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俺様>>王様にアドバイスをしてあげる

「まずはとっととクライセン公爵との離婚を決めてしまうべきでしてよ!」

「いやいやちょっと待ってください!!!」

 ずいとアンネマリーが王に詰め寄るのを、アミルは必死で止めた。これ以上変なことを言われ、この惨状をさらに悲劇的な状況に陥らせるわけにはいかなかったのだ。

 だからこそアミルは、そう追い詰められたアミルカルは言ってしまった。若さゆえの過ちではあるが、決して言ってはならないその一言を。



「僕はあんなオバさんに興味なんてありませんから!!!!!」



 その瞬間、部屋の中の空気が、文字通り凍りついた。アミルカルはすぐにまずいと思ったが、時は戻らない。


 誰もが何の言葉を発せず、ただただクライセン公爵夫人の動向を見守った。

 いつも淑女の微笑みを浮かべ優雅に佇む貴婦人は、一同の視線を受けてもなお、微笑んでいる。


「まあそれでは、私のような年増は、二度とお顔をお見せにならないのが一番ですわね。叔母として節度あるお付き合いをと思っておりましたが、今後は要りませんわね。ふふふ、そうだわ貴方もせっかくですから王宮で暮らしなさいな、旦那様。大好きなお兄さまのお力になれるように、ね?」


「あの、こ、公爵夫人」

「り、リーン」

「あああ、あの、あの」


「それでは国王陛下。どうぞ弟君と王子殿下と健やかにお過ごし下さい」


 ベキッと手に持っていた扇子を圧し折って、クライセン公爵夫人は部屋を出て行く。

「アンネマリー、ミア、帰りますわよ」

「えー、でもまだお話の途中ですわぁ」

 ガチギレしているであろう公爵夫人に反論できるのは流石アンネマリーだけれども、今はやめてほしいとミアは思った。

「アンネマリー」

「…はぁい。じゃあまた遊びに来てあげるのですわ、アミルカル殿下」

 また来る気なのかと、ミアもアミルカルも思ったが、それを言える雰囲気ではなかった。



 そうして気不味い雰囲気のまま、一同は馬車に乗り込んだのだった。

 公爵夫人の一挙一動が気になるミアはビクビクしていたが、隣に座っているアンネマリーは変わりない。その神経の図太さはなんなのと、ミアは呆れた眼差しでアンネマリーを見たのだった。

 静まり返る馬車の中で、とうとうアンネマリーが口を開いた。

「それにしてもあの間抜け面、思い返しただけでも笑えてくるのですわぁ。プークスクスでしてよ! ああ、アミルカル殿下に一泡吹かせてやりましたのですわぁ」

「一泡どころの話じゃないんだけど!!??」

「公爵夫人も見たのかですわ? あの三人のお顔を」

 まったくの無表情であるクライセン公爵夫人に、果敢にも話しかけていったアンネマリーに、ミアは恐怖で震えたのだが。


「……ふふ」


「ふふふ、あはははははっ!!!! 本当にそうね! ふふふ、あの人たちの青褪めた顔ったら、本当におかしいわね」


 クライセン公爵夫人は、淑女の仮面を投げ捨てて、声を上げて大笑いしたのだった。

「こ、公爵夫人?」

「いままで皇太子殿下だからと我慢に我慢を重ねていましたし、王家との仲がおかしなことにならないようにと、聞き分け良く過ごしてきました。前にも話したでしょう、私は身分の高い家柄ではなかったから、周りに受け入れられようと必死だったんですよ」

 クライセン公爵夫人は目を細め、憂を帯びた顔になる。

「そうしてきた結果がああなのですもの、……ふふっ。あの顔が見れただけでは、吊り合いませんわね」

 それってどういう事と慌てるミアに対し、アンネマリーは腕を組んでしたり顔で頷いている。

「アンタ、本当にわかってんの?」

「もちろんでしてよ、もうミアったらお馬鹿さんなんだから。……ほら、来ましたわぁ」

 何がと問うより先に、アンネマリーが馬車の窓を開けた。そこから外を覗けば、白馬に乗った誰かが追いかけて来る。

「さすが親子」

「クライセン公爵領では白馬は特産の一つですから。私も若い頃、ああやって追い掛けられて縋られて、つい」

「おっさんでも様になってるあたり、さすがですわぁ」

 言いたい放題なアンネマリーに対して、クライセン公爵夫人は怒る事もなく同意している。フェリクスの父親であるだけあって、壮年の公爵が白馬に乗っていても凄く格好良い。

 若かりし頃、ああして馬車を追い掛けて来てくれたら、そりゃあ結婚くらいコロっとしちゃうかもと、ミアは思った。

 だってクライセン公爵はおっさんだけど、若かった頃は多分間違いなく格好良い美形だったであろう事はわかるし、フェリクスも美形なんですもの。金持ちの美形が白馬に乗って縋ってきたら、そりゃあ仕方ない。


「リーン、待ってくれ! お願いだ、私のリーン」


「……旦那様」


 馬から降りた公爵が、馬車の窓から顔を覗かせている夫人に傅いた。アンネマリーはおおこれぞ恋愛小説的なシーンですわとソワった。ミアもつられソワソワしてしまう。

「私はお前を悲しませたくないのに、その方法がわからない。ああどうか、どうかリーン。この哀れな男に少しばかりの慈悲を与えてくれないかい」

 クライセン公爵夫人は目を伏せると、息を吐いてから言った。


「旦那様、それならばとっとと王宮へお戻りになって、貴方の隠し子であるセバスとアンネマリーの婚姻と、ミアとフェリクスの婚姻と、それからクリスティーネ嬢とテオバルト様の婚姻を取り付けてらっしゃって。クリスティーネ嬢とテオバルト様が婚姻してしまえば、アミル殿下の婚姻について、フリージンガー家からいらぬ横槍を入れられない事をチラつかせて、上手く丸めこんで下さいね。私を悲しませたくないのなら、それくらい出来ますわよね、旦那様?」


 笑顔で言い切ったクライセン公爵夫人は、窓を閉めた。そして合図を送ると、馬車は走り出す。

 傅いたままの公爵を残してだ。

 

「これぞ一昨日来やがれって事ですわね」

 その様子を見ていたアンネマリーは、腕を組んでしたり顔で頷いたのだった。






 王宮内のとある一室にて、アミルカルはその短い人生で初の嗚咽しながら謝罪するという事を体験していた。


「ぼ、僕は、僕はクライセン公爵夫人にぃ、は、は、母上みたいに甘えていただけです…っ、ぐすっ、ごべ、ごめんなざああいい、フェリクスが羨ましかっただけですぅぅ」


 なにせ、クライセン公爵夫人が退室した後、公爵がオロオロとして部屋を飛び出して追いかけるまでの間に、良い子で将来が楽しみであるアミルカル殿下という肩書きが、一瞬で消し飛んだのだから。

 アミルカルの失言、つまりはクライセン公爵夫人へのオバさん発言は、王宮中に響いてしまった。

 淑女として名高く、美しいと評判のクライセン公爵夫人をオバさん呼ばわりしてしまったものだから、女官達一同が「クライセン公爵夫人をそのように揶揄されるのでしたら、私達など姿を見るだけでも嫌でしょう」と言い、一斉に姿を消したのだ。

 元々、先代王の時から女官達からの評判は著しく悪かった。最近なんとかちょっとばかり回復して来たような気がしたが、しかしながらアミルカルの発言で全てが消え失せたわけだ。

 しかもこの国のいわゆるNo.2的な女性を侮辱して激怒させたとなると。母親のように慕っていた人に二度と会わないとまで言われてしまったアミルカルは、泣いた。物凄く泣いた。

 聡く完璧なる皇太子として振る舞おうとも、アミルカルはまだ子供だった。それこそアンネマリーが鼻で笑う程の子供だったのである。


 そしてその様を見て、父親たる王は深く息を吐き頭を抱えたのであった。


 色々とやらかした父親を追い落とし、王家の求心力が減ったのを何とか取り戻そうと躍起になり、そうしているうちに子供が生まれ、なんとかまともに育つようと教育係を付け注意深く見守ってきたというのに、コレだ。

 全くどうして、こうも上手くいかないのだろうか。


「そんなの簡単でしてよ! 周りをただの駒だと思っているから、わからないのですわぁ」


 囁く少女の声に、眉を寄せて顔を上げれば、そこには腰に手を当ててふんぞりかえるアンネマリーの姿があった。

 というかクライセン公爵夫人と一緒に帰ったのではなかろうか。


「オーホッホッホッホッホ! クライセン公爵が恋愛小説的シーンを繰り広げている隙に、白馬をお借りして戻ってきたのですわ! やはり乗馬は良いなでしてよおおおお!!!!!」


 先程、謁見した時の礼儀正しく周囲を圧倒する高貴なオーラなどまったくないアンネマリーに、王は混乱する。本当に同一人物なのかと胡乱な視線を投げつけてしまった。

「戻って来たのはわかったが、どうやってここに?」

「聖女の御告げを届けに来たと言えば、あっさり通して貰えましたわ!」

「もおおお私帰る! 帰るんだったらあああああ!!!」

 アンネマリーのドレスを引っ張って、ミアが青褪めている。

「おおおおお王様に失礼な事したら罪になるんでしょ!? 本当にすみませんでした! 帰りましょうよお義姉さまああああ!!!」

 ガクガク震えるミアに対して、流石に問答無用で首を斬ったりはしないし、そもそもミアは国が認めてしまった聖女であるので、そう簡単に処したりはできないのだ。

「安心するのでしてよ、ミア! この国は先王のやらかしで女性を害することに関して、滅茶苦茶目が厳しくなってるのですわ! つまりここで、ミアや私を罰したりしたら、ただでさえ白目で見られてるのにもっと酷い目で見られるのですわ! それこそ、国が立ち行かなくなるレベルで!!!! そうならないようにギリギリを立ち回っているからこそ、この非公式な場ではかなりの無礼講が許されるわけですわああああ!!!!」

 その通りであった。

 先程の謁見の場もまた非公式である。まあ隠し子の話だったので、王宮の大臣連中数人を呼んでいたが、公式ではない。つまりあの謁見自体、なかった事になっているのだ。

 そこよりもさらにプライベートな、泣きじゃくる息子とのお話中なこの場所では、無礼もなにもないわけで。


 この娘、すべてわかってやっているというわけかと、王が鋭い眼差しを向けるが、アンネマリーはニヤリと笑うだけであった。


「まあともかくですわ。私、王様にちょっとしたアドバイスをしてあげようと思って来たんですの。世の中、単純明快じゃないのでしてよ、おわかりでして? 好意も悪意も、ちょっとした事で反転するし膨れ上がるのですわ。好きだからこそ、陥れたいという感情を理解すべきでしてよ、王様」


 まるで物語の一節のような言葉を、アンネマリーが口にした。一体何を言っているのだと返せば、呆れ返った表情で笑われる。

「貴方に嫌われたくなくて、甥の所業を受け入れてきた叔父が、はたして甥に対しても好意を持っているとお思いかしらですわ」

 それはクライセン公爵の事を言っているのかと問うより先に、泣きじゃくっていたアミルがアンネマリーに詰め寄った。

「ああああああアンネマリイイイイ!!!! 貴方の所為で僕はあああああああ!!!!!」

 涙と鼻水で汚れたアミルの様子を見て、多分間違いなく息子はアンネマリーに負けるなと、王は確信した。

「あらあらあらアミル殿下、どうしたんですのぅ? 可愛くないお顔がさらに不細工になっちゃってまあ、ちょっとクソガキ風味が増して、アミル殿下のようなちょっと特殊な性なる癖をお持ちの方に、モテモテになるのではないかしらですわ」

「その特殊な性なる癖ってなによ……」

「クソ生意気な粋ってる方のお心を折って泣いて謝らせて、最終的に女の子のドレスを着せてお兄ちゃん大好きですって言う……」

「それ以上は言わなくていいわ。っていうか、その知識はもしかしなくとも」

「セバスチャンの隠し蔵書からではないですわ! クライセン公爵家の図書館で見つけましてよ!」

「まあセバスチャンじゃなければ、お義姉さまには危険はないのかしら?」

「年代的に見てもフェリクスのじゃないから、ミアも安心ですわね!」

 なら良いかと少女達は勝手に納得した。


「いや全然安心できぬではないか!!??? なんだその禁書は!!!!???」

「だからクライセン公爵家の図書館にあるものですわ。夫人に言って持って来てもらいますかしらですわ」

「アミルの失言以上の大問題が持ち上がるだろう!!??」

 年代的にフェリクスのものではない。となれば誰のだろうか。そんなのたった一人しかいないではないかと、王が爆速で推理を展開させていく。


 無理難題というかゴリ押しで家族の時間というものを邪魔しまくっていた甥を、疎ましく思うのは当たり前の事ではなかろうか。

 そしてそれつまり。


 心臓が早鐘のように鳴っている。そしてそれを知っているかのように、部屋の扉が開き、そこには血を分けた弟の姿があった。

 優柔不断でどこか甘い部分がある性格の弟が、その顔の裏でそういう事を考えているとしたら。

「ああ兄上、り、り、リーンに公爵邸に帰ってくるなと……」

 我の強い母親の世話を押し付けた負い目があった。だがしかし、それがまさか、そのような方向に捻じ曲がってしまったというのならば。

 返事のない王に対し、クライセン公爵は訝しげな顔をした。そして再び声をかけると、王は己が出した推理の答えによって、拒絶の言葉を吐き出したのだった。

「あ、兄上!?」

「もうお前は王宮に来るんじゃないっ!!!」

「なんでですか、一体私が何をしたっていうんですか!!!???」

「私の息子に近付くなああああ!!!!!」

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