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俺様<<自覚してない悪足掻きをする

 セバスチャンは現実に存在する女性が苦手である。そもそも他人と関係を構築するもの苦手で、そんなセバスチャンでも友人と呼べる相手が出来たのは、殿下のおかげであった。

 事ある毎に殿下はセバスチャンの所に遊びに来ては、色々な場所へと引っ張り出した。本当に嫌がると諦めるが、嫌々半分面倒臭さ半分の時は容赦なく引き摺り出される。大抵そういった場合、何かしら騒動が起きていて、殿下はそれを楽しそうに切り抜けていた。

 どんなピンチだろうとも、殿下は口元に笑みを浮かべて不敵に笑うのだ。自称超絶格好良いと言っていたが、殿下は本当に格好良くて、セバスチャンは側でその顔を見るのが楽しかったのである。

 そんな殿下に魅せられた仲間ともいうべき友人達。きっと、そうきっと。殿下が王位を継いだ後もずっと、一緒に殿下のそばにいるものだと、セバスチャンは思っていた。

 それがただの夢物語だったと気付いたのは、殿下が王立アカデミーを卒業する少し前だ。セバスチャンは引き篭もり過ぎて出席日数が足らず留年していたので、殿下と同学年になっていたわけだが。

 殿下とその仲間達と楽しくも騒がしい日々を送っていたセバスチャンの許に、招聘令状が届いたのだ。


 神秘と魔法の王国トライアスには、人智を超えた災禍が訪れる。それは時にモンスターが大量発生し都市を呑み込むスタンピードだったり、大地が割れ突如として大地が変動したりと様々だ。トライアスは魔法の力によって、それらを乗り越え繁栄しているのだ。


 だからラグナルス家で歴代最強の魔力の持ち主といわれたセバスチャンが、その身を持って災禍に立ち向かうよう命令されるのもまた、必然であったのだ。

 セバスチャンはラグナルス家の正統なる血筋であった為、将来はどこかの貴族の令嬢と結婚して子供をつくり、血を繋げる事を強制されるだろうと思っていた。だがそれをせず招聘されたという事は、ラグナルス家から切り捨てられたという事になる。

 自身の普段の言動から、種馬にすらならないと判断されたのだろうと、セバスチャンは笑った。妥当な考えだなと思いつつも、どこかに残っていたらしい両親への情がある事が、ひどく滑稽に思えたからだ。


 ラグナルス家が用意したのは、セバスチャンの身長よりも大きな、強大な魔石だった。魔石に魔力を注ぐと、その力は増幅され凄まじいエネルギーを生成する。

 セバスチャンの役目は、命が尽きるまでそれに、魔力を注ぐ事だった。魔石に蓄えられたセバスチャンの魔力をラグナルス家の者が操り、災禍へ立ち向かうのだ。


 つまりセバスチャンは、魔法道具以下。有限なるエネルギー炉になるだけ。


 戦場にも立たず、誰にも見られる事なく、厳重な結界が幾重にも張り巡らされた薄暗い部屋の片隅で、たった一人で死ぬだなんて。なんて自分にお似合いの最後だろう。

 そんな事を思いながら魔力を注いでいると、誰かが結界に干渉している事に気が付いた。魔力が暴走しないように調整されている結界をぶち破ろうなど、自殺行為に等しい。


 そんな馬鹿な真似をする人間など、セバスチャンの知っている限り一人しかいない。


 まさかと思ったその時、薄暗い部屋の扉が開き、光が差し込んだ。そしてそこには、予想通りの相手が立っていた。

 その顔は怒っているようにも、泣き出しそうにも、悲しんでいるようにも見えた。いつも楽しそうにしている殿下が、そんな顔をするだなんてと、セバスチャンは驚きつつも、胸の奥底から言葉に出来ない何かが溢れてくるのを感じたのだった。


「たった一人を犠牲にしてどうこうしようだなんて、俺様はお断りだ。ましてやこいつは、俺様の一番の家来だぞ。誰の許しを得て、勝手にこんな馬鹿げた事をやらせるんだ」


 部屋の外にいたラグナルス家の面々や王国の騎士達に、殿下は不遜に言ってのけた。周囲は王国の為に身を捧げることは名誉であり、国が救われる為には必要な事だと、まるで幼子に聞かせるように殿下に言っている。

 素行不良である為、馬鹿王子と言われたりするが、殿下は本当に馬鹿ではない。むしろ頭の回転は早く、天才と呼ばれる部類の人間である事を、セバスチャンは知っている。

 そして殿下は全てを理解しているが故に、己のやりたい事をすると決めて行動しているのだ。


 だって殿下は言っていた。


 自分がお行儀良く良い子で居たって、何も変わらない。母と祖母の仲は最悪で。祖母に可愛がられる自分を嫌い、弟を溺愛している。精々、小言が減るくらいだ。

 それくらいの変化しかないのならば、誰かの為ではなく、自分の為に、自分は好きな事を好きな様にやるだけだと。


 だからこそ、周囲の言葉を鼻で笑い、馬鹿馬鹿しいと切り捨てた。そしてセバスチャンに手を差し出して、こんな陰気臭い場所からとっとと出ていくぞと、不敵に笑ったのだ。


 災禍は結局、セバスチャンが命を捨てなくとも、何とかなった。但し王国の騎士団や魔法兵団が全力を持って対処し、財源に大打撃を与えてだ。

 それでも殿下は、王国に降り掛かる災禍なのだから、それこそ王国の人間全員で対処すべきだろうという意見を曲げなかった。犠牲を払う事を厭うのは、王として相応しくないという諫言を、鼻で笑い飛ばしていたのだ。


「大事な者を切り捨てる事こそ、王に相応しい事なのか。お前は目の前で妻子を名誉の為に殺せと言ったら、殺すのか。ああ、すまない。愛情などない政略結婚というものだったな。はっ、馬鹿らしい。そんな事をしているから、名誉だ忠誠だと、何の足しにもならん心地良い言葉に酔って、自己満足に浸っているんだな」


 殿下の発言は騎士団や魔法兵団から反感を買い、批難が集中した。そしてそんな矢先に夜会での婚約破棄騒動で、殿下は皇太子から罪人へと堕とされてしまった。

 そして言葉を交わすことも出来ず、殿下は異世界へと堕とされたのだ。



 だからセバスチャンはまだ、あの時に助けに来てくれた殿下への気持ちを、言葉に表せないでいた。

 いや違う。

 あの時セバスチャンは、王子様が迎えに来たと思ったのだ。殿下は王子様であるので間違いないのだが、そうじゃない。良くある御伽噺のような、お姫様のピンチに駆け付け助ける王子様だ。

 別にセバスチャンはお姫様でも何でもないが、あの時の殿下はそういうふうに見えたのだ。


 つまり、あの時の殿下を見て思ったのは。そうつまり。


 すで始まってきで終わる言葉であるが、セバスチャンは気恥ずかしくて、たった二文字を思い浮かべる事すら出来なかった。

 いや友人として、そういう事されるとやっぱり嬉しいというか、何というか。そう友人として自分は殿下の事を特別に思っているだけで、そういうのではないし、殿下もそういうのじゃないだろう。身内認定した者にはだいたい優しいし大事にしてくれるのだから。

 

 そうやって何とか己の中で折り合いを付けたところで、殿下が部屋に入ってきた。

「セバスチャン、お話があるのでしてよー!!」

 先程セバスチャンが目が覚めた時、なんかとんでもない事を口走っていたようだが、思い出そうとすると心臓が痛くなるのでセバスチャンは記憶を奥底に締まった。いけないいけない、殿下は友達。大事な友達なのである。いわゆる親友というやつだ。きっとそうだ。


「お前、今日から私の婚約者になれなのですわ!! ついでに先王の庶子って事を捏ち上げるのでしてよ!!」


 ビシッと指を刺され、セバスチャンは悲鳴を上げた。

 こここここここ婚約者だなんてそんな、何を突然言っているのだろうか。再び意識が遠退きそうになったセバスチャンだったが、アンネマリーに詰め寄られそれは叶わなかった。

「答えは、はい以外いらないのでしてよ! さあ頷きなさいなのですわ!!」

「ひゃっ、ひゃいぃ」

 勢いで頷いたセバスチャンに、アンネマリーは満面の笑みを浮かべる。殿下であった頃から、キラキラとした輝きがあったのだが、アンネマリーになってからはさらに眩しさが増した。

 殿下は言葉で言い表せないくらい格好良い美形な王子様だったが、今のアンネマリーもまた美少女だった。

 気の強そうな瞳は、殿下であったころを彷彿とさせる。

 癖のある金髪をサイドで結び、リボンを付けている。良く見ればそのリボンには刺繍が施されており、苺の模様になっていた。友人であるサシャが刺繍にハマっていた時、倶楽部会員のそれぞれの家紋をハンカチに施してくれたのだが、セバスチャンはラグナルス家が好きではなかった。

 なのでどうせならとストロベリーちゃんの海賊旗のマークをお願いしたのだ。苺が眼帯をしているシュールなものなのだが、アンネマリーが付けているリボンにも同じものがあった。

 この世界でそのマークを知っているのは、目の前のただ一人しかいない。そしてそれを見て喜ぶのも、ここにいる一人しかいない。


 もうそういうところだと、セバスチャンは天井を見上げ唇を噛んだ。


 そんな事されるともう惚れちゃう勘違いしちゃうと、セバスチャンは転げ回りたくなるのを必死で堪えた。


 ちがうちがうちがう、でんかはともだち。だいじなともだち。そうおともだちである。友達少ないからつい勘違いしそうになるけど、そう。絶対にそう。


 なのにアンネマリーは、するりとセバスチャンの腕に手を絡めると、頬を赤く染めて蕩けるように笑った。


「えへへ、じゃあさっそく一緒に来るのでしてよ! セバスチャン婿入り大作戦もといクリス婚活決戦の始まりですわ!!! アミル殿下に地団駄を踏ませてやるのでしてよ!!!」


 個人的に殿下を危険に晒したアミルカルの事はとても気に食わないので、その姿はとても見たいとセバスチャンは思ったのだった。

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