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俺様<<…………………………

 クリスが胸を押さえながら、普段のアンネマリーを思い出しなさい私惑わされないでとブツブツと呟いている。

「はぁ…はぁ…、大丈夫よ私。これは高笑いをして松明を振り回す女。落ち着いて、偶に見せるこういう所が、可愛いって思ってしまって、私は、私は…!!」

「クリスってばそうしていると、なんだか……、あれ?」

 何だか、誰かに似ていると思って、その名前をアンネマリーは言おうとした。けれどもそれが誰なのか、思い出せない。可愛い少女の絵姿を見て、今のクリスみたいにこうぶつぶつといっていた人が、側にいたような気がするのに。


 父ではない。義母でもない。ミアも違う。フェリクスは断じてない。



 一体誰だろうと、アンネマリーは眉を寄せた。

 この違和感、数日前から少しずつ大きくなっていっている。大切な事を忘れてしまっているようで、何かがおかしい。何かが足りないのだ。

 自分の名前だろうか。いや自分は、ランセル伯爵家の娘アンネマリーだ。義母と義妹ミアに虐められて、婚約者のフェリクスがミアに心変わりして、それから。

 思い出す自身の事柄に関して、アンネマリーはどうにも実感が薄いと思った。まるで誰かの書いた文を読んだだけのような、そんな気がする。

 そもそもアンネマリーは自分の事を超絶天才だと思っている。なのに幼少の頃からの記憶に実感がない。これは由々しき事だし、自分の身に唯ならぬ事が起きていると推測した。


 こういう時に相談できる相手が、自分には確かにいた筈なのに。


「どうしたんですか、アンネマリー。お菓子でも食べ過ぎてお腹痛くなっちゃいました?」

「おや、具合でも悪いのですか?」

 アミルが同年代の子息との会話を終えて戻ってきて、心配そうに声を掛けてきた。

「アンネマリー、少し休みましょう。きっと疲れたんですよ」

 そう言ってメイドを呼び、アンネマリーを連れて屋敷の中へと行ってしまう。クリスも同行を申し出たが、皇太子の護衛からやんわりと断られてしまった。

 一応ここは公爵邸であるので、良からぬ事は起きない筈だけれども、クリスは何か胸騒ぎがしてならなかった。



 次から次へと現れる貴族に辟易し、被っていた猫が限界に近付いてきた頃、ミアの前にフェリクスが現れた。さり気なくミアを東屋へと連れ出してくれ、漸く一息付けた。

「大変だったね、ミア」

「ありがとうございます、フェリクス様」

 ミアをエスコートしつつ、飲み物を渡してくれるフェリクスは、文句のつけようのない貴公子だった。

 しかしながら、様子がおかしい。何となく居心地が悪そうな、心ここに在らずというような感じなのだ。

「……私じゃなくて、お義姉さまについていても良いのですよ、フェリクス様」

「…え、いや、アンネマリーは…、アミル皇太子殿下が付いているから……その」

 言い淀み目を逸らすフェリクスに、ミアはピンと来た。女の勘が告げている。


 コイツ何か隠してやがると。


「…フェリクス様、正直にお答えになって。アミルカル皇太子殿下に、何か言われましたか?」

「い、いや、別になにも。君が心配すべき事は、何もないよ」

 思い切り目を逸らすフェリクスに、ミアはじとりと鋭い視線を向ける。フェリクスはアンネマリーから隠れてミアと会っていた時にも、このような態度をとった時が何回かあった。

 大抵それは、ミアとアンネマリーとの約束が被り、どうしてもアンネマリーを優先させなければならない時とか、こうだったのだ。

「私ではなく、お義姉さまに何かあるっていうのですか?」

「そういうわけじゃ…。それにミアは聖女になったのだから、公爵家が後ろ盾になるという話が、王家と…」

「それで、お義姉さまはどうなるの!?」

 目を逸らしたフェリクスが、でも王家がと繰り返している。

 フェリクスの父親は王弟だ。勉強嫌いなミアでも知っている事で、兄弟仲が悪いのも噂で良く聞く。けれどもそのいざこざに、自分達を巻き込むなとミアは思った。

「あ、アミルカルが、聖女かランセル伯爵家か、どちらかを選べと言ったんだ。ち、父は、聖女をと」

「それでお義姉さまはどうなるの? アミルカル殿下の婚約者にでもなるわけ!?」

「それはない! 公表はされてないが、アミルカルには婚約者候補がいるんだ。だからその…、アンネマリーがそうなる事はないっていうか…」

 それならばどうして、そこまでアンネマリーに拘るのだろうか。フェリクスにジリジリと詰め寄り、いつの間にか東屋の柱まで追い詰めていた。

「とっとと話しなさいよ!!」

 壁ドンならぬミアの壁ゲリに、フェリクスから小さな悲鳴が上がった。猫を被っていれども、ミアは元は路地裏で生活していた浮浪児のようなものだ。つまり素はお淑やかでも何でもない。

 話さなければ潰すと言わんばかりにもう一度壁を蹴ると、フェリクスは漸く口を開いた。

「……ランセル伯爵領で、新たに資源になりうる鉱山が見つかったという報告があった。王家としては聖女も鉱山も、どちらも欲しいところだろうけど。何方かを譲れと」

 公爵家は王家に対して負い目があるんだと、フェリクスは言った。

「アンネマリーの方を強く所望したのは、アミルカルだ。……理由は、多分。私の婚約者だから」

「…だから、どうしてそうなるのよ」

「アミルカルは、昔から! 私の物を欲しがるんだよ!! 玩具も、本も、親しくしていた友人も、全てだ!! 理由はこっちが知りたいくらいだ!!」

 フェリクスの叫びに、ミアは身に覚えのあり過ぎる内容に、顔を歪めた。だってミアもそうだったからだ。義姉であるアンネマリーが憎くて羨ましくて、彼女の物を次々と奪っていった。その顔が歪めば良いと、悔しがれば良いと、そう思って。

 まさかアミルカルも同じ気持ちをフェリクスに抱いているのと、手を握り締める。

 ともかく今は、アンネマリーがどうなるのかを聞き出さねばと、ミアはフェリクスを見詰めた。

「……それで王家は、お義姉さまをどうするつもりなの」

「王家の人間を婿入りさせるのだろう。私との婚約を解消させるにしても、穏便にではない。酷い醜聞を撒き散らして、王家が手を差し伸べるという手を使って」

「でも、王家にはアミルカル皇太子殿下しかいないでしょう。一体誰を…」

「一人居るんだ。先王の庶子が、私の叔父に当たる人物が、一人だけ。既成事実でも作るかもしれないし、……もしくは」

 フェリクスの言葉に、昨夜見た夢を思い出す。

 アンネマリーの元の世界での弟は、無様に泣き叫べとか、絶望しろとか、そんな事を言っていた。

 そうしていきついた最悪の予測に、ミアの喉がヒュッと鳴る。


「ああミア! 良かった、やっと見付けました!!」


 慌てた様子のクリスがやってきて、壁に追い詰められているフェリクスを見てお取込み中でしたかと、焦っている。

「はわわ、恋の三角関係続編ですか!? あ、いや、それよりも、アンネマリーの様子がおかしくて、皇太子殿下に連れられて行ったのですけど…! 同行を断られてしまって、何だか嫌な予感が…」

「何ですって!?」

 まさか今日この日に、何かしでかすのかと声を上げる。

「ちょっと、この事は公爵夫人は…」

「か、母様は何も知らない…っ。父様が、黙っていろと…」

「よく分からないけど、それって絶対あとで離婚案件になるやつですよ!? えっ、えっ、えっ、ど修羅場ですか?」

「ど修羅場中のど修羅場よ!! クリスさん、お義姉さまはどこに連れてかれたかわかる!?」

「屋敷の中に戻って行くのは見ましたけど…」

 ミア達は今、庭に出てしまっている。屋敷に戻るには、人の多い庭を突っ切るしかない。だが今日の主役と言っても過言ではないミアが行けば、招待客に取り囲まれるのは必須。

 そして目立ってしまっては、屋敷で何かあると周囲に知らしめるようなものだ。

「クリスさん、クライセン公爵夫人にお義姉さまがヤバいって伝えて! 公爵がやらかしたって言えばきっと伝わるから!!」

 ミアは徐にドレスを託しあげ裾を縛ると、ポイと靴を脱ぎ捨てた。


「フェリクス様、私を選んでくれてありがとうと言いたいけど。選んだのならそんな後悔する様な顔と態度、取らないで欲しいわ。あなた結局、自分が悪者になりたくないだけじゃない。私もお義姉さまも王家に渡したくないのなら、どっちも自分が娶りたいんだとか、父親に言えば良いじゃないの」


 貴方には言えっこないわねと吐き捨てると、ミアは裸足で走り始めた。公爵家の庭木には白銀の垂れ幕が掛かっているので、ミアの姿をうまく隠してくれた。庭木の影に隠れつつ屋敷へと疾走すると、一番近くの木によじ登る。

 非力なアンネマリーにだって木に登れるのだから、ミアに出来ないわけがない。

 ミアの右の手の甲が淡く光った。それは本人すらも気付かない、小さな小さな光であったが、それがミアの体全体に広がった。まるでミアを護るが如くだ。

「ああ、もうっ! 私にこんな事させてぇ!!! 絶対に、絶対に、絶対に!!! 許さないんだからね!!!」

 木の上から飛び降りた勢いで窓を蹴破り、招待客にバレずに屋敷内へと侵入を果たしたのであった。 

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