俺様<<ミア、皇太子に気を付けて、ミア、…ミ…あ
白銀をモチーフにした装飾が施され、公爵邸の庭は今日だけは皇太子アミルカルの色に染まっていた。今回、クライセン公爵夫人がわざわざ、園遊会の開催場所を提供したのには理由があった。
クライセン公爵は現王の弟、つまりはアミルカルの叔父に当たる。現王が王位を受け継いだ時に、公爵領を賜ったのだ。現王と公爵の産みの母である王妃も一緒に。
元王妃、つまりは太后はかなり性格に難があった。次男である公爵を可愛がるあまり、死ぬまで多方面で問題を起こし続けた結果、公爵家と王家の間にちょっとばかり溝が出来てしまったのである。
その溝を何とか埋めて、息子のフェリクスに平穏な公爵領を継いでもらいたいと、クライセン公爵夫人は必死に尽力しているのである。王家直轄地として取り上げられたくはない。
「叔父上、叔母上、今日はありがとうございます!」
アミルがやってきて挨拶と感謝の言葉を述べた。優しげに見えるが、幼いながらに侮れない皇太子に、クライセン公爵夫人は何とか表情を取り繕った。
甥が何を考えて、フェリクスの婚約者であるアンネマリーを籠絡しようとしているかはわからない。だが決して、アンネマリーにとって良い事ではない。
この国では、高位貴族の娘ほど、自由に生きる道筋がない。庶民ならば働くという手段が選べるが、貴族の女は結婚していなければ、家庭教師という職にすら就かせてもらえないのだ。
そして聖女となったミア。彼女はその称号を得て、公爵家に嫁げるだけの資格を手に入れた。けれども、母親の職業と生まれで、きっとこれからもひどい言葉を投げつけられるに違いない。公爵夫人の立場では、それらに傷付いても、涙を見せることすら許されないのだ。
だから心穏やかに過ごせる相手と添い遂げてほしいと、そう思ってしまう。少しの間一緒に過ごしたあの二人の娘の事を、認めたくはないが気に入っているのだ。貴族同士の見えない諍いで使われる、駒になどさせたくはなかった。
「アンネマリー、そのドレス、とても良くお似合いです」
「オホホホ、私ですもの当たり前でしてよ!」
ドレスを褒められ、アンネマリーは上機嫌に笑った。やはり称賛されるのは良い事だと頷いていると、アミルが少しだけ眉を寄せて不満げな顔をする。
「でも僕が贈ったドレスの方が、もっと似合うと思うのですが」
「それはないですわね!!」
アミルが贈ってきたのは、王家の紋様が刺繍されたドレスだった。刺繍は素晴らしかったけれども、デザインがどうにも古臭い。これは現王妃が婚約発表をする時に着ていたものに似ていると、公爵夫人が言っていた。
アンネマリーは物凄く気に食わないが、いまだフェリクスの婚約者である。婚約者がいるのに、他のに手を出すのはちょっとと考える貞淑さを持ち合わせていた。手は出さないが目を付けるくらいはしちゃうかもしれないけども。
なのでアミルの用意したドレスを着る意味を理解して、絶対に着ないと突っぱねたのだ。
「私に似合うのはもっと可愛いのでしてよ! あの鈍間のフェリクスも、変なドレスを贈ってきたので、突き返してやりましたわ!! 今着ているのくらい、可愛いのをよこしやがれですわああ!!!!」
バッサリときって捨てたアンネマリーに、アミルは一瞬だけ顔を引き攣らせるが、すぐに取り繕った笑みを浮かべた。
「はは、手厳しい。次からは貴女が気に入るドレスを用意するようにします」
「まあ、それなら宜しくてよですわぁ。殿下、始まるまで時間があるから、私の孔雀を見せてあげましてよ」
「いえ孔雀は後でみますから」
「頭に乗せて周りをあっと言わせてやるつもりだったのに、どうしてもダメって言われたんですわ。アミル殿下が乗せて良いと言えば、きっと話題を独占出来るのでしてよ! まずは一目ご覧になって!!」
「僕の話聞いてますか、アンネマリー」
強引にアミルの手をひいて、アンネマリーは孔雀がいる庭の一角へと向かった。見た目が良いので庭に放されているのだ。一応柵があり、不用意に近付けないようにはなっている。
孔雀はタイミング良く羽を広げ、美しい色彩と模様を見せてくれた。
「やっぱり格好良いですわぁ! 頭に乗せたら話題独占ですわぁ!! ねえどう思います、アミル殿下」
アンネマリーの声に、アミルはハッとしたように顔を上げた。
「あらあらあらぁ、孔雀の格好良さに見惚れちゃったんですかなのですわぁ」
「べ、別にそういうわけでは…」
「オホホホホ! 別に誤魔化さなくとも、素直に言えば良いのでしてよ!! 頭に乗せて見せて周りたいくらい格好良いと!!!」
頭には乗せたくないですと、アミルはキッパリと否定した。
「ですが、そうですね。綺麗だと思います」
「オホホホ! フリージンガー侯爵家から譲ってもらったのですわ! クリスがどうせお父様は集めたいだけ集めて世話なんてしてないし、二、三匹いなくなっても気にしないからと言ってくれたのですわ」
ちなみに数日経った現在、まだ気付かれてないし代わりにクリスが欲しがっていた子犬が増えている。その子犬は、昨日はフリージンガー侯爵の鬘をくわえて庭ではしゃいでいたそうだ。
クリスがテオ団長に話した事を、見回りルートで侯爵家の次に公爵家前を通る為、アンネマリーに教えてくれる。アンネマリーが窓から話し掛けて、クリスはどうしてるかしつこく聞いているからだが、本人は気付いていない。
「…あ、そうですか。それ僕が聞いても良いんですかね」
「聞いたら悪いことなんてあるんですの?」
「鬘はデリケートな問題なので」
「ふうん、じゃあ今日は鬘の当てっこゲームはなしですわね」
何だそれはと顔を引き攣らせるアミルに、アンネマリーは暇潰しに最適なのだと教えてあげた。こういう貴族の集まりは退屈な時間が多いのだ。大人ならば挨拶回りに人脈作りと忙しいが、アンネマリーはまだ未成年である。
しかしながら小さい子供達に交じって遊んでいては、周囲から叱りを受ける。別に怒られたってアンネマリーが遊ぶ事を遠慮する道理なんてないが、公爵夫人からくれぐれも大人しくなさいと言われたので、少しくらいは言う事を聞いてあげようと思ったのだ。なのでやる事もなく、大人の振りをして意味もなく立っていなきゃならない。
そしてそれは隣に立つ皇太子とて同じである。アミルもまた未成年。挨拶の後は特にやる事もない。だからこその暇つぶしを提案したのだけれども。
「うーん、それじゃあクリスが婚活しているから、良さげなの見繕うのを手伝ってなのですわ! 一人目が駄目だった時、二人目、三人目と用意してあげるのもありでしてよー」
「僕が縁組を取り持つのですか? そういうのは…」
「んもう、そうじゃなくて! 悪い噂を聞くか聞かないかとか、基本的な情報を教えてくれれば良いんですの! もう、皇太子殿下が縁組を取り持っちゃったら、クソヤベェ下劣野郎と婚約する羽目になっちゃうのでしてよ!」
「え、はい」
「まったくもう、皇太子殿下もお子ちゃまなんですわねぇ」
腕を組んだアンネマリーが、やれやれという表情でアミルを見た。それに対して少しばかり不服なのか、微笑んでいる顔を歪めて、ムッとした表情を浮かべている。
「……………」
ボソリと、アミルが何かを呟いたが、聞き取る事は出来なかった。そうしているうちに、メイドがアンネマリー達を探しに来たので、孔雀の鑑賞と暇潰しゲームに関する話は終了した。
招待客が続々とやってくるのを見ながら、アンネマリーはやっぱり自分が一番目立っていて可愛いわと、一人悦に入った。こういう時、いつも声援を送ってくれる連中が。連中が?
「……あら、私にそういう付き合いがあったかしら? なんだか、うーん」
ちなみにアミルは現在、挨拶回りを終えて同年代の貴族の子息達とお話中である。アンネマリーの役目は、貴族子女に群がられないようにガードしつつ、アミルが公爵夫人にちょっかいを出さないように見張る事なので、アミルから遠くもなく近くもない距離をキープしていた。
「アンネマリー、ご機嫌よう」
優雅な笑みを浮かべて、クリスが話しかけて来た。侯爵の娘として申し分ないドレスを身に纏い、メルボブン修道院に行儀見習いに行っていた彼女は、その他の貴族子女から羨望の的になっていた。
暫く群がる貴族子女を相手にしていたようだが、ようやく切り上げてアンネマリーの所へとやってきたのである。
「今日はミアも大人気ですね。なかなかお話に行けないで寂しいです。はぁ、テオ団長も朝の見回りにいなくてお話出来なかったし。…色々と残念」
「オホホホ! なら私が相手をしてあげても良いですわよ!」
「ふふふ、ありがとうございます、アンネマリー」
「そういえばカリーナはどこですの? まぁ、今日も可愛さで勝つのは私と決まりきってるのですわぁ」
「………昨日、孔雀よりド派手にしてやると意気込んで、森のクマさんの毛皮を頭に乗せようとして、怪我をしたので欠席です」
クリスは目から光を消して、クマさんはどこまでも追いかけて来るのとぶつぶつと言っている。
「身の程を知らぬからやらかすのですわぁ! お子ちゃまはコレくらいで我慢すべきですわぁ」
「あら可愛いらしい。アンネマリーが作ったのですか?」
どこからか取り出したか、アンネマリーの手には小さな宝石の刺繍が散りばめられた、リボンが握られている。
「オホホホ、この私とお揃いなのでしてよ! 光栄に思うと良いですわぁ。クリスにも差し上げますわ! カリーナには失敗作の方をあげるのでしてよ!」
「ずいぶんいっぱい作ったんですね」
「……お、おともだちとお揃いとかしてみたくて」
「はうわぁ!?」
いつもの自信満々な姿ではなく、モジモジとしながら頬を染めて言うアンネマリーはドレス姿も相俟って大層可愛かった。クリスが胸によくわからないダメージを食らうほどに、可愛かった。