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俺様>>ぎりのいもうととおしゃべりする

 アンネマリーが二発目のビンタをフェリクスにお見舞いしたところで、護衛達が止めに入って来た。鈍間な奴に仕えてるのは鈍間ばかりかと、アンネマリーは鼻で笑う。

「アンネマリーお嬢様、我が主人に対しその行動は見過ごせません」

「うるせえ! 邪魔だどけボケ!!」

 通常の淑女ならそれで引き下がるが、護衛が対峙したのは残念ながらアンネマリーなので、容赦なく急所を蹴り上げられた。ちなみにアンネマリーの履いているのは、ミアから献上されたキラキラの宝石が飾られているデザイン性が高いつま先が尖った凶器、もとい靴であった。

 アンネマリーのいる世界は、西洋風のどこか中世ヨーロッパのような場所である。護衛は簡易な鎧を身に付けているものの、腰当ての下は普通のズボンを履いている。そうつまり、彼らの一番大事な急所を守るものは、数枚の布のみ。

「ひぐぅっ……!!??」

 息の詰まった悲鳴のような呻き声を上げて、護衛がその場にどっと崩れ落ちた。

 その様を見ていたロバートが、若手の執事を引き連れて止めに入ってくる。

「あああああアンネマリーお嬢様ああああああっ!! おあ、おあい、お相手は公爵子息フェリクス様なのですよおおおお!!!???」

「だからどうした!?」

「今後の婚約継続が困難になるかと…」

「こんなクズ野郎と婚約など継続しなくとも構わないだろう!! 何か言ってきたら、お父様が命乞いしながら土下座して償えば良い事ではないか! 子供のやらかしに責任を取るのは、親の仕事だ!!!」

「ここぞとばかりに旦那様に責任を押し付けようとしないで下さい!!?? 全然良くありません、本当に良くありません!!! 伯爵家が取り潰しになる可能性もあるんですよ!!」

「うむ! そしたら皆んなでキャンプファイヤーだな。……公爵家の庭で」

「不穏な事を言わないでくださいいいい!!!」

 ロバートに泣き付かれたアンネマリーは、仕方なくフェリクスへの攻撃を止めた。蹲っている護衛は、仲間に腰を摩られて戦闘不能である。その惨状に、公爵家の護衛達はアンネマリーをやべー女だと認識した。決しておもしれー女枠ではない。


「……やめてよ」


 騒然としていた場に、ミアの声が響いた。

「もうやめて下さい。……お義姉様、私のこの想いは許されるものじゃないのです。こうした想いを持つ事すら、罪なのですから」

 目を伏せながら心痛な面持ちで話すミアを見て、アンネマリーはそんなわけないだろと言い切った。世の中に許されない想いなんてものは存在しない。誰が誰を好きなろうとそれは本人の勝手である。心なんてものは、他人がどうこう出来るものじゃないのだ。

「この根性ナシに今気合を入れてやるから、一緒に公爵邸に行って、婚約の相手を変えて…」

「やめてって言ってるでしょ!!!」

 被っていた猫をすべて脱ぎ捨てて、ミアが叫んだ。その視線は地面へと向けられていて、ドレスの裾を握りしめて震えている。


「私は、娼婦の娘で、賎しい血筋だから……! アンタの悔しがる顔が見たかっただけで、公爵夫人になれるかもだなんて、思ってないもの!! フェリクス様とは、ちょっとした火遊びにしか過ぎないわ!! どうせお義姉様が公爵夫人になって、私は良くて愛人だろうなって……!!! 誰も祝福なんてしないだろうし、そんな事はじめっから……」


 わかってた事よとは、ミアは言えなかった。何故ならば目の前で、アンネマリーが、鞭を振りかぶってフェリクスに襲い掛かっていたからだ。


「何やってんのよアンタあああああ!!!???」


 ミアの絶叫と共に、執事衆と護衛がアンネマリーとフェリクスの間に止めに入った。物理的に引き離されたアンネマリーは、フェリクスに向かって怒鳴り付ける。


「お前なあ、好きな女にあんな事言わせて平気なのかよ、この腰抜け! 腑抜け! 大マヌケ!!! バーカ、バーカ!!!」


「うるさい!!」


 子供の悪態のようなアンネマリーの罵倒に、フェリクスは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「うるさい、うるさい、うるさい!! お前に私の家の何がわかるんだ!! 私だって、ミアと結婚出来るならしたいさ! でも、お母様が……」

「お母様がなんだ。お前はミアとお母様どっちが大事なんだ。ああ、どっちも大事なんていう言葉は聞きたくない。ハッキリしろ!! いいか、今ここで答えなくてもな、お前みたいな奴はいつか選択を迫られるぞ。私とお母様、どっちが大事なのってな。ま、どうせ失言して嫁と子供に出て行かれるだろうがな!」

 アンネマリーは元皇太子であったので、そりゃあもう貴族の夫婦のあれやこれやを見てきたので、知っているのだ。


「それからミア! お前、自分の事を貶すな!! 俺様は超天才だから教えてやるよ。そう言って自分はどうせだめだとか言って、最初に諦めてるから、こういうクソ野郎が調子に乗るんだぞ。あとお前、そういう殊勝な性格じゃないだろ? 普通に性格悪いもんな、お前」


「ちょっとここは私の良い所を言う場面じゃないの!!??」


 良いところを褒めたつもりのアンネマリーは、ミアの叫びに対してもう一度、お前は性格が悪いと言った。それに怒り出したミアに、アンネマリーは不安げに訊ねる。

「えっ、もしや俺様の、あ、私の言葉が通じてないのでしてかしら? 使う言語あってる?」

「性格が悪いは褒め言葉じゃないのうううう!!!! アンタ褒め言葉の意味、もう一度お勉強してきなさいよぅぅぅぅ!!!????」


 頭を掻きむしって叫んだ後で、ミアはがくりと肩を落とした。そうして大きく息を吐くと、馬鹿らしいと呟く。

「アンタと話してると、なんだか全部がバカらしくなってくるわ。……はぁ、お義姉様に張り合ってた行動すらね」


 ミアはフェリクスの側へと行くと、微笑みを浮かべて言った。


「フェリクス様、私あなたの事をお慕いしてます。好きです。結婚して奥さんになりたいの。でも、私を一番にしてくれる人じゃなきゃ嫌。愛人にする気なら二度とお会いしたくないわ」


「…ミア」


 項垂れたフェリクスからミアは颯爽と立ち去り、アンネマリーの側へとやってきた。 

「私、アンタがお義姉様になって、悲しめば良いのか喜べば良いのかわかんない」

 ミアの顔は、己で言った通り、複雑な表情を浮かべていた。

「大っ嫌いだったわ。いつも私の事、薄汚い売女の子供って言って、汚物のように見て来たんだもの。……でも、死んで欲しいとまでは、思ってなかったもの」




 ミアにとってアンネマリーは天敵だった。

 訳もわからず母に連れてこられた伯爵邸で、憎悪の眼差しを向けてくるアンネマリーは、ミアを脅かす者でしかなかったのだ。


 だってアンネマリーは、道を歩いているだけで、追い払われたりしない。変な目で見られたりしない。淫売の子は淫売だなんて、ミアの何も知らないくせに、勝手に決めつけられる事なんてないだろう。

 ちゃんとした家もあって、お腹も空かない。綺麗な服を着て、暖かな部屋で眠れるのだ。


 それなのにどうして、何もないミアを疎ましがるのか、わからなかった。


 けれども一緒に暮らしているなら、多少は仲良くなれるかもしれないとも思ったけれど、高慢な態度も、すました顔も何もかもが気に食わない。

 父親であるランセル伯爵がいる時は言わないが、大人の目がなくなった時だけ、ミアに向かって聞こえるか聞こえないかの声で、汚らわしいと言った。それが本当に悔しくて、ミアはアンネマリーに仕返しをしてやろうと決めたのだ。

 ドレスやアクセサリーを奪っても、アンネマリーから貴族令嬢の余裕とやらは消えてなくならなかった。

 それならばと、アンネマリーの様子を観察してわかったのが、婚約者であるフェリクスに惚れ込んでいるという事だったのだ。汚らわしいと罵倒するミアに、フェリクスが夢中になったら、アンネマリーはどんな顔をするのだろうか。


 泣いて悔しがれば良い、ただそう思ったのだ。


 その過程で、フェリクスがあまりにも優しいから、つい好きになってしまったのだけれども。

 

 優しいだけではだめねと、ミアはようやく思い至った。

 だってミアだって、幼い頃は憧れていたのだ。好きになった人と結婚して、子供を産んで、幸せに笑って暮らす生活を。


「私、あの女より良い女だってフェリクス様にアピールしてたんだもの。愛人の地位で満足したら、それこそあの女に悪いわね」


「そうだな」


 昨日までのアンネマリーとは別人の、アンネマリーをミアは静かに見詰めた。最初はアンネマリーが頭でも打ったかして、こんな行動をとっているのかとも思ったが、違う。

 今のアンネマリーには、嫌悪を滲ませた視線をミアに向けたりしない。本当に義姉はいなくなったのだと理解した。


「……さっきの言葉には、一応お礼を言っておくわ。ありがとう」


 ミアの言葉を神妙な面持ちで聞いていたアンネマリーが、薄く笑みを浮かべて言った。

「ミア、お前…。お礼の言葉を知っていたんだな。賢いじゃないか」

「アンタ喧嘩売ってんの!?」

「お前が褒めろって言うから、褒めるとこ探していってやったんじゃないか!」

「もううううううう!!! 今のお義姉様も大っ嫌いよおおおお!!!!」


 今までの二人を知っている者からみれば、義理の姉妹が和解したのだろうなと、温かな目で見てしまう光景であった。




 婚約者にビンタされた上に何故かフラれたような状態のフェリクスと、戦闘不能者一名含む公爵家の護衛達を除いて。

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