俺様<<ちなみに最終回じゃないです
神秘と魔法の王国トライアスにおいて、一流の魔法使いを輩出する名門一族ラグナルス家。
セバスチャンはそのラグナルス家の長男として生まれた。
幸いな事にセバスチャンには膨大な魔力が宿っており、生まれてすぐに判明したそれに両親は歓喜した。
この子こそ伝説となった大賢者ラグナルスの再来だと言って、セバスチャン・アルス・マグナ・ラグナルスという、御大層な名前を付けた。そうして幼い頃から膨大な魔力をコントロールする方法を取得させると、様々な魔導書を与え教育を施した。
だが成長していくに従って、両親の期待は失望に変わっていく。セバスチャンが不出来だったわけではない。いや、ある意味不出来なのかもしれない。
膨大な魔力を操れる才があるにも関わらず、セバスチャンの心根は脆弱であったのだ。夜はお化けが怖いと泣き、人見知りで同年代の子供にすら話し掛けられない。
魔法使いとしての才能があれば、多少の事は目を瞑るつもりだった両親だったが、人々に害をなすモンスターに魔法を放つのさえ怖がるセバスチャンに失望した。これでは何の役にも立たないと、躍起になればなるほど、セバスチャンは内に籠るようになり、魔法を使うのを拒むようになった。
セバスチャンが十歳になる頃には、両親は殆どの事を諦めており、親戚の子供達を屋敷に引き取り、熱心に教育を施していた。
両親からの期待を失ったセバスチャンの唯一の心の支えは、乳母がこっそりと買ってくれた絵本だった。乳母は高齢だった為、子供向けの絵本で何が良いかをさっぱり分かっておらず、最近人気だという店員の言葉を信じて、海賊の格好をしている子がサーベルを掲げている表紙の絵本を買ってきたのだ。
それが『魔法女海賊ストロベリーちゃんの大冒険』である。
どちらかといえば女の子向きな絵本だったが、それでも魔導書と学術書ばかり与えられていたセバスチャンには、とても新鮮で刺激的で、素晴らしいものだった。
絵本の中の女の子はいつも前向きで、どんなピンチも切り抜けて、楽しそうに笑っているのだ。仲間と一緒に旅をして、敵が味方になって、最後には宝物を見つけて。一生遊んで暮らせる程の財宝を手に入れたストロベリーちゃんは、貧しい農村に寄付して、みんなに感謝されつつ新たな冒険に旅立っていく。財宝の中から一番豪華な首飾りは、ちゃっかりと自分のものにして。
セバスチャンは最後の頁に描かれた、首飾りを付けて舌を出して悪びれていないストロベリーちゃんの笑顔に心を撃ち抜かれた。
自分もこの子と一緒に過ごしてみたい。
誰からも見向きもされなくなったその寂しさから、セバスチャンは自分もこの絵本の世界に行きたいと、強く思うようになってしまったのだ。
幼い心に宿ったその想いは、新たな魔法を創造するという熱意に変わる。だが一般的に見て何の役にも立たない魔法を創ろうとする息子を、両親は理解出来ず溝が生まれた。そしてその溝は、セバスチャンをストロベリーちゃんに夢中にさせ、さらに溝が深まる悪循環となっていった。
金は与えられていたセバスチャンは、ストロベリーちゃん絵本シリーズを全て買い揃え、どっぷりと沼に嵌っていた頃の事である。
王子殿下の遊び相手に歳の近い子供をという事で、セバスチャンは王家が開催する園遊会に連れ出された。両親はセバスチャンには期待しておらず、息子は病弱でと断ろうとしたらしい。だが将来は皇太子であろう我儘第一王子は、全員連れて来い、連れて来れない家には自分が行くと言い出して聞かない為、どちらにしても王子にお目通しされる事となった。
一度見れば気が済むのならと、そうして連れ出されたセバスチャンは。
園遊会で、予想通りぼっちになった。
元々人見知りであった上に、両親との不仲、周囲の人々の態度、それらが人間不信に拍車を掛けて、もうやだ帰りたいオーラを出し続けていたのだ。
しかしながらそんなセバスチャンに声を掛けてきたのが、第一王子殿下であった。愛されて甘やかされて育っている、キラキラとした王子様は、自分とは違う世界の生き物に見えた。
きっと物珍しさに声を掛けてきただけに違いないと、年下の王子様の話を適当に答えていれば、いつの間にか魔法女海賊ストロベリーちゃんの話になってしまっていた。というか、セバスチャンが話せる事は、それしかなかった。
いくら年下だとて、幼児向けの絵本の話をしたら、呆れて気持ち悪がられるだろう。話し終えてから、セバスチャンは身を縮こめて王子の反応を待った。
「ふうん」
たった一言。それだけであった。王子様はじゃあまたなと言って立ち去ると、飽きたと言って帰ってしまったのだ。もっともセバスチャンに話し掛けたのは一番最後であったらしく、王子様の気紛れは今に始まった事もない為、不始末をしでかしたと責められる事もなかった。
まあもう一生、話す事もないだろうと、そう思っていた翌日。王子様はセバスチャンのいる屋敷に突撃してきた。
遊びに来たと言い、セバスチャンにストロベリーちゃんの絵本を読みたいとせがんだのだ。
「母様に強請っても買ってもらえなかった! 俺様は天才だからな、持っている奴の所で読めば良いと思いついたわけだ。あとそれに、またなと言っただろ!! さあ遊ぶぞ!!」
あまりの勢いに断りきれず、セバスチャンは絵本を渡した。破かれたらやだなと思ったが、意外にも王子様は本を丁寧に扱っている。内心驚くセバスチャンに、王子様はニヤリと笑って言った。
「なんだその顔。ははーん、お前、俺様が本を乱暴に扱うとか思っただろ。だがしかし!! 俺様は人の宝物を無碍にするような奴とは、格が違うのだ!! 借りた本は汚さず折り目も付けたりしないぞ! さすが俺様、フハハハハハハハッ!!!!」
その日のうちに全シリーズ読破できなかった王子様は、また翌日になると遊びに来て、セバスチャンの隣で絵本を読んだ。次の日も、その次の日もだ。
そうしているうちに本の内容の話をするようになり、セバスチャンが創造しようとしている魔法の話になり。
王子様は一度もセバスチャンの事を呆れたり馬鹿にしたりはせず、凄いなと感心しきりだった。むしろ魔法が完成したら、自分も行ってみたいとまで言い出していた。
だからそんな王子様に、セバスチャンはでも無理なんだと努めて明るく言った。だってそうでもしなければ、泣いてしまいそうだったからだ。
「僕は、モンスターを倒せない弱虫だから……。せめてもっと人の役に立つ魔法を作り出せって、父様に言われてるんだ。いつまでも子供じみた事をしてないで、真面目に勉強しろって」
それを聞いた王子様は、子供なんだから子供っぽい事していて何が悪いと憤慨し、いまにも父親に詰め寄りそうだったので、セバスチャンは必死に止めた。納得していない顔のまま帰った王子様は、その翌日に満面の笑みでセバスチャンの前へと立ち、言ったのだ。
「フハハハハハハハ!! 喜べ! お前を俺様の取り巻きに、正式に指名してやるぞ!! 俺様の側でせいぜい媚びへつらうが良い!! 王宮で毎日一緒に遊ぶのだ!!!」
ポカンとしているセバスチャンに、王子様は周囲を見渡してからこそりと耳打ちしてきた。本人は内緒話をするつもりらしい。
「俺様は一番偉くて大事にされてるからな。俺様のそばにいれば、モンスターと戦う必要なんてないぞ。世の中にはモンスターと戦いたい奴がたくさんいるのだ。お前が弱虫だって問題ないし、自分の力は自分の為にあるのだぞ。ふふん、まあ魔法が出来た暁には、俺様もちゃんと連れて行くんだぞ!」
そう言って笑った顔を、セバスチャンは一生忘れないと思った。
だからそんな王子様に、セバスチャンはどうしても、世界を越えてでも、伝えたいことがあったのだ。
姿形は変わってしまったけれども、セバスチャンの前に立つのは、まごう事なき王子様であった。
「異世界送りの影響だな。今はお前が居るから、俺様の意識が強く出てるが、…すぐにまた交じり合って薄くなるだろうな。俺様であって俺様でなくなる、……天才ゆえに理解出来てしまうが。しかし寂しいものだ」
思い出まで消えてなくなるのはと、目を細めて言った。王子様の魂が入っている体の持ち主であるアンネマリーの自我は、すでに消滅している。
魂の中核たる自我が消滅し、外核だけが残ったそれに、異世界の魂を入れ込みまぜ合わせるのが、異世界送りといわれる禁術なのだ。だから段々と王子様の嗜好や行動は、本来のアンネマリーに寄っていくだろう。
「それでも、何かが変わっても、貴方は貴方ですぞ、殿下。……それに、それにもし、トライアスでの事を全て忘れてしまっても、僕がいます。僕が覚えていますから! これでも記憶力は良いですから、絶対に忘れません。だから殿下には、寂しい想いなんてさせませんよ」
目を丸くして驚いた後で、王子様はニヤリと口元を歪めて、それだけじゃ駄目だと言う。
「お前が覚えているだけじゃつまらないからな。……これから、俺様はこっちでも新しい思い出をどんどん作っていくぞ。良いな、セバスチャン」
腕を組んで満面の笑みを浮かべる王子様に、セバスチャンは勿論ですと答えたのだった。