俺様>>身分を偽装して庶子が増える
この世界には魔力や血で本人確認をするという技術がない。姿形を記録する技術もないので、貴族の場合はせいぜい画家に姿絵を描かせるくらいだ。
戸籍というものだって杜撰な管理である。つまり、やろうと思えば偽装し放題なのだ。
「というわけで、こちらのセバスチャンを先王の庶子に捏ち上げて、私の婿にするのでしてよ! ランセル伯爵家は王家の紐付きになった事にするのですわぁ。先王の庶子なんて、あくまで噂。誰もこいつお前の弟かなんて、聞けるわけないのでしてよ!」
アンネマリーはセバスチャンの腕に凭れ掛かりながら、クライセン公爵夫妻に言ってのけた。夫人は額を手で抑えて深いため息を吐き、公爵は苦々しい表情を浮かべている。
「ふふん、この私の完璧すぎる計画に、言葉もないようですわね」
「いや穴があり過ぎる計画ではないか。これだから女の浅知恵は…」
馬鹿にしたように公爵が言い捨てたところで、夫人が顔を上げた。
「まだテオバルト団長にお話を聞いていないけれども、彼を養育していた貴族がいる筈。そうなると姿形や現在の職に就いた事の大半は、王の耳に入っているから、誤魔化すのは難しいわ。どこかの公爵も知っていたようだし、かなりの人数が関わっているでしょう」
しかしと、クライセン公爵夫人は言った。
「王家関連の庶子というのは、良い考えだわ。せっかくだから、クライセン公爵が浮気してつくった子供にしましょう。使徒様には、フェリクスの腹違いの兄になって頂きましょう」
「はあっ!!!? おま、おまえ、いきなり何をいいだしているんだ!?」
「髪の色合いが似ているし、どうとでもなりますわ。貴方は今から王に隠し子がいた事を、秘密裏にご報告なさってきたらいかが? 私はとても心が広く、貴婦人の鑑と呼ばれていますもの、浮気相手の子供くらい、引き取って後見人になったって、問題ありません」
「いや、そんな。それに使徒様といったって、こんなわけもわからない奴を…」
「貴方は今から、王宮に行って。この前の園遊会の日に、隠し子が訪ねてきたとお話になって来なさい。貴方は聖女様を迎え入れる事を決めた、ならば使徒様も迎え入れたら宜しいでしょう。しかし、輝く石から人に変化した事を信じて貰うのは難しい事ですわ。そうなると公爵家の隠された血筋と言った方が好都合というもの」
スラスラと言葉を続けるクライセン公爵夫人に、公爵はたじろぐ。
「貴方もご覧になられたでしょう。聖女さまの神罰の恐ろしさを。ミアとアンネマリーは義理とはいえ仲の良い姉妹です。もしこれ以上、聖女さまの親族を害した場合、我が家は倒壊するやもしれませんね」
じとりと睨む夫人に、公爵は黙り込んだ。夫人の言葉に説得されつつあるようだが、あと一押しが足りないらしい。夫人は肩を竦めると、すました顔で口を開いた。
「フェリクスを産んだ私に、貴方が『本当に私の子なのだろうか』と言った事、忘れてはおりませんからね」
「ななな、なんで知って…!?? い、いや、いや私はそんな事など言っていないぞ」
「お義母さまが懇切丁寧に教えてくださったの。ねえ、なんで貴方そんな事お言いになったの。貴方が愛人を囲おうとしていたから、不安になられたとかかしら。それともフェリクスが、私と貴方どちらのものでもない髪色をしていたからかしら」
公爵って最低だとアンネマリーは思った。それと共に、公爵は隔世遺伝とかそういうの知らなそうだとも思った。文明レベルは同等だと思いたいが、トライアスよりは進んでない分野も多々ありそうなのだ。いまのところ、公爵家にあった本からの知識ではあるのだが。
それをセバスチャンに言ってみたところ、興味深いと目を細めていた。
「魔法学の法則はどこまで通用するか、魔力という動力源がない場合、何をエネルギー源にすべきか、是非ともそのあたりを検証してみたいですぞ」
「私も一緒にやるのでしてよ! お前が居てくれるからなのか、元の世界の記憶がハッキリしているのですわ」
しかし少しずつ、記憶に違和感が生じている。自分の体験した記憶だと思うのと同時に、第三者として見ているという感覚があるのだ。多分これは、皇太子としての自分が今の自分とは別人であると、そう無意識に認識し始めたのだろうと考えている。こればっかりはどうしようもないが、その代わりにセバスチャンが側にいるので、アンネマリーとしてはなんの問題もなかった。
さてようやく話し合いが終了したようで、意気消沈し項垂れた様子で公爵が部屋を出て行った。ちなみに色々と話を聞いていた為か、公爵の秘書官は口出しは一切しないが、塵屑以下のヘドロを見るような視線を向けている。公爵の味方はどこにもいない。
馬車で出掛けるのを窓から見下ろしていた公爵夫人は、ポツリともらした。
「長年一緒に暮らしてわかったのですよ。あの人はいつも、強い方につくのです。この家では、お義母さまが一番強かった。声が大きかった。だからあの人は、私に我慢を強いたのです。王宮内では、国王たる兄についている。王家からの理不尽な要望も、簡単に引き受けてくるのですわ」
ならば今度からは私がと、冷徹な表情で言ったのだった。
「使徒様、貴方の身分はこれで保証されるでしょうが、くれぐれも我が公爵家に泥を塗るような事は、しないで下さいませね」
「ひゃいっ…」
「シャンとなさい! 背筋を伸ばす! 返事ははっきりと!」
「セバスチャンはそういうの無理でしてよ! 取り扱い注意な人物なのですわ!ちょっとでも衝撃を与えると、痙攣して泡を吹いて倒れちゃうのですわ!!」
「殿下、殿下、流石に僕、そこまでじゃないですぞ」
公爵夫妻と対峙する事に緊張しまくっていた為、先ほどまで一言も喋らず視線を泳がせて冷や汗を掻いていたセバスチャンが、小さく反論する。まったく根拠のない反論であったわけだが、アンネマリーは心底感心した。
「そう、それならこれから一緒に、クリスとテオ団長のところに行くのでしてよ!」
「えっ」
「セバスチャンは、テオ団長のような騎士団の人間を苦手にしていたから、顔を合わせるのは無理だと思っていたのですわ。さらに苦手な典型的な高位貴族の令嬢クリスもいるけど、セバスチャンがそう言うのなら! 是非とも顔を合わせてお話ししましょうなのですわ!」
「えっ」
あんなに人見知りで、部屋から出ようとしなかったセバスチャンが、こんなに積極的になるなんて。さすが、世界を越えて来ただけはある。やれば出来る男である。
心なしか、今日のセバスチャンはいつもより男らしく見えると、アンネマリーは頬を染めた。恋という劇物により、アンネマリーは今日も強い幻覚がキマっている。
アンネマリーは上機嫌に腕を絡めて、揚々と歩き出した。目指すはクリスとテオがいる部屋である。
「騎士団みたいな輝く爽やか集団に近付くだけで、蕁麻疹が出るイケメンが憎いとか言っていたのが懐かしいですわ! 騎士に話し掛けられただけで、不審者扱いされたと嘆いて部屋に引き篭もっていたなでしてよー」
「えっ、いやあの、殿下すみませ…」
「クリスはこっちで出来たお友達でしてよ。ふふん、セバスチャンの事を自慢しまくってやるのですわぁ」
満面の輝かんばかりの笑顔を浮かべるアンネマリーに、セバスチャンはやっぱり無理ですとは、言えなかった。
テオが休んでいる客間にたどり着くと、セバスチャンは僕の隣の部屋だったと顔を青くしている。セバスチャンの騎士団嫌いは、まあ仕方ないといえば仕方ないところもある。
騎士団と魔法兵団は割と仲が悪い。得意分野が違うから同列に考えるべきではないが、ライバル関係というか事あるごとに功を競い合っている。それだけなら良いが、時には脳筋騎士だとか陰険魔法使いだとか、子供の喧嘩のような言い争いが勃発する事もあるのだ。
ラグナルス家は魔法兵団長の役職につく事が多い。そしてそんなラグナルス家の穀潰しの無駄飯ぐらいは、騎士を目指す貴族子息からは格好の的であった。ちなみに魔法兵団にて活躍を目指す貴族子息からも、セバスチャンは割と嫌われていたので、其方からも格好の的である。
ともかくそんな理由から、セバスチャンは騎士関連の人間に絡まれまくっていた。
ラグナルス家の嫡男がこれでは未来が嘆かわしいだとかくらいなら、まだ良い方で。酷いのになると、部屋から出て来るとは驚きだ僥倖だと揶揄ったり、大賢者もどきさまは部屋にいるだけで世界を掌握してるおつもりだ、だとか。
彼らの本意としては、膨大な魔力持ちであるセバスチャンへの嫉妬と、将来ラグナルス家を背負うならばもっとしっかりしろという所だろうか。
セバスチャンからしてみれば大きなお世話である。アンネマリーもまたセバスチャンと同意見であったので、大いに同情していたのだが。
「すみません殿下、やっぱり無理かもしれません。騎士団長で実は先王の庶子で高位貴族令嬢に好意を持たれてるって、一体どこの小説の主人公ですかって人と会うのは、やっぱり恐ろしすぎますぞ」
部屋の前に来た途端、セバスチャンはブルブルと震えて怯え始めた。こうなるとちょっとの刺激で気絶するので、アンネマリーは仕方ないと肩を落とした。
皇太子だった時は他にも取り巻きがいたので、気絶したら誰かしらがセバスチャンを抱えて部屋に連れ帰っていたし、大抵リュートが分身して看病していたので問題なかった。
しかし今はアンネマリーしかいない。この細腕ではセバスチャンは運べないので鍛えるべきかと、アンネマリーは大いに悩んだ。
「私としては、使徒様の方が物語の主人公に思えますけど」
不意に扉が開いて、クリスが話し掛けて来た。先程、公爵夫人に二人で説教を受けた後で、アンネマリーは自身とセバスチャンの事を簡単に説明している。異世界から来たといえば、クリスは納得いったように頷いていたのだ。
「異世界から愛の為に全てを捨て去ってやってくるなんて、ロマンチックですわ。…って、あら」
「刺激を与えちゃったからですわぁ」
クリスの姿が見えた時点で、セバスチャンは立ったまま気絶していたのだった。