俺様>>こんやくしゃとおしゃべりする
白馬から降りたフェリクスが、アンネマリー達の所へと駆け寄ってきた。正しくはミアへとだが。
ミアの両手を握り締め、大丈夫かと心配している。頬を染めるミアは、物凄い分厚いネコをかぶっているようだがしかし、普通に恋をしている乙女の顔をしているように思えた。
「会いに来る途中で、凄まじい音がしたから、急いで来たんだ。一体どうして……、屋敷が倒壊しているだなんて。ミア、怪我はないかい?」
「あの、…はい、なんとか無事です」
そりゃあそうだとアンネマリーは思った。部屋で私は悪くないと震えながら呟いていたミアをビンタし、正気に戻したところでおぶって外まで走り抜けたのはアンネマリーなのだから。
このアンネマリーの体は貧相なので、とても非力である。それでもミアをおぶれたのは、火事場の馬鹿力というものだろう。
なので今現在、アンネマリーはめちゃくちゃ体が痛かった。そして今更ながらに空腹に苛まれていた為、目の前でイチャつく婚約者と義妹を見ながら、ラテが持ってきたパンを貪っていた。
「アンネマリーお嬢様、焚き火でチーズを炙りましょう」
「俺…私は肉が食べたいのですわ」
「アンネマリーお嬢様! お肉の塊を見付けました!!」
「でかしたぞ、ローズ! 褒めてやる。今すぐそれを火で炙って食べるのだ!」
厨房があった場所あたりから、ローズが肉塊を取り出して走ってきた。三人でキャッキャしながら焚き火を囲っていると、険しい表情を浮かべたフェリクスがミアの手を引いてやってくる。
「アンネマリー!」
「ん、なんだ。肉を焼き始めたら来るだなんて、お前達も食べたいのか? 真ん中と端っこは俺様のものだが、まあ残りの部分はちょっとくらい齧ってもいいぞ」
「誤魔化すな、ミアの事で話があるんだ」
ミアの事でとはなんだろうと、アンネマリーは首を傾げた。そしてすぐに、そういえばミアは肉食女子だったなと思い当たる。
アンネマリーは口に手を当てて、なるほど年頃の女は好きな男の前では少食の振りをするアレかと思い当たった。アンネマリーの中身は一応成人済なのだが、そういう甘酸っぱいお話についつい浮かれてしまう。
フェリクスの後ろに隠れるようにして立つミアに、アンネマリーは笑顔で頷いた。安心しろ、俺様はちゃんとわかっているから、大舟に乗った気持ちでいろよという意味である。アンネマリーの大船は間違いなく泥舟だが、大海を渡りきれる泥舟である事を、ミアは知らない。
「ミアの頬が腫れている。これは、君がやったのか?」
「そうだ、緊急事態だし仕方がない事だったんだぞ。じゃなければ、ミアは今頃、瓦礫の下敷きになってただろうしな。おぶって連れ出してやった事、感謝しまくっても良いのですのよ、オホホホホホ!!!」
腰に手を当てて上機嫌に笑うアンネマリーの頭には、原因が自分自身である事はすっぽりと抜け落ちていた。終わり良ければ全て良しの精神である。何も良くないし、終わってもいないが。
そんなアンネマリーの腕を、フェリクスが握った。ぐいと引っ張られ、バランスを崩してしまう。
こいつレディに対する扱いがなってないなと、レディでもないしミアにビンタした事も棚に上げて、アンネマリーはムッとした。
「この服も…、ミアのものじゃないか」
「俺様……私のものだぞ。ふふん、私の方が似合ってるし、こんな超絶美少女に着てもらった方がドレスも喜ぶだろ、オーッホッホッホッホ!!!」
何度目かの高笑いなので、段々と調子が出てきたアンネマリーは、機嫌良く声を上げた。
「君は…、どうしていつもミアに優しく出来ないんだ!?」
「私からしたらすっごく優しくしてますのでしてよ。ミアには勿体無い服を私がわざわざ貰い受けて差し上げましたし、ミアには似合わないけど私には超似合うアクセサリーを献上させてやったのだ光栄に思えよでしてよ!」
お嬢様言葉にも慣れてきたしやっぱり俺様なんでも出来る超天才と、アンネマリーは鼻高々に胸を張った。側から見たら、どう足掻いても悪役なご令嬢の台詞である。
「あ、そうだ。おいお前、今日の寝床の確保をしやがれ…ですのよ!」
「はっ?」
アンネマリーがフェリクスに向かってビシッと指を指した。
「一応、お前アンネマリーの婚約者で、確か公爵のお坊ちゃんだったろ。なら、伯爵家の使用人ごと泊まれる別邸とか用意しろ。それくらい察して動け、鈍臭い奴だな」
「はあっ?」
眉間に皺を寄せたフェリクスに、アンネマリーはやれやれと肩を落とす。まったく上に立つ者ならば周囲の事を常に気に掛けるべきだと、アンネマリーは呆れた眼差しをフェリクスに向けた。基本的に俺様は、自分の事は棚にあげる傾向があるので、いちいち気にしてはいけない。
「い、いやそれより、君はミアに意地悪を…」
「だーかーらー、俺様は意地悪なんてしてないって言ってるんだから、それが真実だろ。耳ついてるのか馬鹿か、貴様は。俺様が…、オホン。私が白といえば世の中すべて白でございますのよ! そうでしてよね、ミア!!」
「はいっ!?」
唐突に名指しされたミアが、ビクリと体を震わせた。
「ほらぁ、返事しただろ。はい、みんな見ましたぁ。証人がいっぱいいますぅ。これで私が意地悪してないの確定ですわ!!!!」
子供の屁理屈より酷い屁理屈で、アンネマリーはフェリクスに詰め寄った。するとフェリクスは、困り顔をして言い淀む。
その顔をみて、アンネマリーはやっぱりこいつ押しに弱いなと、鼻で笑った。まあそうじゃなければ、婚約者の義妹に手を出したりしないだろう。アンネマリーは新生アンネマリーになったので、フェリクスに恋心とか抱いてない。むしろ浮気する奴って最低だし、結婚するなら愛し愛されて好きな人としたいしと、純情すぎる一面を持ってたりするのだ。
アンネマリーは俺様だけど乙女である。
「というか、お前。ミアの事が好きなら、私とじゃなくてそっちと婚約し直せばいいんじゃないか?」
好きな者同士で結婚するのが一番だという考えから、アンネマリーは提案した。
「いきなり何を言い出すんだ!? これは、この婚約は…、家同士の大事な結び付きを…」
「確かミアは養女になってるから、そんなのでも伯爵令嬢だぞ。問題ないじゃないか」
「そんなのって何よっ!?」
フェリクスの前で被った猫が若干破けて、ミアが声を上げるが、それよりも気になるのはフェリクスの反応だ。
先程からの態度を見る限り、すごく喜ぶと思っていたのに、どうにも歯切れが悪い。
「なんだお前、もしかして何の考えもなくミアに手を出したのか? え、ちょっと最低過ぎないか、それ」
呆れ返った視線を送るアンネマリーに、それは違うとフェリクスは否定した。
「わ、私の、ミアへの気持ちは真剣だ!」
「じゃあ婚約すれば良いだろ。何をそんなに迷うんだよ、ウジウジしてて面倒くさいなお前」
「だが、私の両親が許す筈ないだろう、公爵家の婚約なんだぞ」
「そこはお前、両親の説得くらい自分でやれよ。真剣に好きなら、やれるだろう」
フェリクスは渋い顔をして、なかなか頷かない。アンネマリーの日記にはフェリクスに対しての恋心が綴られていたが、読む限りかなり対応が悪かったように思えたのだ。自身にも覚えのあるアンネマリーはすぐに、フェリクスではなく周りの使用人が気を遣って、生前のアンネマリーに手紙や贈り物をしてるんだなという事に気付いた。
だからアンネマリーからの婚約解消の申し出は、受け入れるべきなのに。何をそんなに躊躇うのか。
「……そうか、わかったぞ」
やっとわかったかと思ったところで、フェリクスが忌々しげにアンネマリーを睨んだ。
「あんなに私に執着していたお前が、そんな事を言い出すだなんておかしい! 何かあるに決まってる!! ミアを辱める事が目的だな!!!」
「はっ?」
何言ってるんだコイツと、アンネマリーは思った。思ったが、そういえば昨日までのアンネマリーは、自殺する程追い詰められるくらいに、フェリクスが好きだったなと思い当たる。が、今のアンネマリーはそうではないので、関係ない。
「僕の両親が、ミアを結婚相手にして許す訳がないんだ。それでも彼女を引き合いに出して、やっぱり自分の方がふさわしいのだと、周囲に知らしめる為にそんな事を…」
フェリクスの言葉に、ほんの一瞬ミアの顔が歪んだ。それをアンネマリーは見逃さない。というか、随分な言い様ではないか。
イラッとしたアンネマリーは、ブツクサ言っているフェリクスの顔を、思い切りビンタした。本日二回目のアンネマリーのビンタである。若干手の平が痛いが、それどころじゃない。
「ああもう、なんだコイツは。ミア、仕置き用の鞭とかそういうの持ってこい。ないならそこの折れた柱でも良い!!」
「えっ、ちょっとフェリクス様に何する気よ!?」
「こんなクソ野郎、そこの瓦礫の下に埋めた方が良い。安心しろ、全て事故で済ませる」
「済ませれるわけないでしょうううう!!!?? なんでいきなりそんな物騒な事言い出すのよ、アンタ!!??」
憤慨するアンネマリーを、ミアが取り押さえた。生まれた季節が違うだけで同い年であるので、
「うるせええ!!! 俺様はこういう奴が大っ嫌いなんだ!! 視界にすら入れたくないな!!」
「じゃあ視界に入れなきゃいいでしょ、暴力に訴えないでよ!」
「俺様はこんな奴気にかけなきゃ良いだけだが、ミアは違うだろう! この良い所が顔と家柄以外に何もなさそうなコイツが、好きなんだろ!」
アンネマリーの言葉に、ミアは呆けた顔をした。
「コイツは、お前を庇うふりをして、お前の生まれを馬鹿にしたんだぞ! アンネマリーもミアも伯爵家の娘なのに、お前ではダメだなんてなぁ、クソ野郎は何様のつもりだ!?」
人の生まれや家柄でどうこう言う連中は、元の世界でもそりゃあもうたくさんいた。一々相手に出来ないくらい、たくさん。親切めいた顔をして、心底くだらない事を言う連中だった。
アンネマリーの元の世界での友人達の事も散々言われたものだった。その時の不快な感情がよみがえってきて、アンネマリーはフェリクスにビンタしたのである。
つまりは、八つ当たりだった。