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俺様>>王様vs.公爵の喧嘩を鑑賞する

 アミルカルはアンネマリーを見て思った。


 この女は、破滅の使者だと。もしくは魔物か何か。


 そうでなければ、この状況に説明がつきそうにない。

 なにせ公式の場ではないとはいえ、部屋の中で、父と叔父、つまりこの国の王と公爵が、言い争っているのだから。


「兄さんもリーンも出ていけというが、私はどこに行けば良いんですか!? 公爵邸も王宮も追い出されたら、行くところなどありませんよ!!!」

「だったら離宮にでもいけば良いだろう! お前と母様が暮らしていたあそこがあるだろうが! とにかく出ていけ!!!!!」

「あそこに良い思い出などありませんからね! 成人してやっと母様と離れられると思ったのに、公爵領を与えるからその代わりにと押し付けてきやがって!!!! リーンとの時間が無くなるし、今度は今度でアミルがあああっ!!!」

「嫌がらなかったのはお前だろうが!!!! むしろ喜んで引き受けていたではないか!!!??」

「ただでさえ王である兄さんに嫌われているかもしれない状況で、断れるわけないでしょうが!!! 賢王と言われるならそれくらい理解してくださいよ!!!」

「言わねばわかるわけないだろう!!!!」

「顔を合わせればため息ばかりな状況で、一体何を言えと!!??? そんな態度だから、王妃に愛想を尽かされるんです!!!」

「言っておくが、私と王妃は政略結婚だ! 最初から愛などない!!!! 彼女もそれは了承済みで、だからこその現在だろう! 誰もがしっておる事実ではないか!!!」

「それですよ、そんな考えだから、王妃様に嫌われて、無い物扱いされてるんです! 貴方のせいで、息子のアミルカル殿下まで王妃から冷遇されているの気付いてください!!!!」

「アレは元々、母性などない女だ! それにアミルカルの教育には、手をかけているのだぞ!!!!」

「手をかける意味を知ってますか!!!?? だいたい兄さんは昔からそうだから、同年代の令嬢から蛇蝎のごとく嫌われていたんですよ! 父様関係なしにね!!!!」

「父があんなだから以外に理由などあるわけがなかろうが! それに私はお前みたいに軽率ではないし、優柔不断でもない!!!! お前の方こそ、同年代の令息達から嘲笑されていたではないか!!!」

「兄さんだって友人などいないではありませんか!!!!」

「うるさいお前よりはマシだ!!!!!」

「そうですね、使い所がわかっていない優秀な頭脳がありますものね!!!」

「普段からサボってばかりで碌に勉強しなかったお前が何を言うか!!!!」


 口論は激しくなり、やがて二人は取っ組み合いの喧嘩になった。

 しかも聞くに耐えない罵り合いも続いており、アミルカルは現実から逃避したくて堪らなくなった。

 父が祖父にブチ切れた時だって手は出なかったので、おっさんの見るに耐えない取っ組み合いは、アミルにとって居た堪れなくて仕方がない。

 だというのにそれを一緒に見ていたアンネマリーは、そこだ行け殴れなどと公爵か王に向かって声援を飛ばしてる。やっぱりこの女、狂っているに違いない。

「……殿下、今更それを気付いても遅いわよ、アンタ」

 ミアが呆れ果てた顔をして言った。

「お義姉さまに期待なんかしちゃいけないわ。お義姉さまはお義姉さまのやりたいようにしか、やりゃしないのよ。それがごくたまーに、奇跡的な確率で、運良く自分の為になったように思えるだけなんだから」

 今までどれだけ振り回された事かと、ミアが遠い目をしている。顔を引き攣らせて、まさかそんなとアミルがわずかに残った可能性に賭けて否定してみるが、話を聞いていたらしいアンネマリーが腕を組んだ格好のまま口を開いた。


「んもう、何を今更な事を言ってるんですの? 私は私のやりたい事をやるのだなんて、当たり前の事でしてよ! 本当にミアはお馬鹿さんなんだから。ミアだって、やりたい事しかやらないでしょうに。それを他人がどう感じようが、私には一切関係のない事ですわぁ。まあ私ほどのカリスマ性があれば、何をしようとも心酔しまくっちゃう連中、まあ今は超絶美少女ですから男性陣にモッテモテになってしまうのは、当たり前過ぎていう必要もない事なくらいの常識なんですわああああああああ!!!!!!」


 確実に狂ってると、アミルは思った。ミアは相変わらずヤベエ女だわと呆れた。


「アミル殿下、私に心奪われてしまうのは仕方ない事。ましてや公爵夫人に振られて傷心気味な時は、まるで女神の様に思えて仕方ないと思いますわ。私、女神以上の神々しさを持つ高貴なる存在ですけれども。申し訳ありませんが、私は心に決めた男性がいますので、お気持ちだけ受け取っておきますわね。慕い捲るのは構いませんことよ。ただし私とセバスチャンのラブラブな新婚生活の邪魔はしないでくれよなですわ!!!!!」

「狂ってるんですね、アンネマリー」

「お義姉さまはこれが素面よ、殿下。つまり正気」

「聖女すら狂気に蝕まれているわけですか」

「やめてやめて、お義姉さまの同類にしないでちょうだい」

 ミアが首を振って否定しているが、アミルからすればアンネマリーを受け入れている時点で同類認定である。

 よくよく考えてみれば、このアンネマリーを普通に受け入れているクライセン公爵夫人もまた、狂気に蝕まれてしまったのだろう。そしてその狂気はいままさに、父と公爵すらのみ込もうとしている。

 やっぱりこの女は、破滅の使者なんだとアミルが青褪め震えている横で、アンネマリーは眉を寄せてため息を吐いた。

「お育ちの良いおぼっちゃま達だから、罵倒がイマイチですわねぇ。もっとこう、えげつないお言葉出てこないかしら」

「罵倒に何を求めてるのよ、お義姉さま」

「王様と公爵なら、センスある高貴な罵倒言葉が出てきても良いじゃない?」

「高貴な罵倒言葉? オケツの穴に手を突っ込んで奥歯ガタガタいわしますわよとか?」

「もうミアったらお下品ですわねぇ」

「アンタの鼻の穴に指突っ込んで引き裂くわよ、お義姉さま」

 同年代の少女達のお茶会等での言葉での牽制には耐性があるものの、下町育ちのミアの睨み付けからの舌打ち、そして直接的な暴力表現のある言葉に、正真正銘の箱入り育ちのアミルカルは小さく悲鳴を上げた。

 ちなみにミアのその一連の行動は、アミルカルにとってトラウマになったらしく、その後の人生で伯爵令嬢以下の身分の低い天真爛漫な少女に心奪われる事はなかったそうな。アミルカル皇太子の婚約破棄からの廃嫡ルートへのフラグを知らずに叩き潰したミアは、間違いなく真の聖女である。

 

「あ、そろそろ決着がつきそうですわ。両者おぼっちゃまだから、泥試合で引き分け相打ちですわね」

「ち、父上っ!」


 お互いの体力が尽きたのか、王も公爵も床の上に転がり荒く息を吐いていた。幼い頃から王族として己を律する事を美徳として、尚且つ父親を反面教師として成長してきた為、王も公爵も歳の近い兄弟でありながら、取っ組み合いの喧嘩などした事がなかった。

 嗜みとしての剣術での稽古ですら、母親の意向で一緒に行う事すらなかったのである。それ故に初の兄弟喧嘩であったが、その感想は最悪の一言であった。

 執務に追われる日々故に、もはや若者と言えぬ体での激しい動きは堪える。絶対に明日以降、腕が上がる気がしないと王は思ったし、公爵は足が攣る手前で悶えていた。

「………一体なんで、こんなことに」

「だから教えてあげたのですわ。周囲の人間はみんな、感情を持って動いているのでしてよ。それ故に、王様が最適と考える選択肢を、誰も選ばないのですわぁ!!!」

 呆然と天井を見上げる王の視界に、口元に笑みを浮かべた少女、アンネマリーが映り込んだ。どうやらすぐ近くにしゃがみ込んで、覗き込んでいるらしい。不敬過ぎると思ったがしかし、兄弟で取っ組み合いの喧嘩をしたこの状況で、何をどう咎める事が出来ようか。

「誰も彼も、みんな愚か者なのでしてよ。まずはそこを理解してご覧あそばせですわぁ。人間、好きか嫌いかの感情で動くのでしてよ。だから、正しい事とか正しくない事とか、そういうのは全く関係なしなのですわ。王様なら、それくらいわかって許してあげないといけねーぜですわ」

「ならば私の采配全て、間違いであったとお前は言うのか」

「そんなの知ったこっちゃねーのでしてよ! この世の中に正しい事があるとすれば、この私の存在のみですわ! オーッホッホッホッホッホッホ!!!!!」

「……そうか、頭がヤバいんだな、うん」

「あら王様も私の魅力にやられて頭がヤバくなってしまったのかですわ。私って持って生まれた才能と美貌と高貴なるオーラが隠せなくって、カリスマ性がありまくりで仕方ないっちゃー仕方ないのでしてよ、オホホホホホホ!!!」

 アンネマリーと会話をしている事自体が馬鹿らしくなり、王は項垂れながらも体を起こした。

 大きく息を吐き、そして同じように項垂れて座っている弟である公爵に声を掛ける。


「……私の息子が迷惑を掛けた。すまなかったな、ニコラウス」


「……兄さん」


 色々と思う事はあるが、アミルカルのクライセン公爵夫人への発言は、どう考えても言ってはならない言葉であった事は確かだ。だからこそ素直に謝罪の言葉を述べたのだ。


「アミルの失言については今すぐに謝罪をと言いたい所だが、夫人も良い気はしないだろう。何か詫びの……」


「謝罪は受け取りません」


「はっ?」


 いつもは優柔不断で日和見主義だというのに、今の公爵の顔は先程の取っ組み合いの時とは比べ物にならないほどに、怒りに満ちていた。

 なぜ、謝ったのに、どうしてと、理解不能な事態に困惑していると、近くにいたアンネマリーが声を上げて笑った。


「ほら、こういう事でしてよ」

「あー、やっちゃったわね」

「えっ、えっ、ど、どういう事なんです?」


 アンネマリーとミアはわかっているようだが、息子のアミルカルは同じように困惑していた。

「見ての通りでしてよ。あらあらまさか、皇太子殿下ともあろう方がお分かりでない? 王様は自ら、内乱の引き金を引いちゃったのですわぁ」

「はあああっ!!!??? なんでそうなるんです!?」

「あ、公爵が出ていっちゃうわよ、お義姉さま」

「このままでは血で血を洗う戦いが始まっちゃうのですわ。アミルカル殿下も粛清されちゃうのでしてよ」

「冗談も大概にしてください!」

 そう叫んだアミルカルだったが、アンネマリーとミアの可哀想なものを見る目に、まさか本当にと不安に苛まれた。何せミアの憐れみの視線は、間違いなくアミルの未来を暗示していたものであったのだから。


 どうしよう、どうしたら良い。


 追い詰められた人間というものは、最も頼ってはならない人間に縋ってしまうものであり、アミルカルもまたその例に漏れず、目の前にいる最も不適切な人間に向かって、助けを求めてしまったのだ。


「まあ私も、内乱とかそういうのはそこそこ経験してもう充分なのですわ! セカンドライフはセバスチャンとのラブラブな新婚生活をするって決めてるので、王国の危機を救って差し上げてもよろしくってよ!!!! てやあああっ!!!」

 

 ふんすと鼻を鳴らしたアンネマリーが、徐に靴を脱いだ。


 えっ、靴を脱いだ?


 アミルカルが一連の行動に疑問符を浮かべているその目の前で、アンネマリーは忍び込む為に履いていた立派なブーツを、公爵に向かって投げた。

 だがしかし、鍛えていない貴族の娘の投擲は飛距離が伸びず、部屋を出ようとしていた公爵まで届かない。

 かなり手前の床に落ちようとしたその時、様子を伺っていたミアの手の甲が光り輝いた。


 瞬間、室内だというのに突発的な強風が吹き荒れ、ブーツが凄まじい勢いで公爵の腰へと直撃した。


「へぐっ!!!???」


「ニコラ!!?? て、敵襲なのか!!!???」

「おっ、叔父上えええええっ!!!???」

「いやあああああああっ!!!?? なんで、なんでええええ!!!??」

「オーッホッホッホッホ!!! 風すらも味方につけてしまう私のカリスマ性を、とくとご覧あれですわああああ!!!!!」


 ミアの手の甲は爛々と光り輝き続けている。

 混乱の一途を辿る室内で、どう考えてもミアが原因であるのがバレるのは時間の問題であった。というかミアは何もしてない。やったのは間違いなく、この忌々しい紋章を授けてきた連中である。


『よくぞお分かりで! 我らの殿下への熱い想いが奇跡を呼び起こすんです!! 次元の壁を越えて届け! さあみなさんも一緒に殿下コールを!!!』


「何してくれてんのよおおおおお!!!!??? っていうか、何怖い殿下コールの声異常に増えてない!!?」


 今までは熱苦しい男の声援しかなかった。けれどもなんだかさらに野太い声が入り交じっているように思えたのだ。


『セバスチャンが更地にした場所の復興作業に駆り出されていたので、殿下の様子を見る時間が取れないので。ならばと投影水晶モニタで作業現場に大画面で映していたら、殿下のしもべが増えました』


 増やすな。というか増えるなと、ミアは頭を抱えた。


『殿下って好き嫌いがはっきり分かれるタイプなのですが、近くにいたら嫌だけど、遠くで見るには良いという方が割と居ましてね。まあそういう方々には、殿下の忠実なるしもべ倶楽部の入会はお断りしているんですよ。まったく、しもべとしての心得がなっていないというか……』


 ただどうしても殿下の勇姿が見たいという声に応えて、選ばれし者たちを声援係として呼んでいるとかなんとか。

 そういった声がつらつらと聞こえてきた為、ミアは頭を抱えて半狂乱で叫んだのだった。


「ああああああああああああああああっ!!!!!!!」


 そしてその様子を見たアミルカルは、聖女までもが完全に狂気に蝕まれたと恐怖に震えたのだった。

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