろうが、世の中には五十歳から守備範囲という男もいるんですのよ! クライセン公爵夫人は射程圏内ですわ!!!」
何故だろうか、アンネマリーの話を聞いていると、だんだんアミルの行動がそのように見えてきてしまう。いやそんなわけないと、フェリクスは必死に否定しようとするが、アンネマリーの言葉には妙に説得力があった。あとフェリクスの母であるクライセン公爵夫人は五十代じゃない。まだギリギリ三十代だ。
「今回、皇太子が公爵夫人に園遊会の主催を頼んだのは、忙しくして公爵夫妻を物理的にすれ違わせる作戦の一つなのだ。そしてちょうど良い頃合い、そうつまり園遊会で、公爵を暗殺するつもりなのでしょうとも!!!!」
「なっ、なんだってっ!!??」
「いやそれ信じちゃうの、ねえフェリクス様。ちょっと落ち着いて?」
確かに今回の園遊会を取り仕切るのだって、本来なら王妃の責務だ。しかしアミルは実母である王妃ではなく、叔母にあたるクライセン公爵夫人を頼った。
園遊会の準備はひと月程度で出来るものじゃないのに、ギリギリになった今こうして頼むだなんてと思ったが、まさかそんな意図があるなんてと、フェリクスは恐れ慄いた。
そういえば幼い頃からアミルカルは、やたらと母親にベタベタとそりゃあベタベタとくっついていた。フェリクスが抱っこをせがんでも甘えてはいけませんと断られるのに対し、アミルが甘えると母は抱き上げていたのだ。
父は子供のする事だし皇太子を無碍にする事は出来ないと、フェリクスには言っていたのだけれど。
「……鈍間なお前でもわかったようだな。そうだ、己の全てを武器にして、奴は公爵夫人を奪い取る気なのですわ。これは、何年もの月日を掛けた計略の一種なのでしてよ! この! 超天才!! 超絶美少女!!! 親切で可愛い私でなければ!!!! 見破れなかったでしょうね、オーホホホホホホホ!!!!!」
なんて事だとフェリクスは頭を抱えた。傍らのミアが、フェリクス様は疲れてるのよとお茶を勧めてくれる。やっぱりミアは優しくて素敵な女性だと思った。
「この私が、言質をとってやったのですわ! 人妻には手出ししないと!! ああいうタイプは、人妻という属性があるからこそ狙ってくるのです! 未亡人にもと追加で言ったので、圧倒的な鉄壁ガードですわよ!!!」
「…すごい」
「それを信じるフェリクス様の頭がすごいわ」
しかしそうすると、自分と婚約解消を望んでいるアンネマリーが、どうして助言をしてくれたのかが疑問になる。なぜここまで、公爵家に手を貸そうとしてくれるのだろうか。
彼女が皇太子の側にいるという事は、園遊会で誹謗の的になるというのに。
「…君がこうして僕に助言してくれるのは、一体どうして? …やっぱり君は僕の事を…」
「公爵家で暗殺事件なんぞ起きたら、私の住む家の一つがなくなっちゃうじゃないかですわ。新しく伯爵家の屋敷を建てるのに、しばらくかかるっていうので、それまでここに住んであげるので、私という存在が居る事を光栄に思えなのですわあああ!!!!」
ただの住居狙いでしかなかった。