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俺様>>どれすをてにいれる

 そういうわけで、ないのならある所から奪えば良い。むしろ、全て俺様の物、俺様に捧げられるのを光栄に思え的な思考から、アンネマリーは義妹ミアの部屋に突撃した。

 借りる気など最初からアンネマリーにはないのだ。


「失礼する! 超絶美少女なお姉様が、お前の服を貰い受けに来たぞ!!」


「えっ、…おね、お義姉様!?」


 バタンと勢いよく扉を開けたアンネマリーは、大声で宣言した。

 部屋の中には、優雅にお茶をしていたであろうミアらしき人物が、戸惑った様子で声を上げている。

 アンネマリーと同じ金髪であるが、あちらはストレートのサラサラ髪だ。可憐な容姿で、なるほど男心を擽る見た目であった。絶壁なアンネマリーとは戦闘力が違う。どこがとはあえては言わないが。

「いきなりどうなされたんですか、お義姉さま」

「よし、ローズ。クローゼットを開くのだ!」

 ミアの言葉を気にする事もなく、クローゼットを開くと、その中身を物色し始めた。

「あ、コレ良いかも。あ、これも俺様、いえ私にぴったり。むしろ私にこそ相応しい。あと、これとこれ、あ、これなんて私が着ないとドレスが可哀想」

「ちょっ、えっ、…ちょっと、何してんのよ!?」

 唐突な出来事に、取り繕っていた態度を変えて、ミアが詰め寄ってきた。まあ庶民出だし、言葉遣いもこちらの方がしっくりくるなとアンネマリーは思った。

「何って、私に似合うドレスを貰ってあげる為に、わざわざ来てやったんだ。感謝するが良い」

「はあああああっ!!??」

「だってこの俺様、いえ私が着た方が似合うでしょう。アクセサリーも私の方が似合ってるし、超絶可愛いし。あ、これも貰ってやる…、貰ってあげますわ、オーホホホホ!!!!!」

 今迄何をしても直ぐに諦めたり、ミアに譲っていた義姉の突然の暴挙に固まってしまった。

 そうしているうちに、クローゼットの中身をほぼ強奪されかけた為、ミアはアンネマリーを睨みつけながら叫んだ。


「お、お義父様に言い付けてやるんだから!」


 今迄はこれを言いさえすれば、アンネマリーは俯いて全てミアの言いなりとなっていたのだ。それにミアがちょっと甘えた声で義父に言えば、アンネマリーが叱られるのが常だったのである。


 だがアンネマリーは立ち止まると、口の端を持ち上げて、ニヤリと笑った。

 無表情で気弱なアンネマリーには、到底似つかわしくない、太々しい笑みに、ミアは一瞬怯む。


「そのお父様とやらが帰ってくるまで、あと何日あると思う?」


 アンネマリーの言葉に、ミアはハッとした。朝早くから義父は領地へ視察に行くといって出掛けたのだ。母は二週間かそこら帰ってこないだろうと言って、ちょっと遊びに行ってくると小旅行へ行ってしまっている。

 多分だが母も数日は帰って来ないだろう。


 そう、つまり、この屋敷には今現在、使用人を除いては、ミアとアンネマリーしかいないのだ。


 だからといってこんな暴挙許せるわけがないと、ミアはアンネマリーの肩を掴もうとした。だが、バチッという音と共に手に痛みが走り、ミアは思わず悲鳴を上げた。

「なっ、何!?」

「邪魔をするな。あんまり煩いと、……痛い目に合わせるぞ」

「ひっ…」

 アンネマリーには女性に優しくするという考えはない。優しくするのならば、誰にでも優しくするべきだし、刃向かってくる相手には、性別関係なしに全力で戦う次第である。

 手を叩かれたミアは、アンネマリーの暴力に怯えた。

 なにせアンネマリーは由緒ある貴族の娘で、平民如きがなんて言ってのける選民思考バリバリの性格であったからだ。特に売春婦であったミアの母親を毛嫌いしており、薄汚い売女だなんて言葉を何度も聞いた。

 けれども父親の決定には逆らえないらしく、穢らわしいと言わんばかりの表情を浮かべながらも、ミアの母親に不満や暴力を向けたことはなかったのだ。もちろんミアにも優しく接することこそが、余裕ある貴族だという態度を崩さない。

 それが腹立たしくて、ついアンネマリーの物を奪ったりして、悔しがる顔をみて溜飲を下げていたのだけれども。


 何よこれ、別人じゃない。


 ミアは昨日とはまったく違うアンネマリーに気付き、そしてそれが恐ろしくて、を抜かしてその場に崩れ落ちたのだった。

「なんだ、口ほどにも無い。おい、お前、子分にしてやろう」

「はっ? 何言ってんの」

「この世界での俺様の子分一号だ、光栄に思え」

「俺様…、俺様ってなによ! っていうか、別人みたいに…、あ、あんたお義姉様じゃないわね!!」


 思いの外よくわかってるじゃないかと、アンネマリーは感心した。どうやら勘も鋭いようだ。そういった人物は嫌いではない。

 アンネマリーは不敵な笑みを浮かべると、ミアに近付いて囁いた。

「よく気付いたな。褒めてやるついでに教えてやろう。アンネマリーは死んだぞ」

「……はぁっ!?? なに言ってんのよ! じゃあ、アンタは何なの……」

 ミアの視線が、アンネマリーの腕へと向けられた。包帯から滲む血に、ミアの顔色が真っ青になる。

「…うそ、嘘よ。だって死ぬような事なんて、何一つなかったじゃない」

 ミアの言葉に、アンネマリーの目がスッと細まった。何を馬鹿な事を言っているのだと、嘲るような表情を浮かべながら、口を開く。

「お前にとってはそうでも、アンネマリーにとってはそうじゃなかっただけだろ」

 そんな事も知らないのかと、アンネマリーはミアに言った。なのにミアは、聞き分けのない子供のように、首を横に振るだけだ。

「だ、だって、だって、別に死ぬ様な事じゃないじゃない! たかが婚約者が浮気したくらいで、そんな、それくらいで…!!」

 蹲ったまま頭を抱えたミアは、だってだってと繰り返す。

「何日もご飯を食べれなくてひもじい思いも、汚いから近付くんじゃないって追い払われる事もないのに。立派なお家も、あったかいベッドも、お世話をしてくれる人もいるのよ!」

 そんなの知るかとアンネマリーは冷めた視線でミアを見下ろしてから、これ以上はどうでも良いとばかりに部屋を出た。

 人が死を選ぶ理由は様々だ。どうしてそれを選んだかなんて、本人しかわからないし、その理由を他人が理解出来るわけがない。アンネマリーが自死を選んだ事だって、新生アンネマリーにはさっぱり理解できやしないのだから。


 ただまあ、状況から多少なりとも推測は出来る。同情する気は一切ないが。


 自分がアンネマリーの体に堕とされたのは、彼女を取り巻く状況が、元の世界での婚約者であった少女に似ているからだろう。元の世界にて、夜会で婚約破棄を言い渡した公爵令嬢だ。


「なんて可哀想な私ちゃん、だな」


 なんて可哀想な私ちゃん。

 それはアンネマリーが元の世界での自身の婚約者を呼ぶあだ名だった。己の不幸に酔って何もしない女で、アンネマリーは彼女が大嫌いだったのだ。


 可哀想な私ちゃんも確か、後妻とその子供に虐められ、父親からもぞんざいに扱われていた。屋敷の使用人にも虐められていたのではなかっただろうか。その境遇を思いやれず婚約破棄をして辱めたのが、アンネマリーの罪だそうだ。

 そもそもアンネマリーは、元婚約者の性格が嫌いであった。だが最初から嫌いであった訳じゃない。

 婚約者候補として顔合わせをした時、そういう家同士の繋がりで結婚させられるのはお断りであったが、それでも最低限度の礼儀は欠かさなかった。

 アンネマリーは元の世界では、高貴な血筋の才能溢れる優秀な人物であり、鈍感で馬鹿ではなかったので、幼いながらも可哀想な私ちゃんの境遇が何かおかしいなぁと感じてはいた。

 だからこそ、顔を合わせた時に何か困ったことはないかと聞いてやったのだ。言いたいことがあれば言えば良いのに、可哀想な私ちゃんは何もありませんとしか言わない。交流のためのお茶会では無表情、少しは笑えと言っても淑女としてはしたない真似は出来ませんと返ってくる。

 周りに人がいるから言えないのかと、連れ出して二人きりで問うても同じ。助けが必要かと聞いても、私は大丈夫ですの一点張りである。

 なのに最後の最後で、可哀想な私ちゃんはアンネマリーの元の世界での弟に支えられながら、どうして気付いてくれなかったんだと、少しでもわかって欲しかったと、言ってきたのだ。察しなかったのが悪いと言わんばかりに。


 なんたる無茶振り。


 つまり可哀想な私ちゃんは、自身の境遇を聞かなくとも察してやり、無闇矢鱈に使っちゃいけない権力を振り回して、他人の家庭事情に無理矢理に介入し、強引にでも助けて欲しかったようだ。


 我儘、阿呆、傲慢、まあ色々な呼び名で嘲られていたが、他人の家に口を出すだなんてそんなの無理だろと思うほどの暴挙を要求されていたのだ。これが好きな女ならまだしも、好きでもなんでもない相手、さらには元の世界での己の素行を咎める事しかせず、取り巻き連中とは付き合うななんて言ってくる女に、そこまでしてやる義理もなかった。


 嫌ならば、声を上げなければわからないのだ。自身の痛みは、自身にしかわからない。耐えられる度合いというのは、他者とは比べられないのだから。


 だからアンネマリーは思うのだ。同じ様な境遇に堕とされたところで、自分は結局自分であり、なんて可哀想な私ちゃんのような行動を取る事もなければ、嘆き悲しみ悔い改める事なんてありはしないのだと。


 山のようにドレスとアクセサリーを抱えたローズを引き連れて、アンネマリーは意気揚々と新たな自身の部屋へと戻ったのであった。

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