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俺様>>馬車に乗って王宮に行く

「と、いうわけで、今日も一日、私の為に身を粉にして働きまくれ!! なのですわああああ!!!!! オーッホッホッホッホッホ!!!」


「うわ、うっさ!」


 唐突なベッドの揺れと大声で、ミアは目覚めた。最悪の目覚めである。

 見ればアンネマリーが、ウサギさんを抱き抱えバルコニーで高笑いしてた。いや昨日の夜、セバスチャンと逢引に行ったんじゃないのと、胡乱な目で見てしまう。

「セバスチャンが集中しやすいように、長方形の木箱を被せて来て上げたのですわ。昼間はローズとラテが居たから、やめておいたんですの。だってセバスチャンの事をわかって上げれるの、私くらいでしてよ!! オーッホッホッホッホ!!!!」

「何がどうしてそうなるのよ」

「だからセバスチャンは、暗くて狭い所が好きなんですの! そういうところの方が集中出来るんですの! 大丈夫ですわ、空気穴と本を出し入れする差込口はありましてよ!! 昨日、庭師の爺に頼んで作ってもらったんでしてよ!!!」

 何が大丈夫なのか、ミアは全然わからなかった。いやアンネマリーの思考も、セバスチャンの事もわかろうとする方が無理だろうけども。別世界の人間だし仕方ないわよねと、ミアは目を瞑った。

「これで私がそばにいなくとも、セバスチャンが集中して知識を蓄えられるのですわ! どんな使用人が本を入れても、セバスチャンは気絶しないのでしてよ!! ふふん、婚約者の過ごしやすいように環境を整える私、もうこれは良妻賢母ってやつじゃないかしらですわ……っ!!!! 私、自分の持ち合わせる才能の数が多すぎて、さすが大天才なのでしてよおおおお!!!! オーッホッホッホッホッホッ!!!!」

 婚約者を木箱に閉じ込める良妻賢母なぞいるものか。拷問かとも思ったが、高笑いをするアンネマリーには何を言っても無駄である。

 ミアの脳内に、さすが殿下コールが響いたが、聞こえないふりをした。そうじゃないと、気が狂いそうだったからだ。

「さて、というわけでミア」

「何がというわけかわかんないんだけど」

「王宮に殴り込みに行くのでしてよ!!!」

 ビシッと指を刺して宣言するアンネマリーに、ミアはもう一回寝ようかななんて現実逃避をしたのだった。


 ベッドに入り込もうとするミアを引きづり出し着替えさせると、アンネマリーは意気揚々と食事の間へとやってきた。普段ならそこには公爵夫人が食事をとっているのだが、今日はその姿がない。

 アンネマリーとミアのマナーを見る為だと言って、なんだかんだと毎日一緒に朝食をとっていたというのに。

 どうしたのかしらとミアが怪訝に思っていると、アンネマリーが振り返ってにやりと笑った。

「予想通りですわぁ」

 何が予想通りなのよと、ミアは顔を引き攣らせた。が、アンネマリーはまずは朝食からと椅子に座って、使用人を急かした。ミアもその隣に座って、料理が運ばれてくるのを大人しく待つ。

「クライセン公爵と夫人は、今頃大慌てで王宮にいく準備をしているのでしてよ」

「な、なんで?」

「公爵の隠し子が来ちゃったからでしてよ! 公爵が証言して、夫人が後見人になるっていうのなら、王としてではなく兄として、弟夫婦に直接話を聞こうとするのが道理ですわ」

「そうなの? 王様と公爵様ってそういう事話したりする仲なんだ」

 貴族の兄弟ってどういうものなのか、ミアにはさっぱり想像が付かなかった。

「さて、その辺は知りませんことよ。アミルカルの態度からして、不義の子っていうのに、嫌悪してるのは確かですわ。となれば、隠し子(仮)がいる公爵は」

「えっ、大ピンチじゃない!?」

「オーッホッホッホッホ!!!! 動揺させた隙に一枚岩になったこちらが徹底抗戦……っ!!! 私の作戦完璧過ぎて、運命の神ですら嫉妬しちゃうんですわあああああああっっ!!!」

「ちょっと何言ってるのか、良く分かんないんだけど」

 アンネマリーはお馬鹿さんねとミアの額を小突いた。毎回思うけど、殴り飛ばさない私って本当に聖女だと思う。

 さっさと食べて行くのでしてよと、唖然としているミアの前でアンネマリーは高速で朝食をかき込んだ。というか、パンに出されたベーコンとかを挟み込んで、ナプキンで包んでいる。ミアも早くといって、食べようとしていたパンを取り上げられ、茹でた卵を挟まれた。卵は最後のお楽しみだったのに。

「行きますよわよ!!」

 ミアの手を取ると、アンネマリーは揚々と駆け出していく。手を繋いで廊下を走る姉妹を、使用人達は咎めたりしない。むしろ微笑ましい目で見ているのは、だいたいが公爵夫人の怒りの絶叫と共に追いかけっこをしている事が多いからだろう。まあそれも、いつも冷静な奥様もストレスが溜まっているから仕方ないと、黙認されているのだけれども。


「王宮に行くとか言ってたけど、ここって馬車置き場じゃない。しかも普段使ってない方の」

「オーッホッホッホッホ! 公爵家が普段使っているのは、豪華さと紋章とかで飾り捲って『公爵家の馬車です』と言ってる奴でしてよ! でもこれから私達が乗り込むのは、お忍び用のわかる人にはわかる系の馬車ですわ!!」

「わかる人にはわかる系の馬車?」

「公式の訪問なら先触れを出して、公爵家の紋章入りの馬車で王宮に行くんですわ。通常の手続きは、世界が変わろうとも国が変わろうとも、早々変わらない筈でしてよ」

 でもと、アンネマリーは腕を組んで言った。

「それじゃどうしたって、手間が掛かるんですわ。取り急ぎの場合っていうのが、いついかなる時もありましてよ! 私が皇太子だった頃、お祖母さまがギックリ腰になって倒れた時に、親戚の血筋全員が簡易手続きでお見舞いに来て、財産の奪い合いをしていたんでしてよ!」

 お祖母様に良い顔をしたくて転移魔法とか使いまくりでしたわと、アンネマリーは笑いながら言った。

「王家の血が入ってたって、欲しいものは欲しいのですわねぇ。ま、お祖母さまに可愛がられまくってたのは、この私!!!!! だから全部私のもので、無駄な行動ってやつですわ、オーッホッホッホッホッホッホッ!!!」

 笑い事なのだろうか、それは。

「ともかく、そういうわけで、簡易手続きで王宮に乗り込む用の馬車が、多分この辺の地味なのですわ! 簡易手続き、つまりは馬車の中を検分されないもの! 秘密で王宮に乗り込めるって事ですわ、テヤァ!!!」

 装飾の少ない、小さめな紋章が施されている馬車の後部を、アンネマリーが開けた。そこに荷物が収容できるようになっている造りで、ミアとアンネマリー二人くらいなら、ぎゅうぎゅうに、いやかなりキツキツでなら入り込めるスペースだった。

「え、いやよ私、こんなところに入るの」

「じゃあミア一人で怒られるのでしてよ。こんな場所に遊びに来てるのがバレたら、公爵夫人からキツいお仕置きされるのですわ」

「えっ、ちょっと!?」

 アンネマリーがするりと身を滑り込ませると共に、この馬車置き場へと近付いてくる足音がする事に気付いた。嘘でしょ本当にここの馬車を使う気と、ミアもまたアンネマリーの後に続いた。

 内側から扉を閉めて息を顰めていると、馬車が揺れて動き始める。というか、馬のいななきが聞こえてきたから、間違いなくこの馬車に連結されたのだと察した。

 少しすると外から、お待たせしました公爵様とかそういう会話が聞こえて来る。

「……では、行こうか」

「ええ。でも大丈夫かしら、この屋敷にあの子達だけ残すだなんて」

「貴族の娘なんだ。間違いを起こそうとする者はいないだろう、さあ」

「……やっぱり心配だわ。使用人達に男女を近付けないように厳しく言っておいた方が…」

「奥様、アンネマリーお嬢様とミアお嬢様は朝食を召し上がった後、お二人で庭の散策に向かわれましたよ。なんでも、一番強くて格好良い虫の王を探すのだとか…」

「屋敷内に持ち込むようにしないのなら、あとは好きにさせておきなさい。……下手に閉じ込めると、今度こそ屋敷が倒壊するわ」

 アンネマリーもそうだけどミアも問題児なのよと、公爵夫人の困った声が聞こえてきた。いやいや問題児はアンネマリーだけでしょ、私って常識人じゃないのと、窓を蹴破って公爵邸に侵入した聖女は自分の所行を棚に上げた。


「…ってアンタ、何食べてるのよ」

「何って朝ごはんですわ。空腹で馬車に揺られたら、気分悪くなるのでしてよ」

「いやこんな狭い場所で食べないでよ、匂いがこもるじゃない」

 ミアの言葉を無視してアンネマリーはパンを食べている。ちゃんとした座席にいないので、めちゃくちゃ揺れるので、具材を挟んだパンの隙間から色んなものがたれて来る。

 文句を言っても無駄なようなので、ミアもまた包んできたパンを食べたのだった。


 そうして食べ終えてアンネマリーが居眠りをし、ミアも薄暗くてやる事がないから寝入ってしまっているうちに、馬車は王宮へと辿り着いたのだった。


 そう、その馬車に、王国の未来を左右するであろう存在を載せている事に気付かぬまま、公爵夫妻は王宮へ足を踏み入れたのである。


 ちなみに貴族が王宮へ来た時に、馬車は指定の場所に止めることになっている。そこで御者も待機しているわけだが、同じ様に待機している御者同士で話をする事もあるわけで。

 居眠りをしていたアンネマリー達は、その彼らの話が盛り上がる声で目を覚ました。ちなみに公爵夫妻が王宮に入ってから時間はだいぶ経っている。

「もう、ミアがお寝坊さんだから」

「アンタもでしょ。どうすんの、ここから」

「こういうのは堂々としている方が良いのでしてよ!」

「いや馬車の後ろから堂々と出るのって有り得なくない?」

 言いながらもアンネマリーは外へと出てしまう。ミアもそれを追うが、御者達は話に夢中で二人に気付いて居なかった。


 あっさりと王宮の一角に侵入してしまい、ミアは唖然としてしまった。ミアのイメージだと、王宮って警備がめちゃくちゃ厳しいものだと思っていたからだ。

「これだけ広いのだから、警備が薄いところってありまくりですわ。この私、皇太子であった時には、全部それを把握して近衛騎士に指摘してあげたんですのよ! 一睡もせず警備すると良いですわって教えたのに、実践しないお馬鹿さんばかりで、困ってしまいましたわぁ!」

「一睡もしないのは、無理じゃない?」

「だから私、眠らなくても元気いっぱいでいられる、サシャの合法クッキーを騎士達の常備食にしろと提案したのに、即座に却下されたのですわ。まったく、怪しいクッキーじゃないのに、頭の硬い連中ばかりで、王国は私の素晴らしい提案についてこれなかったのですわあああ」

 ミアも合法は本当に合法なのかと問い詰めたい気分満載なので、それ以上は何も言わなかった。なにせ下手に言うと、このミアの心境を感じ取って、いらぬ脳内会話が始まってしまう予感がビンビンしたからだ。

「で、王宮に乗り込んでどうすんのよ」

「アミルカルの結婚について、お話に行くのですわ!」

 一介の貴族の娘が、そんな話をしにいって大丈夫なのだろうか。全然大丈夫じゃない気がする。いや、無理だろう。

「お話って、何を話すのよ? もしかしてクリスの妹を婚約者にって話を、どうこうする気?」

 クリスが愚痴をこぼしていたのを、ミアは思い出した。なんでも妹のカリーナを皇太子妃にする為に、侯爵家が散財しているとかなんとか。やばくなる前に実家を出て縁を切って、テオと新婚生活を送るのとクリスは言っていたけれど。

「なんでそこでカリーナが出てくるのですわ。もう、ミアは鈍感ですのねぇ。アミルがあれほど、公爵邸で色々やらかした真の目的を見抜けないだなんて…」

 やれやれと大袈裟にアンネマリーは首を振った。

 真の目的もなにも、アミルカル殿下の目的って、王家の庶子たるテオの排除と、伯爵家の利権を奪うというのを同時にやろうとしたんじゃなかっただろうか。取り乱した姿を思い出す限り、テオに対する嫌悪感とかで動いていた様にも思えるけれど。


「おこちゃまなミアに教えてあげますわ! あの事件は遠回しな、アミルカル殿下からのクライセン公爵夫人への求愛ですわああああ!!!!!」


 そんな求愛あるわけない。

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