俺様>>会員達がおしゃべりする
石の中から人が現れるという異常事態に、ミアは唖然とする。公爵夫人と一緒に部屋を出れば良かったし、もしくは酔い潰れてぶっ倒れているテオを介抱するクリスに付き添ってもよかった。
だが何となくアンネマリーと石の様子が気になって、この場に残ってしまった己の選択を後悔した。
「うわああああんんっ!!! でんかああああ!! でんかあああ!!! それにしてもずっと、お会いしたかったですでんかあああ!!!!!!」
「俺様も会いたかったぞ、セバスチャン!! ハハハハハ、次元の壁を超えて来るとは流石俺様の家来!! フハハハハハハハ!!!!!」
「さすがですぞ殿下!! 超絶天才!!! 殿下! 殿下!! 殿下!!!!」
「フハハハハハハハハハッ!!!!!! ハーッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!」
突如現れた人影はアンネマリーと話した後で泣きつき、そうしているうちに声援を送り始めた。すっごく聞き覚えのある殿下コールに、ミアは意識を飛ばしそうになる。だがここで負けては、多分間違いなく、明日まで笑い声と声援が屋敷中に響くこと間違いなしである。
「うるさいわよ!!! ちょっと、どういうことか説明してちょうだい!!」
ミアの叫びに、ようやく笑い声と声援が止んだ。
「あ、すみません、ご挨拶が遅れました。僕は、セバスチャンと申します。殿下の忠実なるしもべ倶楽部会員No.1の座に着いておりまして」
知ってた。会員No.1とは知らなかったけど、知ってた。ミアは己の予想が当たっていた事に絶望した。嘘でしょついに来ちゃったのと、頭を抱える。
一旦目を閉じて、そうして瞼を持ち上げ目の前の青年を見た。
艶やかな黒髪に整った顔立ちだが、切れ長の瞳もまた黒く、まるで深淵を映し出しているかのような、なんというか目に光がまったくない。つまり目が死んでいる。
物腰が丁寧なだけ、なんか怖いわとミアは思った。
「そのですね、僕たち殿下の忠実なるしもべ倶楽部は、殿下が異世界送りの刑に処されてからというもの、一睡もせず水晶モニタで監視していたんです」
ミアは首を傾げ、今こいつなんて言ったんだと頭の上に盛大な疑問符を浮かべた。
「あ、水晶モニタというのは、別の場所の様子を映し出す便利な魔法道具だぞですわ。シードがよく動物が戯れる映像を見ていたのでしてよー」
「あ、はい」
アンネマリーが親切に解説を加えてきたが、違うそこじゃない、そうじゃない。
「一睡もせず?」
「はい、勿論ですぞ。僕らの殿下の様子を、見逃す事は出来ませんからね!ふふふ、殿下の取り巻きたる僕らは、サシャのつくったミラクル合法クッキーで栄養を摂りつつ、五徹くらい楽勝ですよ。ただ流石に六日目からは意識が朦朧として来ましたけど、新しい魔法を創造しましてね」
「おお!! さすがセバスチャン、創造魔法の天才ですわ!! すごいですわ!!」
「殿下が見出してくれたからですぞ! ちなみに新しい魔法は睡眠によって得られる休息を、他者から譲り受けるというものでして。僕達の睡眠欲を弟君の取り巻きに押し付け、眠らずにずっと殿下の様子を見守って来ました!!!」
得意げに話す内容に、ミアはドン引きした。え、それってさ、つまり、コレがアンネマリーになった時からずっとって言う事になるわけで。着替えとかトイレとかそういうシーンも含まれちゃうのよねと、顔を引き攣らせる。
元は成人済の男性だとか言ってたけど、でも今のアンネマリーは未婚の若い娘である。その生活の全てを、みだりに男に見せてよいものじゃない。しかも複数人にだ。
「あ、ご安心ください。水晶モニタは、未成年には見せられない場面は自動的にモザイクがかかる仕様ですし、音声もノイズが入るように作られてますので。我が国の魔法道具は、色々な方々に配慮してありますから」
見えないからといって、ずっと見守るって、それもどうなのだろうかと、ミアは思った。思ったがもうそこはいいやと諦めた。なんかセバスチャンが切々と語り出したからだ。
「あれはまだ、殿下がアンネマリーになった初日の事ですぞ。僕達が側に居ない事に落ち込んで、しかも可愛くなった姿を見て欲しいだなんていじらしい独り言を言ってくれてしまったので…」
セバスチャンは頬を染めている。アンネマリーも頬を染めている。ミアはそれを見て真顔になった。
「全員が水晶モニタに頭を突っ込んで、絶叫と発狂を繰り返すという事態に陥りました」
「魔法道具とかそういうのわかんないけど、アンタらがすごいやべぇ状態になったという事は良くわかるわ」
ミアの直感が、目の前にいるセバスチャンは関わってはいけない人種であると告げていた。こいつに比べれば、まだアンネマリーの方がマシに見えてくる気がしないでもない。
「その時気付いたのです。僕達の迸る熱い想いが、水晶モニタを通して、殿下の元に届いた事に…!!」
「どゆこと?」
「殿下への想いをコールに変えて、新しい水晶モニタの前で声援を送っていたら、僕達の魔力が吸われたように感じ、殿下の振り回したハンマーにその魔力が宿ったんです!! 結果、破滅の一撃が放たれてまして、いやぁ流石過ぎる殿下の勇姿を見逃さずに済んで良かったです」
「えへへ、そんなぁ、それ程でもあるのですわぁ」
「え、なに、屋敷を壊した真犯人なの? 類は友を呼び過ぎてない?」
その類友に己も含まれている事に、ミアは気付いていない。誰だって自分が一番常識人だと思っているのだから。
「そんなわけで、僕達はより熱心に殿下の様子を見守り続け、何かある度に殿下コールを繰り返していました。……異界送りという刑は、堕とされた魂にちょっとした困難が降り掛かるようにと、呪いが掛けられるのですよ。まあそれは、違う世界へと無理やり送り出す代償ともいえるものですがね」
だからアンネマリーは騒ぎを起こし続けているのかと思ったが、セバスチャンは普段からこんなでしたよと否定した。そこは否定しないでほしい。
「殿下は、困難を困難と受け取らず楽しんでおりますから。……だからこそ、流石殿下なのです!!!」
「オホホホホ!!! オホホホホ!!!!」
褒められて嬉しいのか、アンネマリーが上機嫌に笑っている。それを見たセバスチャンによる殿下コールが巻き起こりそうになったので、ミアはそれを阻止すべく話の続きを促した。
「これからも僕達は殿下を見守っていこう、そばに居られなくとも、殿下が元気に楽しく過ごせるのならばそれで良いと、そう思っていたのですが」
殿下の弟君、現在の皇太子殿下がやってきて、事態が急変したのだとセバスチャンは言った。謂れなき罪で投獄され、魔法も封じられたのだそうだ。
「さらには弟君は殿下に呪いを追加で付与され、僕達の記憶を奪い取ろうとしたんです。そして戸惑う殿下が、酷い目に合う様を鑑賞しろと、牢に繋がれている僕達に見るように強要してきて……」
セバスチャンは目を伏せ、大きく息を吐いて言った。
「悪趣味極まりなくて、我を忘れる程にブチ切れてしまったのです。それでつい、異世界転移の魔法を使っちゃって」
ついで使えるものなのだろうか、その魔法。
そんなミアの疑問に答えてくれたのはセバスチャンではなく、頭の中に直接響く優しげな声だった。
『ミア、ミア、聞こえますか? 私です、会員No.3のイラリオンです。異世界転移というものは、普通の人間には出来ません。彼が魔法使いとしての名門ラグナルス一族の中で、歴代最強と言われる程の魔力を持っていたからこそ出来たのですよ』
牢屋の周囲は魔力の暴走で吹き飛んで更地ですよという、いらない情報がミアの頭に流れ込んできた。
『あと別世界に行くという事は、己を構築しているすべてを別世界仕様に作り直さねばなりません。そう易々と繰り返せるものではない、つまり簡単に言えば、もうセバスチャンはこっちには戻れないって事です』
「えっ、戻って?」
『すみません、戻れません』
普通に脳内会話にセバスチャンが参加してきた。口は動いてないのに声が聞こえるとか、怖すぎるからやめてほしい。
『実はこれ、僕が殿下の忠実なるしもべ倶楽部の会員だけで、殿下情報を楽しくおしゃべりしたくって創造した魔法なのですぞ!』
『会員No.6もぜひぜひ殿下の新しい情報を伝えて下さいね』
『今迄話しかけるのも憚られたのですが、これからは是非とも。ミアお嬢様、頼みましたよ』
『殿下の好きなデザートのレシピ送りますから、作ってみて下さいね』
『殿下を守る為に、効率良く筋肉を鍛えるトレーニング方法教えますよ』
やめてやめて、一気に増えてる。聞こえる声が増えてる。本当にやめてと、ミアは頭を掻きむしった。
『そちらの世界は魔力があまりないので、私達の声をなかなかお届け出来ませんでしたが。セバスがそこに居るので、これからはいつでもどこでも! 私達の声と加護をお届け出来ますよ、ミア』
加護って何と恐る恐る聞いてみると、貴女が時たま発揮する凄まじい身体能力ですよと言われた。
『殿下をお守りする時に発動し、身体能力が格段に上がり、いわゆるゾーンに入る事も可能。ふふふ、これでも私、破門されても僧侶ですので、加護を与えるのは得意中の得意でして』
森のクマさんと戦った時とか、先程の庭を全力疾走し窓を蹴破った時とか、ミアの脳裏に色々な記憶が蘇り、そして言葉にならない叫び声を上げたのだった。
『ちなみに格段に上がる身体能力と引き換えに、全身筋肉痛になるのはお約束ですね。前回は倶楽部会員でもないのに、無理矢理に加護を与えたので倒れちゃいましたけど、今回はそんな事にはなりませんから』
「これこそ呪いじゃないのおおおおおおおお!!!!!!!!」
どんなに叫んでも、右手の甲の文字は消えない。