俺様>>おうちをりふぉーむする
ミアの部屋から戻ったアンネマリーは、ご満悦である。
そこそこ気に入ったドレスやアクセサリー類を貰って上げたし、ミアを子分にしてあげたのだ。
「ふふん、この俺様のカリスマ性に酔うが良いわ。…オホン、オーホホホホ」
今度から高笑いはオホホにしようかなと思いつつ、アンネマリーはローズに手伝ってもらい早速着替えた。髪の毛も整えれば、それなりに見られる格好にはなった。
「せっかくだからアイツらに見せびらかしたいが…。もう、どうしてここにいないのかな」
アイツらとは、元の世界での取り巻き達である。散々な悪評ばかりの自分と連んでいたので、彼らの評判も悪かった。けれども自分にとっては、大事な友人達であったのだ。
もしかしたら権力に目が眩んでいただけかもしれない。それでも、一緒に過ごした時間は、とても楽しいものであったのだ。それは紛れもない事実で、誰かに否定されようとも変わらない。
だからこうして、側にいないと寂しさが込み上げてきてしまうのだ。
まあ居ないなら仕方ないとばかりに、アンネマリーはミアから強奪、否、献上されたドレスやアクセサリー類をベッドの上に積み上げると、早速執事を呼んだ。
一番広い部屋を自身の部屋としたので、悪趣味な壁紙とか家具とか全部、自分好みにしようと思ったのだ。あと寝具も新しくしたい。
「あ、アンネマリーお嬢様、ここは旦那様のお部屋で…」
「今日からここが私の部屋だ! おい、この悪趣味な家具を運び出せ、捨てて来い」
「お嬢様、あまり勝手しますと、旦那様に…」
「…あああん?」
腕を組んだ状態で、アンネマリーは執事を睨み付けた。
十五歳の可憐で薄幸な美少女の中身は、我儘で傍若無人な俺様である。自分の意見が通らない事はない、むしろ無理にでも通すのが当たり前の人物である。
ちょっとキツく言えば引き下がるアンネマリーとは違うのだ。
「…そうか、お前は年寄りだから、運び出すのが大変だと言いたいんだな。仕方ない、手伝ってやる」
「お、お嬢様!?」
「まずは椅子から行くぞ!!!」
アンネマリーは椅子を持ち上げると、窓の外にぶん投げようとした。その暴挙を、老齢の執事が必死に止めた。
「おじょおさまああああああああ!!!! おやめ下さい!!!!! おい誰か、アンネマリーお嬢様がご乱心だあああああ!!!!」
「家具を運び出せないから、俺…、私が手伝ってあげるのでございますのよ! ……お早く、商人を呼んで新しい家具を選ばせてくださいませですわ!」
口調が乱暴だったから執事が泣き崩れたと勘違いしたアンネマリーは、取り繕って言い直した。長年執事として仕えているロバートが泣いたのは、間違いなくそれが理由じゃない。
「よし、壁紙も間取りも気に食わないし、この壁自体壊すか」
「本当にお待ちくださいお嬢様!!」
「大丈夫だ、壁の一つや二つ。だいたい思春期の子供がいる家の壁は、穴が空いているものだろう」
「何ですかその知識は、どこで知ったのですかあああああああああああ!!!!」
ロバートの叫びも虚しく、アンネマリーから繰り出されたパンチが、壁へと当たった。
が、ペチンという音と共に、アンネマリーはその場に蹲った。痛い、物凄く痛い。
「うえっ、なんでぇ?」
「お嬢様の力で壁に穴が開くわけないでしょう。怪我をしますから、やめましょう、ね?」
元の世界では、こんな壁簡単にぶち壊せたのに。アンネマリーの筋力では不可能のようだと、今更ながらに気付いた。気付いたのだが、しかしそこで諦めるような性格ではない。
「……うぅ。ローズ!! 納屋からハンマーを持ってこい!!!」
「お嬢様、落ち着いて下さい、素人のリフォームは、屋敷が、屋敷が倒壊してしまいますうううう!!!!」
「構わん! 建て直せば良かろう!」
「全然良くはありませんから! 何一つ良くありませんから!!」
騒ぎ立てるロバートの横を、ハンマーを持ったローズが通り過ぎていく。
「あの、アンネマリーお嬢様。ハンマーをお持ちしましたけど、何に使うのです?」
「安心しろ、ロバートの仕置には使ったりしないから」
何一つ安心出来ない言葉と共に、アンネマリーはハンマーを受け取ると、思い切り振りかぶって壁へと叩き付けた。
遠心力に負けて体ごと振り回された一撃であったが、しかしだ。
建築というものは、荷重だとか強度とかをきちんと計算して設計されている。それは建築物が大きくなればなるほどそうであり、全体を支える要となる壁だとか柱だとかがあるわけで。
「あ、やべ」
アンネマリーの一撃は予想以上の威力を持って、壁と柱を砕いた。ほんの少しのヒビならば、なんの問題もない。
だがこの伯爵家、由緒あるお屋敷であるからして、その実態はとてつもなく古い。
軽く軋んだ柱が、屋敷全体へとダメージを広げ、ギギギと嫌な軋む音があたりに響きはじめていた。
「に、逃げなさい! 全員、外に逃げなさいいい!!!!!!」
ロバートは大声で使用人達に逃げるよう促した。ちなみに流石にまずいと思ったアンネマリーは、子分であるミアをおぶって外へと逃げた。
蒼褪めた使用人達が全員庭へと出た瞬間、屋敷が音を立てて倒壊した。そう、ものの見事に倒壊したのだ。
通常なら屋敷は定期的に点検されるのだが、ミアの母親が女主人になってからというもの、そういった事を一切していなかった。
その結果がこれである。
長年仕えた屋敷が倒壊したのを目の当たりにしたロバートは、主人であるランセル伯爵に、もっと強くアンネマリーのお目付役について言及すれば良かったと後悔した。
父親から軽視されている為、アンネマリーは基本的に一人で過ごしていたのだ。何かをやらかそうとも、それを止めて諭す人間がいない。
大人しいアンネマリーは、家庭教師から一般教養とマナーくらいしか教わっていない。もっとも一般的な学びの場は、貴族子息のみが通うので、ある意味十分と言えば十分だったが。
それでもアンネマリーは公爵子息と婚約している、未来の公爵夫人なのだ。いくら大人しい性格であっても、人間であるのだからいつか限界が来るし、そんな時に暴力に訴え出したら危険だと、ロバートは常日頃から思っていた。
だが父親であるランセル伯爵は、アンネマリーに義母と義妹を傷付けたら許さないと言うだけであった。
アンネマリーの暴力は、義母と義妹には向かなかった。むしろミアはちゃんと助けているのだ。けれどもだ。
「うーん、ちょっとやり過ぎた。ま、いっか」
良くない。何一つ良くない。
「おい、執事! 屋敷を建て直す職人を呼んでこい!」
「……お嬢様、今から呼んできても、屋敷を建て直すには時間が掛かります…」
この惨状をどうするんだという事を含めて言えば、アンネマリーはそうだなと腕を組んでから言った。
「今日はキャンプファイヤーだな」
何を言ってるのか、ロバートは理解出来なかった。
いやキャンプファイヤーはわかる。わかるけども。
最近貴族の若者の間で、わざわざ冒険者の真似事をしてテントで野宿するというのが流行ってるのだ。焚き火を囲んで一晩中踊り狂うらしい。
貴族の流行りって良くわからないが、それよりもそうじゃない。
「おい、そこのメイド達! その辺の木片持って来い! 焚き火をするのだ! …なんだロバート、早く職人を呼んで屋敷を建て直させろ。あ、金は父親につけとけ」
「………はい」
話が通じないので、ロバートは全てを諦め遠い目をした。間違いなく、全てランセル伯爵が悪い。
「ちょっとおおおおおお!!!!」
それに待ったをかけたのは、ミアだった。ドレスやアクセサリーは強奪されるし、屋敷は倒壊するしで、何が何だかわからないが原因はアンネマリーだと理解したらしい。
「アンタ、本当に何なのよ!? 悪魔でも取り憑いてんじゃないの?」
「まさか、俺様は超絶格好良い高貴な血筋なんだぞ。悪魔とかと一緒にするな、失礼だな」
「じゃあなんで、アンタがお義姉様になって昨日の今日で、屋敷がなくなるのよぅ!!!」
それはアンネマリーにもわからなかった。だってアンネマリーは、自分の部屋をより良くしようとしただけだったのだから。
「まあそれはそれだ。腹が減ってるのか? マシュマロでも焼いて食べような、ミア」
「マシュマロなんてどうでもいいのよおおお!!!」
「……あ、クッキーに挟んで欲しかった?」
「そうじゃないわよ!」
「なんだ、肉が食いたいのか。女子は甘いものが好きだと思ってたが、ミアは肉派なんだな。俺、あ、私もお肉が大好きなんざますのですわ、オホホホ」
「違うったらあああ!!!!」
地団駄をその場で踏むミアに対して、やれやれと笑っているアンネマリー。二人の姿は、どこからどうみても仲の良い姉妹にしか見えなかった。
そんな二人の耳に、馬の嗎が響く。
「一体何があったんだ! 無事か、ミア!! ……アンネマリー」
誰だとアンネマリーが眉を寄せるその横で、ミアが頬を染めて笑みを浮かべながらその名を呼んだ。
「フェリクス様!」
白馬にのってお供とともに駆けつけたのは、アンネマリーが自殺した原因の婚約者の男らしい。
元の世界の自分には劣るが、中々良い線いってるんじゃないか位の美形であった。ミアが惚れるのもわからなくもない。
紫がかった髪を後ろで緩く結んでおり、どこか憂いを帯びた見目だった。垂れ目が優しそうで素敵と、隣でミアが言っている。
なるほどコイツが、公爵子息フェリクス・クライセンか。
アンネマリーは腕を組んだまま、馬上のフェリクスを睨みつけたのだった。