俺様>>侯爵家で女子トークする
「私、運命の出会いをしちゃいました!」
恋する乙女の顔で、クリスは先程から熱心にアンネマリーとミアに語り掛けていた。どストライクの男に出会って大興奮のクリスに、ミアは私もフェリクス様に入れ上げてた時こんなだったのかもと、己の昔に思いを馳せている。
「テオさまって素敵です!! はぁ、独身ですかねぇ!? 独身だと良いなぁ! 恋人もいないと良いなああ!!!」
頬を染めて先程からそればかり言い続けているクリスに、アンネマリーがビシッと指を挿して言った。
「クリスったら考えが甘過ぎの大甘でしてよ! 顔良し! 身分良し!! 条件良しの男が独身の場合!!! 絶対に何かやべぇ欠点があるのが世の常なのですわぁ!!!」
「誰からの入れ知恵よ、それ」
「オホホホホ!! 私の素晴らしき見識によるものでしてよ!!!」
セバスチャンは魔術師の名門の家に生まれ、実力も才能も抜群だが、魔法女海賊ストロベリーちゃんしか女性として興味がない。アンネマリーからして見ても、格好良い所謂美形に分類されるのに、絵姿に愛を囁く姿は一般的に見てやべぇ欠点である事は間違いなかった。
確かここ数年は、絵姿のストロベリーちゃんのいる絵本の世界に行きたいと言い続けており、物語の中に入り込む魔法を構築しようと頑張っていた。自然に風を巻き起こしパンチラして恥じらう姿を見たいと早口で捲し立てていたが、果たしてあれはどうなったのだろうか。
金を積んで作者に見たい絵姿描いて貰えばと言ったら、そうじゃないんだと激怒されたのも良い思い出である。
セバスチャン曰く、大好きなストロベリーちゃんが動いている姿を目の前で見たいので、そういう意図で最初から描かれている絵が欲しい訳じゃないのだそうだ。小声でいや欲しくないわけじゃないけどもとか、別に不埒な真似をしたい訳じゃないんですよとか言っていたけれども。
アンネマリーとしては、そういう所も面白くて良いなとしか思わないのだが、周りは頭がおかしいと言い続けていた。
ちなみに元の世界でアンネマリーとその取り巻き達は、顔くらいしか良い所がない奴らと言われていたので、まあそういう事である。
「……ああ、うん、うん。顔だけは良かったわよね、アンタ達」
「何だか知っているような言い方ですわね。ミアは会った事はないのではなくて?」
「アッタコトナイデスワタシチョットマチガエチャッタ」
「んもう、想像力豊かな子ね。お馬鹿さんなんだから」
あれはただの夢、現実とは関係ないと、ミアは己の右手の甲から視線を逸らし必死に言い聞かせた。ちょっとでも気を抜けば、またあの声が聞こえてくるような気がしてならないのである。これ以上、アンネマリー関連の人間と関係を深めたくはない。
「不安になるような事言わないで下さいよ、アンネマリー。……万が一、公爵夫人のようなやべえ姑が居たとしても、私負けませんから!! フリージンガー家の人々の厄介さで慣れてますもの!!」
「おお、その意気込みは良しですわよ、クリス!!!」
「やべえ姑筆頭になってるの、公爵夫人が知ったら怒ると思うけど」
両手を握りしめやる気を見せるクリスに、アンネマリーが声援を送る。それを若干呆れた目で見ているミア。三人はキャッキャしながら午後のティータイムを楽しんでいた。
「ちょっと!! 良い加減になさい!!!!」
「そうよ、お姉様!! いきなり来てなんなのよ!!!!」
そんな楽しいひと時を打ち砕くヒステリックな声が、室内に響いた。声の主はクリスの母であるフリージンガー夫人と妹のカリーナだった。
侯爵邸にやって来た時、騎士団を見て大層怯えていたのだが、討ち入りに来た訳じゃないとわかると、早々にクリスに向かって喚き散らしていたのだ。
だがクリスは気にする様子もなく、どうぞと笑顔でアンネマリー達を招き入れ、応接間へと行きお茶と軽食を用意してと使用人に命じたのである。
最初は侯爵が用意せずとも良いと言ったのだが、クリスが聖女さまにお茶も出さないだなんてと反論し、押し黙った。聖女が現れたという話は、アミルカル皇太子によって、速やかに王都の貴族にへと通達があったのだ。園遊会でお披露目するが、それまでは余計な手出しはするなと釘を刺すのも忘れずに。
それ故に、園遊会より前に聖女と面識が出来ることは、侯爵家としてはとても有難い事でもある。自身の立場と利益、それから長女への憤りを天秤に掛け、侯爵は三人を屋敷内に迎え入れることにした。
それに対して異を唱えたのが夫人と妹であった。侯爵が仕事で席を外した後で、こうしてやって来て先程からよくも分からない文句を言っているのである。
「うるさいですよ、お母さま。それからカリーナ。お客様の前でぎゃあぎゃあ騒ぐだなんて、みっともない。カリーナもどこかで、お行儀見習いでもしてきたらいかが?」
嗜めるクリスの言葉に、夫人が面食らったように動きが一瞬止まった。
クリスがこの様に言い返すのなんて、予想していなかったに違いない。
「ああそれから、今度開かれる皇太子殿下の園遊会、私も参加しますからね。こちらの聖女ミアと、義姉アンネマリーの友人として、アミルカル殿下から是非にご一緒にと言われているので」
言われてないけど言われたようなものだし良いかと、クリスは思った。貴族的な言い回しで、こういう事は多々あるのだから。アミルがクリスをただの修道女としか見ていなかったかもしれないが、それは気付かないアミルが悪いのである。
以前はそのような思考をせず、善良に生きていたクリスであったが、今は利用出来るものはすべて利用するつもりだ。
「何よそれ!? お姉さまがアミル殿下とお知り合いになる筈ないじゃない!」
カリーナが信じられないと叫ぶが、クリスは知り合いなのよと返せば、今度はずるいと言い出した。
「酷いわ! それなら皇太子殿下が来た時、私に知らせてくれても良いでしょう! お姉さまの意地悪!!」
「クリス、貴方は姉なのだから、もっと妹を大事になさい」
「カリーナとお母様って、こんなに頭が悪かったの…?」
クリスが驚愕しつつ放った言葉に、カリーナが喚き散らした。
「お姉さまばかりズルいわ! 私だって皇太子殿下とお話ししたいのに…!! 私が未来の王妃になるかもしれないのに…!!」
「え、王妃になりたいの? カリーナでは無理よ、馬鹿だもの」
クリスは呆れたように言ったが、カリーナが酷いと泣き叫んだ。
「まあまあクリス、別にお馬鹿さんでも王妃くらいは出来ましてよ! お馬鹿さんなら周りが支えてあげればよいのですわ!! ね、ミア!!」
「そこで私の名前を出すのはどういう事よ? お馬鹿さんって言いたいの?」
「オホホホ、それがわかるなんてミアは賢い子ねぇ」
「クソ腹立つわね、アンタ」
「まあまあミアはともかくとして、そこのお前。良い加減うるさいからお黙りになるのですわ!!」
アンネマリーからの言葉に黙る程、カリーナは躾をされていない。甘やかされて育てられたのを、クリスは身を持って知っているのだ。
「お姉さまのお友達も酷いわ! どうしてそんな事いうの!!??」
「うるせぇからだと言ったのですわ!! ……クリス、もしやこの子は言葉を理解する知能をお持ちでない?」
「ええと、…そうですね、知能はないと思います」
クリスはやや考えた後で肯定した。それを見てカリーナが、酷いと叫び、応接間を飛び出していった。
「クリス、貴女って子は…! 血も涙もないの!?」
「えっと、血も涙もありますけど、カリーナに優しくする気がないだけですよ。安心して下さい」
何一つ安心できない事を平然と言って退けたクリスに、夫人がなんて事と叫び、そしてカリーナと同じように部屋を飛び出していった。
それを見ていたミアは、強烈なご家族ねと呟く。
「ええ、修道院に行くまでは、これに兄と婚約者が加わって、総勢四人に責められ続けたんです」
「うわぁ」
「そんな顔してますけど、お話を聞く限り、ミアとアンネマリーも相当じゃないですか?」
それはそうだけどと、ミアはグッと押し黙った。なにせアンネマリーがアンネマリーになってしまった原因の一端は、ミアにもあるのだ。
「オホホホ、どこの家も何かしら問題があるって事でしてよ! お茶のおかわりを所望致しますわ!!」
「お客さまにお茶を。それからお菓子とケーキも持ってきてちょうだい。何しているの、早くしなさい!」
クリスの言葉に、メイドが慌てて動き出した。この屋敷にいた時、クリスはいつも萎縮してメイド達にすら怯えていたように思う。
クリスはずっと、怖かったのだ。
誰かに嫌われる事が。誰かを不快にさせる事が。
どうして自分は、家族にそんな思いをさせてしまうのだろうと、身を竦めて己の至らなさを責め続けた。
今にならばわかる。血が繋がっていようがいまいが、関係ないのだ。この人達はただただクリスが気に食わないだけで、何をしたって不快になる。それだけなのだ。
今までのクリスだったら、何か言われてもごめんなさいと謝っていただろう。
でももうクリスは、大人しくやり過ごすのはやめた。だって大人しく押し黙って耐えた結果が、アレなのだ。何も悪い事をしてなくとも、アレなのだ。
アレ(夜道を高笑いしながら松明を振り回す女性を背負って疾走)に比べれば、だいたいの事は怖くなんてなかった。
そして好き勝手に行動しているアンネマリーとミアを見て、自分もそうしようとクリスは自然に思ったのだった。
「園遊会にテオさま参加されるかしら? やだもう楽しみ。はしたないけど大胆に迫っちゃおかな、ミアさんの真似して」
「遠回しに私をはしたないとか言ってるわよね、アンタ」
二度と我慢する気のないクリスは、存分に今を楽しむ気満々であった。