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俺様<<腹心と聖女が恋バナをする

 時は少しばかり戻って。


 アンネマリーとクリスが大騒ぎしつつテオに結婚を迫っている頃、ミアは筋肉痛に苛まれ寝込んでいた。原因は言わずものがな、昨日のアレである。

「…最悪中の最悪よ」

「ミアお嬢さま、手足のマッサージを致しましょうか? 少しは楽になると思いますよ」

 ローズがミアを気遣うように声を掛けてきたので、それならとお願いしたのだ。痛む手足を優しく揉まれ、ミアは気持ち良さからうたた寝をしてしまった。


 ふと気がつくと、ミアはどこか荘厳な建物の廊下に立っていた。ここはどこだろうと周囲を見渡すが、全くもって見覚えがない場所である。

 話し声が聞こえてきたので、取り敢えずそっちに行ってみようと歩いて行くと、噴水の前へと辿り着いた。


「おや、これはこれは」


 そこには空色の髪に温和そうな顔付きの人物が立っていた。細身で、どこか女性のようにも見えたが、発している声は男性のものである。そしてその声には、ミアは聞き覚えがあった。


「ミアさんじゃありませんか、遊びに来たのですか? 姿が透けているようですが、ふむ、眠っている間に精神だけ、トライアスへと招かれてしまったようですね」

『嘘でしょ、帰りたいんだけど』

「目が覚めれば自動的に戻っていますよ。それまで時間があるでしょうし、ちょっとお話ししましょう。ああ、私は殿下の腹心リュートですよ。先日はどうも」


 ミアが苦しんでいる筋肉痛の原因。じとりと睨むが、リュートは気にした様子はない。アンネマリーのお友達って皆こんなのばっかりなのだろうか。マジで関わりたくない。

「私ちょうどいま暇なんですよ」

『忙しくしてて欲しかったわ』

 ミアの言葉に、リュートは肩を竦めて言った。

「殿下から私は分身の魔法が使えると聞いていませんか?」

『そういえばそんな事言っていたわね。確かセバスチャンの身代わりになってたとか』

「はい、それで私とは別の私が、色々とお仕事しているんですよ。でもまあ、実のところ私がやっているのは分身ではなく、分裂です」

 何が違うのかミアにはさっぱりである。

 リュートが言うには、分身とは実体がない幻影のようなもので、分裂は一つのものが二つに増えると思えば良いとの事だった。いや増えないで欲しい。

「私の祖先が、モンスターの細胞を埋め込まれ非合法の人体実験を施されてましてね」

『ねえ、なんで予備動作なしにぶっ込んでくるの? 心の準備とか必要だと思わないの?』

「ふふふ、まあ良いじゃないですか。ちなみに、血が薄まるにつれて埋め込まれたモンスターの特性は弱くなっていったのですが、私は分裂できるという特性を持って生まれてきましてね」

 何一つ良くないし、増えないでほしい。というか分裂しまくったら、リュートだらけになってしまうのではなかろうか。

「鋭いですね、さすがミアさんです。私が殿下の腹心と呼ばれているのは、いついかなる時も、殿下の為に駆け回っているという事で有名だからです」

 殿下の側に付き従い、セバスの看病、サシャのお菓子の味見係、イラリオンの説法を聴き、シードの筋トレの記録係をこなしているそうだ。内容を聞いて、どれ一つとしてやりたくないわとミアは思った。しかし少しばかり首を傾げた。

『ねえ、どれも大した仕事じゃない気がするのだけれど』

「ええ、そりゃそうです。元の能力値が10だとしたら、二分裂した場合、それぞれ能力値が5になるのですから。増えれば増える程、能力が下がります」

『クソ役に立たない能力じゃない』

 ミアの突っ込みに、リュートはまさにその通りだと、肩を竦め愉快そうに笑った。

「だからですね、一族の中では落ちこぼれ扱いで、成人と共に貴族籍は抹消されました。親類全てから、縁を切られたというわけです」

 本当に色々とぶっ込んでこないで欲しい。先程のをなんとか飲み込んだ所だったというのに、更に追加とか勘弁してほしい。

「まあでも、幼い頃から落ちこぼれ扱いだったので、家族の情とやらは特にありません」

『そ、そう』

「だからですかね、私は家族というものにとても憧れがあります」

 目を細め頬を赤らめて、まるで恋するかのようにリュートは言葉を紡いだ。

「殿下やセバス、それからサシャ、イラリオン、シード。彼らと友好を結ぶ事が出来たのは、私の人生で最上の幸せだと思っていました。けれども、気付いたんです」

『な、何に?』

 これはまさか、アンネマリーがモテる事案かしらと、ミアは眉を寄せる。倶楽部会員に惚れられたいわけではないが、自分じゃない女がモテてチヤホヤされているのは面白くない。複雑な乙女心というやつである。

 そんなミアの心情を他所に、リュートは衝撃的な言葉を放った。


「私は殿下と、家族になりたかったのです」


 やっぱりアンネマリーがモテる事案じゃない。うわぁヤダヤダとミアが顔を顰めていると、リュートは熱っぽく語り始めた。

「私の夢は殿下にお仕えし続け、殿下が結婚して子供が生まれ育った時、その子に将来はリュートと結婚すると言われて、殿下に娘はお前にやらんとか言われたかったんですよ」

『あっそう』

「ふふふ、分裂が出来る特性を活用して、セバスチャンやサシャ、シードの息子や娘にもそういった台詞を言われたいです。イラリオンは破門されているとはいえ僧侶なので、結婚はしないでしょうから、看取って喪主を務めたいです」

 何やら方向性がおかしい事に気が付いて、ミアはリュートがやばい人物である事をようやく認識した。アンネマリーの関係者なのだ。まともな奴などいるわけなかった。

『えっと、えっとね。恋しちゃってるわけじゃ、ないわよね?』

「そうですね、恋情とはまた違うものと認識しています。なので、ミアさんにお聞きしたいんですよ。恋とは、どのようなものかと」

 物凄くロマンスが始まりそうな台詞だが、言っているのがリュートな上に、その前に積み上げられた言葉により、とっても恐ろしく感じてしまう。

「ミアさんは、お義姉さんから略奪する程、フェリクスさんの事が好きだったのでしょう?」

 リュートの問い掛けに、ミアは黙り込んだ。


 アンネマリーがまだアンネマリーだった時は、フェリクスがとても良い男に見えたのだ。

 だから正妻になれなくても、愛人として囲われても、アンネマリーを蝕む病のような立ち位置になれればそれが一番だと思ってしまっていた。フェリクスへの恋心よりも、アンネマリーへの憎悪の方が強かったからだ。


 でも今はどうだろう。


 アンネマリーはアンネマリーとなった。良いところしか見えなかったフェリクスにも、欠点が幾つもある。

 けれどもそれを補う程の顔の良さと地位の高さがある。そして一番の重要事項ともいえるもの、それはミアへの好意だ。

 何だかんだ言ってあの人、今迄はミアではなく由緒ある伯爵家の血筋であるアンネマリーを選んでいた。だが昨日はミアを選んだのだ。

 ミアが聖女となったからというのもあるかもしれないけれども。


 それを思い返すと、どうしても嫌いだと言い切れず、そしてスッパリと関係を断つ気も起きなかった。


「ふむ、ミアさんの心情は、言葉では簡単に言い表せないように、お見受けします。恋慕とは本当に不可思議なものですね」


 そんなリュートの声が、どんどんと遠くなる。ふわりと体が浮いたような気がしたが、すぐに凄まじく重く感じた。というか身体中が痛い。

「……嫌な夢だったわ」

 目を開けると、見慣れた天井が視界に入る。夢じゃないだろうけれども、夢という事にしたい。

 これもしかして今後、何度も体験するのかしらと、ミアは震えた。


「…ミア、大丈夫かい?」


 近くから声が聞こえて、ミアは驚いて目を見開いた。本当なら飛び起きたかったけれども、体が痛くてそれは出来なかった。

「フェリクスさま……」

「君の事が心配で、様子を見に来たんだ」

 それは良いが、何もこんな時に寝室に入ってこなくてもと、ミアは思った。普段なら取り繕うのだけれども、筋肉痛のせいで思った事がそのまま顔に出てしまったようだ。

 フェリクスは眉尻を下げて、申し訳なさそうに言った。

「すまない、……また私は間違えてしまったようだ。その、君の事が心配で居ても立ってもいられなくて。また考えなしに行動してと、言われてしまうな」

 自嘲気味に笑うフェリクスを、ミアはただ見上げる事しかできない。ミアの知っているフェリクスは、そんな表情など浮かべた事なかったからだ。

「私は母の喜ぶ顔が見たくて、母の期待に応えようとして来たんだ。母が示す道を、言われたままに辿っていく。それこそが私の愛情表現だったんだよ」

 両手で顔を覆い、フェリクスはだから今更と、嘆くように言葉を吐き出した。

「今更、考えて行動しろと言われたって、私には分からないんだ。君の望む通りに振る舞いたいのに、正解が分からない。私は君を喜ばせたいんだ、笑っていて欲しいんだよ」

 どうしたら良いんだと、縋るような眼差しでミアを見詰めていた。


 ああ、駄目よミア。こんな情けなくてどうしようもない男なんてやめて、もっと条件の良い美形を捕まえれば良い。

 公爵じゃなくたって、例えば伯爵だって良いじゃないの。路地裏の浮浪児だった頃に比べれば、貴族なら良い暮らしが出来るのだもの。

 むしろこんな男と一緒になったりしたら、苦労しかない。公爵夫人も言っていたもの、生まれで差別され続けるって。


 頭ではそう、ちゃんとミアはわかっていた。わかっていたのにどうしてだか、筋肉痛でつらいというのに、ミアはフェリクスの手を取り、握りしめてしまったのだった。

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