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俺様>>計略を練る

 いつも通りの時間に目を覚ましたアンネマリーは、ベッドの上で飛び跳ねた。やはりベッドの上でジャンプするのは楽しい。うんうんと頷いてからベッドから降りると、ベランダへは出ず着替えをした。

 めずらしい事もあるのねと思いつつも、ローズはアンネマリーの髪を整える。可愛くしてほしいとの要望だったが、今日に限ってその様子はいつもと違っていた。

 頬を染め恥じらいながら言っているのである。

 ローズはお花畑が咲いているメイドだが、優秀であったので叫び出したいのを必死に堪えた。可愛らしい恋の予感に震えつつも、笑顔でどのような髪型が良いのかと訊ねた。

「女の人が苦手な方に、可愛いって思わせる髪型が良いのですわ」

「女性が苦手……、その方は男性の方がお好きな嗜好をお持ちで?」

「それは、ないでしてよ。女の子の描かれた絵姿を見て頬を染めてたし、あとベッドの下に、成人済じゃなきゃ見ちゃいけない本隠してあったの、知ってるのですわ! それはちゃあんと、女の子があれやこれやされてましたもの!」

 アンネマリーは知っている。セバスチャンが魔法女海賊ストロベリーちゃんの絵本だけじゃなく、作者とは別の人間が描いた成人済じゃなきゃ読んじゃいけない絵本を隠し持っている事を。


「アンネマリーお嬢様、成人済でも見ちゃいけませんよ、そういうの」

「あ、でも、本の中には女の子の服を着た男の子が……」

「お嬢様、それ以上はいけません」

 さり気なくアンネマリーのお相手を探ろうとしたローズだったが、ヤバい奴という情報しか手に入れられなかった。

「好みというのは人によって違いますから、色々な髪型を見てもらって反応を伺ってはどうでしょう?」

「それは良い考えでしてよ! じゃあさっそく、今日は二つに結ぶのですわ」

 所謂ツインテールである。セバスチャンがベッドの下に隠していた本の表紙に描かれていたのを思い出したから、それにしてみた。アンネマリーは的確に好みを突いていく所存である。

 服の方もその髪型に似合う青色のレースとフリルが使われたドレスを選び、アンネマリーは鏡の前で一回転して満足気に頷いた。そして早速部屋を飛び出すと、セバスチャンの許へと走ったのである。

 客間の扉の前まで来てから、アンネマリーはごくりと唾を飲み込む。別にセバスチャンの部屋に入るのは元の世界では良くある事だったのだが、こうしてアンネマリーの姿になってからは初めてである。

 なんだか妙に緊張してしまって、脈打つ心臓の音がやけに大きく聞こえた。

「いままでやってた事でしてよ、大丈夫いけるわ、私!」

 言葉の勢いの割には、そっと扉を開いたアンネマリーは、ベッドで寝ているセバスチャンにこっそりと近付いた。

 寝息を立てているセバスチャンの胸は上下しており、ちゃんと生きてここにいる事を示している。二度と会えないと思っていた相手だけに、嬉しさと喜びが満ち溢れてきた。

「……えへへ」

 顔を緩めたアンネマリーは、セバスチャンの枕元へと近付くと、いまだ眠っているその頬を指先で突いたのだった。

 そうしてしばらく寝顔を見詰めていると、セバスチャンの瞼が震え、ゆっくりと持ち上がった。黒い瞳がさまよった後で、アンネマリーを捉える。

 そうして見つめ合っていると、状況を理解したセバスチャンが飛び起きた。

「でででで殿下!? おおおおおはようございます!」

「おはようなのですわ、セバスチャン」

 アンネマリーが笑い掛けると、セバスチャンはわずかに顔を引き攣らせた。苦手な女性がいるどうしようという顔である。長い付き合いのあるアンネマリーだからこそ、理解出来た事だった。

 しかしながらアンネマリーは、絶対にセバスチャンと合法的にずっと一緒にいるつもりなので、ここで攻勢の手を緩める気はない。欲しいものはなんでも手に入れるのが、アンネマリーなのだから。

「というわけで、セバスチャン。結婚するのでしてよ!」

「はひっ……!!!??」

 目覚めて早々に衝撃的な事を言われたセバスチャンは、アンネマリーの予想通りに気絶した。再びベッドの住人になったセバスチャンを見て、アンネマリーは満面の笑みで頷くと、よしと気合を入れてベッドへと上ろうとした。

 のだが、その襟首をギュッと掴まれ、行動を阻まれた。

「ぐぬぬぅ、誰ですの!? 私の邪魔をするのは…!!」

「……私ですよ、アンネマリー」

 地獄の底から這い上がって来たかのような低い声を発しているのは、クライセン公爵夫人であった。アンネマリーを捕まえているのとは反対の手には、クリスが襟首を掴まれ捕まっている。

「貴女達二人には、ちょっとお話があるからいらっしゃいなさい」

 オーガの如く険しい表情のクライセン公爵夫人は、有無を言わせぬ迫力で、二人を引き摺って食堂へと連れて行ったのだった。


「まったく、貴女達は!! 未婚の娘が男性の寝室に気安く入るだなんて…! 何か間違いがあったらどうするのです!!」

「それを期待して行ってるのにでしてよぉ」

「慎みを持ちなさい!!!」

 ガミガミと怒るクライセン公爵夫人は、アンネマリーだけでなくクリスにも怒っていた。お前も同じことをしたのかという視線を向ければ、クリスは照れたように笑って言った。

「え、えっと、その。テオ様が寝ぼけて私を抱き締めて、恥ずかしいけど温かいからそのまま寝ちゃった的な事を偽装しようとした所を、公爵夫人に見つかっちゃいまして」

「おぉーですわ」

 ちなみにアンネマリーは、幼馴染の無邪気さを装って同衾しようとしていた。同性であった頃、同衾した事はただの一度もないわけだが。

「女性にこんな事をしてしまったという罪悪感を抱かせて、恋愛よりも婚約に持っていこうかと思ったのですけど、上手くいきませんねぇ」

「公爵家で罠を仕掛けるのはやめて下さる? クリスさん」

「えへへ、次はもっとバレないように確実にやりますね、すみません」

 一切反省していないクリスに、クライセン侯爵夫人は顔を引き攣らせた。厳格なメルボブン修道院にいたというのに、一体どうしてこんな問題児に仕上がってしまっているのか。アンネマリーの友人だというが、もしやアンネマリーの影響なのと戦慄した。

「二度と修道院には戻らない、……手段なんか選んでいられる年齢でもないんですよ、私」

 アンネマリーは何歳でも好きな時に結婚すれば良いと思うのだけれども、この国ではだいたい成人したら一、二年内に結婚するのが普通であった。それを踏まえると、少々ギリギリである。

「そもそもこの国に未婚の女性が就ける職業が限られている事がすべての原因であって修道院は未婚の女性を捨てる場所じゃないんですよクライセン公爵夫人」

 目から光が消え、息継ぎもなく抑揚もなく話すクリスの姿は恐ろしく、クライセン公爵夫人は小さく悲鳴をあげた。

「と、ともかく、第五騎士団長であるテオ様については、こちらでもお話があるので…」

「あ、先王の庶子ってお話ですわね! クリス、見る目あるのですわ!!」

「へっ!? せせせせ先王の庶子!!!!?? 市井にいるってお話は噂で知ってましたけど、まさかテオ様がそうなんですか!!??」

「ちょっと、貴女達。……はぁ、もう良いわ。そうです、私も存在は知っておりましたが、どこの誰とは把握しておりませんでした。でもまあ、主人は知っていたみたいですけれど」

 クライセン公爵夫人のこめかみに血管が浮かび上がる。

「すっごい怒ってるのですわぁ」

「隠し事は離婚案件ですよ。修道院でよく聞きました」

 昨夜の事を思い出し、クライセン公爵夫人は扇子をぎりぎりと握りしめた。今にも折れそうである。

「問い詰めたら、あの人は私に、お前には関係ない何も心配するなとだけしか言わないで。この家で! とんでもない事を企てようとしていたのに!! 何も関係ないですってぇ!!」

 火に油を注ぐがごとく、アミルがペラペラと喋った内容をクライセン公爵夫人に教えてあげた。すると怒りの表情から真顔になった。人は限界突破すると表情がなくなるものである。

「……なるほど。だからなのね。昨日、主人を問い詰めた時、フェリクスとの婚約が既に解消されている書類が置いてあったのです。そしてミアとの婚約の書類も。日付が未記入のまま、……法務院の承認印が押されているものがね」

「おお、書類偽造。貴族の得意技ですわ!」

「得意技ではありません! 貴族は様々な特権を与えられています。だからといってそれを、無闇に振り翳しては、忽ち無法国家と成り果てるでしょう。己を律しすべき立場であるというのに」

 許せないとクライセン公爵夫人は言った。

「私的にはフェリクスと婚約が解消出来るなら、何だって良いのでしてよ」

「貴女って子は!! その後どうするのです! ランセル伯爵家は、鉱山の所有権を公爵家と共有財産にする事で、他から狙われないようにするつもりだったのです。公爵家子息の婚約者という後ろ盾がなくなった今、貴女はとても危険な立場なのですよ」

 ランセル伯爵家は狙われると言うクライセン公爵夫人に、アンネマリーは自信満々に言い放った。


「そこはこの超絶天才たる私に! 考えがあるのでしてよ!!!」


 クリスは嫌な予感がして、再び目から光を消した。

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