俺様>>騎士団と知り合う
「私達の修道院ではもう、貴女に教える事はありません。まだ一週間も経っていませんが、メルボブン修道院で立派に学んだ事を証明する書状を授けましょう。さあ、お帰りになって! 聖女ミアが居るなら寂しいだろうから一緒にいる? ならば聖女にも授けましょう! え、薬草クッキーがほしい? 勿論ですとも、差し上げます! バケツ一杯差し上げます!!! だからさあ、さあお帰りになって下さい、お願いします!!!」
エルヴィーラ院長が必死に懇願し、アンネマリーはメルボブン修道院を出る事となった。申し込んだのは二週間コースであったが、そんなに長くいなくても大丈夫と太鼓判を押されたのである。
まあアンネマリーとしても、戒律に従った食事メニューに辟易した所だったので、ちょうど良い。
「私って超天才ですから、どこに行ってもこうなっちゃうのよねぇ、オーッホッホッホッホッホッホ!!!! 私ってばまた何かしちゃいましたかしらですわああああ!!!!!」
「いや思いっきりまた何かしちゃってるから、お義姉さま」
奇跡だなんだと持て囃された聖女の称号ですら、アンネマリーには勝てないのかと、ミアは遠い目をした。
「薬草クッキーのレシピも覚えたし、万事オッケーなのですわ!!!」
「もうそれで良いわ。はぁ、それでお義姉さま、このまま公爵邸に帰るの?」
「うーん、せっかく外に出たのだから、もう少し遊びたい気分でしてよ」
帰り支度をするアンネマリー達に、クリスが声を掛けた。
「あの、それなら私の家に遊びに来ませんか?」
「クリスさんの家って、フリージンガー侯爵家って言ってなかった? でも、家族とは縁を切ったって」
「切られたようなものですけど、完全に貴族籍から抜けた訳ではありませんから。まだ私はフリージンガー侯爵令嬢ですよ。帰ってくるなとは言われましたけど、法的にはなんの効力もありません」
昨日のうちに手紙を送ってあるからと、クリスもまた帰り支度をしている。
「園遊会に出て、二度と森のクマさんに出会わない生活を掴み取る所存です」
固い決意に、ミアは無言で頷いた。
「オホホホ、なら目的地は決まりましたわ! いざフリージンガー侯爵邸へ!!! 存分に私をもてなしなさいませでしてよー!!!!」
と言っても、アンネマリー達は真っ直ぐに向かわなかった。王都の街中に着いたのが、ちょうどお昼だったからだ。修道院の馬車は、アンネマリー達を王都の通りで降ろすと、即座に帰還していった。
「お腹が空いたのですわー、何か食べたいですわー」
良い匂いのする屋台に、アンネマリーの目は釘付けだ。
「私お金なんて持ってないわよ、お義姉さま」
ミアもアンネマリーも、街で買い物をする時は使用人が一緒にいる為、現金など持ち歩かない。そもそも現金でやり取りする庶民向けの店には行かなかった。
「私も持ち合わせが…。屋敷に行けば用意してもらえるかとは思うんですけど」
最後の期待を込めてクリスを見たが、修道女として慎ましく暮らしていたからか、現金はないとの事だった。
「まったくもう、いつも何かあるべきと考えて行動するべきでしてよ」
「そうね、アンタといるとすごく必要な考えね。一回ぶん殴って良い?」
「オホホホホ、まったくもう乱暴で野蛮な子ねぇ、ミアったら」
「アンタの方が野蛮じゃないのぉぉぉぉ!!!!」
「お、お二人とも、落ち着いて! 道の往来で喧嘩しないで! ね、ねえ、やめて下さいってばあああ!!!」
騒ぎが始まってからというもの、屋台の店主はどうしたものかと困り果てた。店の目の前でやられている為、声をかけて良いものか一般市民は誰もが遠巻きに見ているのだ。そんなに欲しいのなら三本くらい無料でくれてやるから、どこかに行って欲しいと思ってしまう。
しかし明らかに貴族の娘二人、そして修道女一人。串焼きを渡して後で何かしら言われて商売が出来なくなったら、さらに困った事になるので、どうにも動けずにいた。
「お嬢さん方、そこで騒いだら迷惑ですよ。一体、何を揉めているんです?」
そんな三人に声を掛けたのは、王都の治安維持を担っている王立騎士団の青年だった。第五騎士団のエンブレムが描かれている腕章を付け、騎士団員の隊服を身に付けている。
赤みがかった茶い髪が風に靡いて、鋭い目付きは獅子を彷彿とさせる雰囲気を持っている。だが纏う空気は穏やかで、強者の余裕のようなものが見えた。
精悍な顔付きの好青年の登場に、まずクリスがやられた。どストライクの好みだったようで、やだ私ったらすみませんと恥じらいながら謝った。
そしてミアは、チヤホヤされるのなら幾らでも猫を被れる女である。騎士団つまり私をチヤホヤしてくれる集団と認識し、すみませぇんと甘えた声で謝った。
ここ迄は、青年を前にして女性達の大半が取る行動である。青年が別に好みではないにしろ、騎士団に注意されたら大抵の人間は大人しくなる。
のだが、おもしれー女枠じゃないやべえ女枠第一位たるアンネマリーの反応は違った。
「ちょうど良いわ! そこのお前!! お金をよこしなさい!!!! この私に献上するのですわああああ!!!!!」
王立騎士団なら王宮に出仕するだろうし、それならアミルカル皇太子に言って後で金を返して貰えば良いという考えからの、アンネマリーの発言である。一介の騎士団員が気軽に皇太子に話し掛けれるものではないが、元の世界で皇太子をやっていた時に気軽に声を掛けに行っていたので、アンネマリーの常識としては有りであったのだ。
突如として貴族の娘に金をせびられた騎士団員は目を丸くした後で、いやあのと困った表情を浮かべた。
「文句を言われたりするのはあるけど、金を強請られたのは初めてだな…」
「お義姉さまがすみませんっ!!」
「ご迷惑をお掛けしまして、申し訳ありません!!!」
「んもう、さっさとよこせなのですわ!! この屋台の串焼きが買えないのでしてよ!!!」
アンネマリーが手を差し出して怒れば、青年は興味深そうに見下ろすだけだ。
「……俺に金をせびるより、あっちの店の主人に寄越せと言った方が早いんじゃないか?」
「はあん!? お前、馬鹿ですの!? まったくもう、商売をしている人に無料でくれだなんて、そんな事したら…」
「そんな事したら?」
「みんな私を羨ましがって見習ってしまうじゃないですの!!! まあこの私が!! 魅力的だから!!! 店の主人が無料で献上するのもわからなくもねー事でしてよぉ!!! でもでもでも、それじゃ商売が成り立たなくなってしまいますものねぇ!!! 王都中のお店が潰れてしまうのですわ!!! それをわかっちゃってる私ってば超天才だから!!! お金を払って買うんですわ!!! オーッホッホッホッホっホッホッホ!!!!!!」
アンネマリーとしては、目の前の男から借りた金は一旦アミルカルが立て替えて、園遊会の時にでも返せば良いかくらいのノリである。
「さあさあおよこしなさいなですわ!!!」
「なんだか訳のわからんお嬢さんだなぁ。まあここは俺がご馳走するから、取り敢えず屋台の前から退きましょうか」
そう言って青年は串焼きを三本、屋台から買い取った。それをアンネマリーに差し出すと、どうぞと言って笑った。
「少し話しただけで、名も知らぬ者すら魅了しちゃう私の魅力が!!!! 恐ろしいですわああああ!!! でもさすが私なのでしてよ、オーッホッホッホッホっホッホッホ!!!!」
「元気なお嬢さんだな、ほんと。あ、一応名乗っておこうか。俺は第五騎士団の団長を務めているテオバルト・レーガーだ。周りからはテオとかテオ団長とかで呼ばれてる」
「団長さまなんですか!? その若さで凄いです…!!」
クリスが感心した声を上げると、テオは頭を掻きながら言った。
「まあアレだ、一応爵位があるから団長を任されているだけでして。平民出身の団員が多いから、そいつらの御用聞きみたいなものですよ」
面倒を押し付けられると言うテオに、大変ですねとクリスとミアが労いの言葉を掛けた。彼女達に自身が面倒な存在であるという自覚はない。類は友を呼んじゃうので仕方ない。
「テオ団長、そろそろ良いですかね?」
「お、今行く。それじゃあお嬢さん方、気をつけて帰って下さいね」
馬を引き連れている団員らしき男に話し掛けられ、テオが立ち去ろうとしたのを、アンネマリーが引き止めた。
「どこに行くんですの?」
「へっ、どこって、そりゃあ王都の見回りですが。一応治安維持が任務なので」
「ふーん、それじゃ貴族街も行くのですわね?」
「まあ一応」
「なら私達を馬に乗せるのですわ! ついでにフリージンガー侯爵家の屋敷まで連れて行くのでしてよ!」
アンネマリーの提案に、テオがうちは乗合馬車じゃないんでと断った。当たり前の対応である。しかしそれに引き下がるアンネマリーではない。
「どうせ見回りルートなのでしょう。ふふん、貴族街を見回るのは隊長と副隊長、そして乗馬が出来る貴族の三男坊とかその辺の連中だってのは、お見通しでしてよ! 貴族の面倒に巻き込まれた時に対応出来るのを厳選してるのですわね」
アンネマリーは腕を組んで得意気に言った。
「困っている私たちを乗せて、屋敷まで送り届けてもなんの問題ないのでしてよ!」
「そういう問題じゃない気もするんだがなぁ…。それに今回は新人教育も兼ねて、いつもより大人数で行くから、お嬢さん方を乗せてると示しがつかないんですけどねぇ」
「つべこべ言わず乗せるのですわ! さあさあさあ!!!」
テオは頭を掻いてため息を吐いた。爵位があれど一般市民とほぼ大差ない身分である。侯爵家に連なる貴族の娘など、どう対応するのが正解かなどわからない。
仕方ないと腹を括り、テオはアンネマリーを馬上に乗せたのだった。
一方で、クリスが送った手紙が届いたフリージンガー侯爵家では、長女の帰りを苛つきながら待っていた。数年ぶりに素知らぬ顔で戻ろうとしている恥知らずを追い返そうと、侯爵や夫人が息巻いていたのだ。
その惨めな姿を一目見ようと、クリスの妹もまた同じく待ち侘びていた。その三人に、執事が慌てて帰って来たと知らせた。
「何をそんなに慌てているのです」
「いえそれがそのクリスティーネお嬢様が、騎士団を引き連れて討ち入りに…!!!」
盛大な勘違いが発生した。全てアンネマリーの罠である。