俺様>>第五騎士団長とおしゃべりする
テオバルト・レーガーは困惑していた。この上なく困惑していた。
一日の職務が終わり街の酒場で軽く飲んだ帰り道、突如として暗がりに引っ張り込まれその後の意識はなかった。無理矢理に酒を飲まされたような記憶はあるが、酔いが廻っていていまいち覚えていない。
二日酔いで頭痛が酷く気分が最悪な中で、バタンと扉が開いたかと思うと、見覚えのある女性二人が男を抱えて入ってきた。
「クリスぅっ! もっと、こうもっと力入れて持つのでしてよぉぉぉ!!! うがあああっ!!!」
「重っ、重いんですよ、アンネマリーぃぃぃっ!!! もっとちゃんと上半身もってっ!!!! ふんぎぃぃぃ!!!」
引き摺られるようにして部屋に連れ込まれた男は気絶しているようで、絨毯の上に転がされた。
「ふぅ、廊下に置いとくよりはマシですわ。……狭くて暗い場所を好むので、何か箱的な物に入れると落ち着くのでしてよ」
「人が入りそうな箱ですか? うーん、この部屋にはありませんね」
彼女達は一体何をしているのだろうかと、テオは思った。真剣に話している内容は物騒過ぎるのだ。もしや彼女達が自分を誘拐した一味かなにかなのだろうか。若い男を攫ってどうこうする趣味でもあるのだろうか。
最近知り合ったおかしな貴族令嬢アンネマリーと、自分に好意を持っているであろう貴族令嬢クリスの二人が、ほぼ同時にこちらに視線を向けた。
「テオ団長! お話があるのでしてよって、酒くっさ!? 臭過ぎて気持ち悪いのですわあああ、セバスチャアアアン!!!」
声が頭に響いてダメージを受け、テオは枕に顔を押し付けて苦しみをやり過ごす。横目でちらりと見れば、アンネマリーは床に転がした青年を揺さぶり、起こそうとしている。
「うぅっ、で、殿下!? はっ、ここは……っ、小説の主人公っぽい騎士団長の部屋ですか!? 無理です無理ですああいう人とは生きてる世界が違うんですぞ!」
「そんな事よりセバスチャン! 二日酔いを吹き飛ばすような、飲み物レシピを教えてほしいのですわ!!」
「えっ、…あ、はい」
セバスチャンと呼ばれた青年が挙動不審に怯えていたが、アンネマリーに言われてすぐに落ち着いたようだ。
「しかし殿下、僕が知っているのはトライアスで採取出来る素材のレシピですぞ」
「それじゃ、こっちの食材で適当に代用するのでしてよ。行くぞですわよ」
そう言ってアンネマリーはセバスチャンを引き連れ部屋を出て行く。そして少しすると再び走ってくる音が聞こえ、ドス黒いヤバい匂いのした器を抱えて入って来た。
「二日酔いに効く飲み物でしてよ! さあ一気に飲むのですわ!」
飲んだ方がヤバいのが凄くよくわかる。匂いからして危険度が高い。絶対飲んじゃ駄目な代物だ。先程レシピがどうとか言っていたが、これを作ったのは扉のところで顔だけ出して様子を窺っているセバスチャンだろう。一体自分になんの恨みがあるというのだろうか。
「待ってください、アンネマリー」
ぐいぐいと器を近付けてくるアンネマリーが悪魔であるのなら、それを止めたクリスは天使である。
テオは己の出自などから、クリスの好意を素直に受け取るわけにはいかない立場にある。高位貴族であるクリスの好意を無碍には出来ず、しかし出来る事ならば関わらずにいたいと思っていたが、今だけは感謝を伝え素気無くして申し訳ないと謝りたかった。
「そのままではうまく飲めません。体を起こして呑ませましょう」
前言撤回。クリスもまた悪魔であった。
二日酔いの具合の悪さから大して抵抗が出来ず、テオは器の中身を飲まされてしまったのである。
「〜〜〜〜っ!!!??? おっ…う…げぇっ!!!??」
予想通りの味に、飲み込んだ瞬間に体の全てが拒否反応を示し、視界に入った窓へと身を乗り出して思い切り吐き出した。荒く息を吐きながらグッタリしていると、クリスが背中を摩って微笑みながら、優しい声で囁いた。
「吐き出してしまったのならば、もう一杯飲みましょう、ね?」
悪魔とは天使の顔をしているのだと、テオは知った。
ちなみにクリスは、甲斐甲斐しくテオの看病をしているつもりなので、健気で優しいからお嫁さんになってとか言われちゃうかも、なんて思っている。すれ違いって悲しい。
ヤバい液体を飲まされる拷問から解放されたテオは、一人掛けのソファに項垂れていた。一体自分が何をしたんだと煤けている。
「オホホホホ、さすがセバスチャンでしてよ! 二日酔いに効く飲み物を、この国の食材で代用して作るとは!! 褒めて差し上げるのですわあ!」
「ありがとうございます! 殿下!! 身に余る光栄ですぞ!!」
ぼんやりとする頭で、後でセバスチャンを一発殴らなければならないと、テオは決意した。セバスチャンは騎士団嫌いがさらに加速するフラグを立てた。
「味は最悪でも、気分はスッキリしたでしょなのですわ」
「気分も最悪ですよ、お嬢さん」
「喋れるだけ回復しただけ、良しなのでしてよ」
口に残るヤバい味はともかくとして、頭痛も気分の悪さも吹き飛んでいる。胸のムカつきもない。思考もはっきりとしていた。
「……それで、ここはどこなんです?」
「クライセン公爵邸でしてよ。お前、どこまで覚えているのかしらですわ」
どこまでとはと、仕事帰りに酒場で飲んだ後からの記憶がない。それを素直に話せば、アンネマリーは腕を組んだまま、ふうんと興味なさげな返事をした。
「ちょっとくらい面白い情報があれば良いのに。お前、割と無能ですわねぇ」
なんて失礼なと思いつつも、訳もわからず昏倒させられたので、テオは反論できなかった。
「テオ様は一日以上意識を失っていた、ということになりますね。昨日は公爵邸で皇太子殿下主催の園遊会があったのです」
酔っ払ったテオとアンネマリーが裸で睦み合い、とんでもない醜聞が発覚する所だったとクリスは言った。
「はぁっ!!!?? なんで俺が、このお嬢さんと!!?? い、いえ、アンネマリーお嬢さんに魅力がないわけじゃないですけど、未成年に手を出すなんて…っ」
「オホホホホ! 私の魅力は万人を虜にするのでしてよ! とはいえ、それはそれ。私には心に決めた相手がいるので、残念だったですわねぇ!!」
アンネマリーは頬を染めて、ちらちらとセバスチャンを見ている。
よくわからないうちに振られたような感じになったテオだったが、アンネマリーが心に決めたセバスチャンを若干哀れんだ。一発殴るのはやめておこう。
「しかし、何だって私なんかとお嬢さんを…」
「それはお前が、先王の庶子だからでしてよ!!」
「なんでそれをって、まあ公爵家と付き合いがあるのなら、知ってましたか」
テオはため息を吐きながら肩を落とす。どうやら彼女達は、自分の出自を知っているから近付いて来たらしい。
アカデミー時代、仲良くしてくれた友人だと思っていた人間達は、すべて王家からの監視だった。テオがおかしな事をしないか見張る為だったのを知ってからというもの、他者との友好関係というのを築けなくなってしまっていた。そのトラウマから、女性に言い寄られても、監視目的だろうかと疑ってしまっていたのだ。
そしてアンネマリーやクリスもそうだったというのなら。
ああやっぱり碌なものじゃないと、仄暗い眼差しをアンネマリー達に向けるが、逆に呆れた眼差しを返された。
「本当に何にも覚えてないのですわね。はぁ、酔っ払ったお前の前で、アミルカル殿下が全部話したのでしてよ」
「私は今朝知りました。失礼ですが全然王様と似てませんね」
「俺は母方の血が強かったのかそっちに似て…。そもそも王様とは会った事も話した事もなくてですね」
テオは物心ついた頃から、自身の出自を疑問に思っていた。貴族の家で暮らしているものの、母とその家の主人とは婚姻関係ではなかった。そして母はどう見ても平民だし、時折会える母方の親族は街中に住んでいた。
なのに自分は丁重に扱われていて、不思議で仕方なかったのだ。成長しアカデミーに通う年になると、養育してくれた貴族の家の主人が、出自について教えてくれたのだ。
驚きはしつつも、長年の疑問が解消され納得したものだ。その為、変な考えは起こさないようにと釘を刺されたが、特に反発する事もなかった。
成人すると一代限りの爵位を与えられ、第五騎士団長の職に就いた。周囲からは羨ましがられる事もあるが、しかし第五騎士団の団員の殆どは平民出身、もしくは貴族の子供の三男だとか、跡取りにもならない焙れている連中で、つまりは厄介払いの纏め役にされたのである。
「養育してくれた方からは、くれぐれも面倒事を起こすなと言われてましてね。変な女に引っ掛かるなと言われ過ぎて、実際騎士団長になってから、妙に絡まれる事も増えて、警戒をしてしまうのですよ」
「先王の庶子とか関係なく、騎士団長ならモテるだけではないですか? だってその、テオ様って格好良いし」
頬を染めたクリスが、恥ずかしそうに言ったが、わりと言われ慣れているテオはどうもと気のない返事をしただけだった。
アンネマリーはそういうところでしてよーと呆れた顔で呟き、セバスチャンはモテ男の余裕っぷりが憎たらしいですぞと悪態を吐いていた。テオが視線を向ければ、悲鳴を上げて扉の後ろに隠れたが。
「兎にも角にも! お前は先王の庶子というのにはこだわってないのですわね!?」
「まあ拘るも何も、色々と面倒ですからね。今まで色々とあったので」
「ならばお前、いますぐクリスと結婚して、レーガー家からフリージンガー家にお入りなさいですわ」
「交際日数ゼロ婚ドンと来いですよ! いくらでもやってやりますよー!! さあ書類にサインを!! 今日のうちに提出してしまいましょうテオ様! さあ、さあ!! さあ!!!!!」
目を血走らせて迫るクリスは、ちょっと、いやかなり、怖かった。