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俺様>>王様に物申す

 皇太子アミルカルは、幼い頃から両親が公務で多忙だった。乳母はいたけれども、やっぱり少しばかり寂しくて。そんな寂しさを埋めてくれていたのが、祖父の存在だった。

 祖父は明るくいつも面白い事を言ってはアミルを笑わせて、優しく抱き上げてくれた。


 だからアミルは祖父の事が大好きだったのだけれども。


 アミルの乳母が三人ほど変更になった時、父が祖父に怒鳴り込んで来たのだ。

 料理が趣味なのだという祖父と一緒に、お菓子作りをしていた時だった。上手に焼き上がったと、祖父と乳母と三人で笑っていた時だったので、驚きでほとんどの焼き菓子は床に落ちてしまった。

 それを見詰めながら、アミルは父の怒号を聞いていた。

「良い加減にして下さい! アミルが貴方に懐いているから、大目に見ていれば、次々に手を出して……!!」

「つ、次々ではない…。同意の元にお互い真剣に」

「何が真剣ですか。貴方の権力を持って、拒否が出来るとでも!?」

 アミルは知らなかったけれども、祖父が乳母役の夫人に手を出していたそうなのだ。

「貴方は病気です!!! いい加減にして下さい!!」

「そ、そんな事言わないでくれ、……だって、一人で離宮で暮らすのは、寂しいんだ……。ああそうだ、今度お前達と一緒に食事を……」

「貴方と同じテーブルにつくなど、悍ましい。アミルカルにも近付かないで下さい。良いですか、今度離宮から勝手に抜け出したら、その足を叩き潰します」

 父の目は本気で、あまりの怒気にアミルは自分が怒られたわけでもないのに恐怖で震えてしまった。そうしているうちに祖父は護衛官に両脇を抱えられ、離宮へと押し込められた。

 離宮は常に見張りが立ち軟禁状態となり、そしてそのまま祖父は亡くなったのである。

 とはいえその死が発覚した時、同じベッドで下女の娘が眠っていた為、父は悲しみよりも怒りを覚えたとか。さすがにアミルも、それはどうなんだと思ったけど、それでもやっぱり祖父が死んでしまった事は悲しかった。

 父は祖父の名前が出るだけで不機嫌になる為、もはや口にする事は叶わなかったし、墓参りすら行く事もなかったけれどもだ。

 だってそうしなければ、祖父が大好きだったと父に知られてしまったら、それは酷い裏切りになってしまうのではないかと、そう思ったから。


 祖父がしでかしてきた事で、父が苦悩するのを成長と共に知った。だからこそアミルは、祖父の庶子だと名乗る輩を、父を煩わせる鬱陶しい寄生虫だと、激しく憎んだのだ。

 そうする以外に、アミルが父に対する愛情を示す方法が、わからなかった。



「ここでクライセン公爵隠し子発覚事件の会議をしているのですわね!! 失礼致しますわ!!!」


 王宮中に響きそうな程の大声でアンネマリーは叫び、扉を開けた。扉の両脇に立っていた護衛官達は、突然の皇太子と見覚えのない令嬢の登場に驚いていたが、まさかそのご令嬢がなんの躊躇いもなく扉を体当たりで開けるとは思ってなかったのである。

 部屋の中には父である国王と、それからクライセン公爵夫妻が居た。

「……何事だ。今ここで重要な話を…」

「クライセン公爵の隠し子の件について、お話があるのですわ、国王陛下!」

「アンネマリー、控えなさい。あなた一体どうやってここに……!?」

 公爵夫人が驚きつつもアンネマリーを止めようとするが、笑みを浮かべるだけであった。

 アンネマリーに手を引かれてここに来てしまったアミルは、一体父に何を言うつもりなんだと様子を伺った。場合によっては、アンネマリーもまた咎められるだろう。けれども何をするか見てみたいと、そうアミルは思ってしまったのだ。

 ちなみにそんなアミルの様子を、ミアはずっと憐れみの目で見ていたが、それには気付けなかった。


「突然の訪問、大変失礼を、陛下。ですが、火急の用件につきまして、どうかご容赦願います」


 アンネマリーはドレスの裾を持ち上げて、完璧なる礼をとった。普段の破天荒ぶりなど微塵も感じさせない、気品ある立ち振る舞いだった。なんとか言い訳を取り繕うとしていた公爵夫人も、外へと追い出そうとしていた王も、もう終わりだと頭を抱えていた公爵も、護衛官ですら、アンネマリーへと目を奪われた。

 立っているだけでその場の雰囲気を変えてしまうような、圧倒される何かがアンネマリーにはあったのだ。


「私の不肖なる義妹ミアは、聖女でございます。今朝方、ミアはとある天啓を得ました。そのお言葉を陛下にお伝えして良いものか苦悩し、義姉である私に相談してきたのであります。私はそれを聞き、アミルカル殿下の御心を想い、そして覚悟を持ってここに参りました」


 スラスラと言葉を述べるアンネマリーに、公爵夫人はまともに喋っていると驚愕に震えていた。もっともその呟きを国王は聞いておらず、むしろ厳しい視線をミアに向け、それは誠かと訊ねていた。

「……はっ、はい! そ、そうでございます」

「その天啓とはどのようなものだ」

「えっ、えっと、それは…」

 言い淀み青褪めるミアに、アンネマリーが労わる様にその肩を撫でた。

「良いのですわ、ミア。私が伝えましょう。だから安心して大丈夫ですわ」

「ヒィッキモッイダッ、おねっ、お願いします、お義姉さまぁっ」

 動揺からか、ミアは不明瞭な言葉を洩らした後で、涙目でアンネマリーに懇願した。側から見れば麗しい姉妹の姿にしか見えない。

 当然それは、近くにいるアミルからもそう見えた為、一体どうして、血の繋がってない相手にそこまで、心を砕けるのか不思議でならなかった。


「私の義妹ミアが受けた天啓、それは……」


「それは?」


「アミルカル殿下が想い人と添い遂げるようにせよ、との事ですわ!!!!!」


 何だそれはと、緊張の面持ちから一気に呆れた顔になった国王に、アンネマリーはにやりと口の端を持ち上げて、言葉を続けた。

「これは一大事なのでしてよ、国王陛下。アミルカル殿下の想い人、そこが大問題なのですわ」

「……アミルカルの婚約者候補として、隣国の姫君か国内の貴族の娘かという話が出ている。お前の義妹を推そうとしても、無理な話だ」

「何でここでミアが出てくるんですの? ミアにはお似合いのフェリクス様がいるのでしてよ。……えっ、まさか陛下、アミルカル殿下の想い人をご存じでない?」

 首を傾げて馬鹿にしたような態度のアンネマリーに、国王は顔を引き攣らせた。だが出ていけと言わないのは、傍らのアミルカルが様子を窺っているからであった。

 もしやアミルカルは、このアンネマリーという娘が良いというのだろうか。国王とて人の親であり、さらには父親のやらかしを見てきた為、多少問題がある相手であっても、息子が良いと想う相手と添い遂げさせようと考えてはいた。

 だからこそアミルカルには、婚約者候補はいれど、正式な相手はいないのだ。

「……それで、誰だというのだ。その想い人とやらは」


「聞いて驚かないでくださいませ! アミルカル殿下の想い人、そう、それは……!!! そこにいるリーン・クライセン公爵夫人でしてよおおおおおおお!!!!!!!!」


 アンネマリーがビシッと指先を公爵夫人へと向け、ドヤ顔で叫んだ。声量ばかりは人並み以上の威力を誇った為、開けっ放しの扉から声はどこまでも響き、王宮内にこだました。


「えええええええええっ!!!!!???? うっそ、マジで!!!???」

「マジ中のマジでしてよ!!! ミアはお子ちゃまだから気付いていなかったでしょうけど、アミル殿下のアピールはあからさまでしてよ!!!!!」

「いやちょっと待ってください、アンネマリー!!???」


 唐突な訳のわからない暴露に、アミルカルは混乱の極みにいた。祖父と父の間に板挟みにされているのを助けてくれるのではなかったのか。なんでここで、自分の好きな相手が、クライセン公爵夫人になるのか、まったくわからない。

 父である国王は呆れているし、公爵夫婦も顔を引き攣らせているではないか。

 早くこれをどうにかしなければとアミルカルは焦ったが、もうそれは既に遅かった。動き出したアンネマリーというのは、地獄の蓋が開いた状態と同じ事である。


「恥ずかしがらなくって良いのでしてよ、アミルカル殿下。貴方が人妻にしか興味が持てない、それでいて公爵夫人という地位の女性にとんでもなく執着してしまうという特殊な癖なのは、持って生まれてしまった性質というものですわ。それを偽ろうと必死になって取り繕う日々、さぞお辛かった事でしょう」


「本当に待って!? 何を言ってるんです、アンネマリー!!!!」

「何ってアミルカル殿下の性なる癖のお話を……」

「意味がわかりませんから!!! 僕はそんなんじゃありませんから!!!!」

 必死に否定するも、アンネマリーはもう隠さなくて良いのですと、慈愛に満ちた顔でアミルカルを見詰めている。

「陛下、アミルカル殿下はこのような己の性質に悩み、思い詰めておりましてよ。それでもやはり、どうあっても止められないのもまた人の心というものですわ。アミルカル殿下はクライセン公爵夫人に、心を奪われてしまったのです」

「奪われてませんよ!!???」

「大丈夫です、ここはもう全て、父である陛下に聞いてもらいましょう、ね?」


 何を言っているんだコイツは。

 確かにアミルは、公爵夫人に甘えに甘えた。だってアミルはフェリクスが羨ましかったのだ。公爵夫妻はいつも仲睦まじく、公爵夫人は乳母に預けず手づから子育てをしたという。そんな風に目を掛けられ甘やかされ育てられたであろうフェリクスが、本当に羨ましかった。

 だってアミルは、大好きな祖父の事を大好きと言ってはいけない。父は公務に忙しく、偶に会う事はあっても親子の触れ合いなどというものはない。そしてアミルの母である王妃は、息子になんて興味のない人だった。


 母親に求めるべき愛情を、アミルはクライセン公爵夫人に求めたのだ。


 公爵夫人は決して、アミルの母にはなってくれないのだから、少しくらい、そうアミルが彼らといる時ぐらい、クライセン公爵夫人を独占させてもらおうと、そう思っての行動だったのだ。


「思い出して下さいませ、公爵夫人! アミルカル殿下は、公爵とフェリクスに嫉妬していましてよ!!! 叔母と甥という関係にしては、やたらと身体的接触をせがみましたでしょ! 事あるごとに抱き着いてきたではありませんか」

「あ、あれは、子供が甘えてきただけだろ」

 クライセン公爵の言葉に対し、公爵夫人は少し当惑気味だった。そして少し青褪めた顔で、そんな事はあり得ないと言っている。

 そんな態度じゃ誤解されるじゃないかと、アミルカルは己の行動を棚に上げ、叔母であるクライセン公爵夫人に憤った。

「子供が甘えるにしても、限度がありましてよ。公爵夫人、アミルカル殿下はつい最近まで、二人っきりの部屋でも抱き着いたりしてきたのではありませんか?」

「そっ、それは、ありましたけども」

「あったのか!? そんな、あったのか!!!???」

 ガタンと椅子から立ち上がった公爵が、夫人に詰め寄った。

「どうしてそれを私に言わないんだ!? お前、まさか本当はアミルカル殿下と……」

 青褪める公爵に対し、夫人のこめかみに筋が浮かぶ。

「貴方が私の話を聞いて下さった事がありまして!!!?? お義母様に嫌がらせをされていると訴えても、気の所為だろう母に悪気はないんだとしか言わなかった貴方が!!!!???? 殿下の事を訴えたとして、貴方のことですからどうせ子供が甘えているだけだろ優しくしてやってくれと、そう言うのが目に見えていましたわ!!!!!」

 目を吊り上げ言い返す公爵夫人に、公爵は怯んだ。

「貴方が私を庇ってくださった事など、ありましたかしら!!!???」

 淑女の仮面を殴り捨て、そして王の前だと言うことすら忘れ去り、夫人が怒り狂っている。周囲の人々はどうやって止めたらよいものか、オロオロとするばかりである。

「だいたい! フェリクスと三人で過ごしたいと言っても、アミルカル殿下が遊びに来るといえば、断りもせず招き入れて居たのはどこの誰でしたかしら!? そのくせアミルカル殿下の相手をするわけでもなく、貴方はどこぞのお友達と楽しく過ごしていたじゃない…っ!!!」

 暴かれる公爵の所業に、その場にいた騎士やら随従やらからの視線が、塵屑を見るかのようなものへと変化する。

 それは実の兄からもそうで、呆れたような顔でお前それはないだろと言われていた。

「アミルカルがお前になついているとばかり…」

「わ、私は、兄さまが喜ぶから引き受けていたんです!」

 それはそれでどうなんだと、惨状を見守っていたアミルカルは思った。これどう収拾つける気なのだと思っていれば、ミアから痛ましいものを見るような視線を送られている。

「……殿下、アンタもう、手遅れよ」

 どういう意味だと問うより早く、謁見の間に手を叩く音が響く。


「皆様、落ち着きになってくださいませでしてよ! 良い大人がみっともないですわぁ!」


 原因が何を言っているんだと思ったが、アンネマリーは笑顔でアミルカルを指差す。


「まずはアミルカル殿下とクライセン公爵夫人との、結婚のお話から片付けましょう!!!」


 惨状は終わるわけがなかった。

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