俺様<<あ、ちなみに私は会員No.3イラリオンです
『その場所は魔力が濃いので私の声が聞こえやすいようです。ああ本当に良かった会員No.6ミアにはこれからも殿下の…』
「エル院長おおおお!! 私!!!! 何にも聞こえませんでしたあああああ!!!!!」
ミアは何もなかった事にした。これは幻聴だ、クマさんと戦ったせいで疲れているんだと己に言い聞かせ、水場から出ようとしたその時だった。
『会員たる証が授かれるように、祈りを捧げますね、ミア』
そんな言葉と共に、ミアの体が光に包まれる。周囲の修道女は聖女さまの奇跡だわとザワついているが、ミアは心の底からいらねえと叫んだ。
光が消えると、ミアの手の甲に見た事もない文字が肌の上に浮かんでいる。
「これは、聖なる文字に違いありません!! ミア、まさか本当に聖女だったのですね!!」
「違います、違いますうううう!!!!」
「急いで王宮に報せなくては! 昼のうちに騎士の一人を呼んでありますから。ああ、奇跡を目にする事が出来るなんて…!!」
「待って!! お願い待ってええええ!!!!!」
感激しているエル院長は、ミアの叫びなど聞こえていなかった。周囲の修道女達は口々に感激の声をあげているが、ミアはそれどころじゃない。
「違うのよおおお!! 神さまじゃないのよおおおお!!!!」
「まあミア、そこまでわかるのですか? …本物なんですね、貴女の力は。修道院にのみ伝わる話では、声は神のものではなく御使いからのお言葉だったとありますから…」
最後の頼みの綱であるクリスに詰め寄るが、余計に聖女認定されてしまった。ミアは頭を掻き毟り、絶叫したのだった。
「いやあああああああああああああああっ!!!!????」
「オホホホ、ミアったらあんなにはしゃいで。楽しそうですわぁ」
ミアの元気な姿を見て、アンネマリーは満足げに頷いた。元気なのは良き事である。セバスチャンをはじめとして、自分の友人達は元気にしているかなと思いを馳せた。
この修道院に来てからというもの、少しずつ薄れていった元の世界での記憶が、再びハッキリしてきたのだ。アンネマリーは超絶天才なので、その原因はなんとなくわかっている。
アンネマリーは魂だけを抽出されてこの世界に堕とされた、いわば不安定な異物である。本来のアンネマリーの魂だけがなくなった体に入り、此方の世界に無理矢理存在している。
それが段々と馴染み、十五歳の少女アンネマリーとして存在を固定されたのだ。元の世界での記憶なんてものは、この世界には必要のない異物である。
だからこそ、アンネマリーがアンネマリーとして過ごせば過ごす程、元の世界の記憶がなくなっていくのだろう。
「…セバスチャン、サシャ、イラリオン、シード、…リュート」
彼らとの思い出もいつか消えてしまうのだろうなと思うと、寂しくて堪らない。でも覚えている限り、彼らが楽しく元気に過ごしている事を祈ろうと、アンネマリーは思った。
「ふふん、それにセバスチャンは、ちょっぴり弱虫ですものね。虐められてないか心配ですわ。サシャは心配性だし、イラリオンは変人だし、シードは脱いでるし…。リュートは仕事を押し付けられてそうで……、ぐすっ」
彼らとの記憶が鮮明になった分、アンネマリーは様々な感情が込み上げてきて涙ぐんだ。
「いやあああああ!!!?? コワイコワイコワイ!!!?? 何なんなの窓が割れるようなこの音なにいいい!!!???」
まあすぐにミアの叫び声によって、吹き飛んだのだが。
「聖女さまっ! どうなさったんですか!?」
「聖女さま!! きっと神託が降りているんだわ!!」
「やめてええええ!!!」
夜空にミアの叫び声だけが延々と響いたのだった。
そんなこんながあった翌日、聖女再臨のお祝いにちょっと豪華なプディングが朝ごはんに出たので、アンネマリーは機嫌が良かった。
「オホホホ、ミアも偶には役に立つのですわぁ」
「……もう声が聞こえないから、やっぱりなかったことにならないかしら」
肉とソースの詰まったプディングは、スパイスが効いていてとても美味しい。やっぱり肉は最高ですわとアンネマリーは思い、そして横でぶつくさ言っているミアの分も食べてあげたのだった。
「ちょっと、人の分食べないでよ!」
「いつまでも手をつけないから、嫌いなのかと思ったのですわ! 感謝しなさいなのですわああああ!!!!」
「もうおおおおお!!!」
「いつも通りのお二人ですね」
騒ぐミアの横で、クリスが笑っている。クリスとアンネマリー達は同室であるので、食事をとる席も一緒であったのだ。
「だいたい何をそこまで悩んでいますの? ミア、これで大手を振ってフェリクスと結婚できるじゃなないかですわぁ。公爵家の本で読みましたけど、聖女は存在するだけで国に繁栄を齎す存在だそうでしてよ。まあ、この私には敵いませんけどねぇええええ、オーッホッホッホッホッ!!!!」
「ほんといつも通りですね」
「お義姉さまはほら、…アレだから」
深くため息を吐いたミアは、いまだに気落ちしている。だが少しして、真剣な顔で訊ねて来た。
「ね、ねえ。…お義姉さまの、前のところのお友達にさ。その、黒髪の人っていたりするの?」
「…黒髪。セバスチャンの事かしらですわ」
アンネマリーにいつも色々な事を教えてくれるセバスチャンは、神秘と魔法の王国トライアスでは珍しい黒髪の持ち主であった。
それを答えると、ミアはやっぱアレ夢じゃないのと頭を抱えている。変な子ねえとアンネマリーは首を傾げたのだった。
「エル院長さま…!! 騎士様だけじゃなく、こここ、こ、皇太子殿下が、皇太子殿下が…!!!」
転がるように食堂に入ってきた修道女が、エル院長に駆け寄った。その言葉を聞いて、物静かな威厳あるエル院長すらも、悲鳴のような声を上げている。
「アミル皇太子殿下が来たのかですわ。暇人だわ〜でしてよ」
そんなわけないでしょとミアが呆れた目でアンネマリーを見た時、修道女がさらに言葉を続けた。
「あとフェリクス公爵子息様も来てます!!」
飲んでいたお茶を思い切り吹き出したミアであった。
「汚いですわねぇ。いくらマナーなんて関係ないと言っても、口に入れたものを吐き出すのは、ちょっと嫌でしてよ」
「いやフェリクス様来てるわよ!!」
「ミアにでも会いに来たのではないかしらですわ」
「婚約者はお義姉さまでしょ!」
そのやりとりを見て、クリスはどういう複雑な経緯があるのか聞いてきた。クマさん撃退作戦以前には有り得ない積極性である。
「鈍間なクズなので、あんなのとの婚約は解消するのでしてよ。ちょうどミアと好きあってるし、聖女になったからちょうど良いのではなくて? オホホホ、まあでも、ミアに公爵夫人の嫁イビリに耐えられるかわからんがなでしてよぉ」
「……フェリクス様は優しくて好きだけど、うん。ちょっと総合的に見てなしかなって、思う気がしてきて…」
「オホホホ、婚活市場に参戦ですわね、オホホホ!!」
「そういうお義姉さまはどうするのよ。婚約解消なんてしたら、それこそ…」
「ええ、それこそ私の魅了に惑わされる老若男女が巷に溢れてしまいますわね! オーッホッホッホッホッホッホ!!!!!!」
違うそうじゃないとミアは思ったが、まあアンネマリーだし良いかと考え直した。だってほら、アンネマリーだもの。
そんなアンネマリーとミアのやりとりを見ていたクリスが、意を決したように口を開いた。
「…あの、その、私も婚活市場とやらに参戦したいのですが…!」
どういう心境の変化だろうかとミアが訊ねれば、クリスはとても綺麗な顔で微笑んだ。
「私、もう森のクマさん避けの為に、高笑いする女性を背負って、夜道を疾走したくありません。嫌われていようとも実家に帰って、貴族と結婚して街で生活したいんです」
「それはそうですね」
ミアは大いに同意した。
「それならクリスも一緒に参加するのですわ! お見合い園遊会に…!!」
「お見合い園遊会ですか!? そ、そんな催し物があるんですね」
「ないから。お義姉さまが勝手にそう言ってるだけだから、クリスさん」
何故かやる気になっているクリスに、ミアは皇太子殿下が主催のだと伝えた。後で知ったら可哀想過ぎるからだ。
「あ、それなら、きっと。私の実家にも招待状が届いているかと思います。家族単位で呼ばれますから、私も参加資格はありますね」
「えっ、クリスさんってどちらの貴族様?」
「私はこれでも、フリージンガー侯爵の娘なんですよ。……ええ、そうです。この王国の南方を統べるフリージンガー侯爵家の長女なのに、…本当にどうしてこうなったのかしら、ふふふ」
クリスの目から光が消えている。やだなんか怖いとミアは思った。
そして。
『…おやこれは、セバスが良く言う闇堕ちというやつですね』
「唐突に!!! 話し掛けて!!!! 来ないでええええ!!!!!!」
聞こえたくない声が不意に頭の中に響いて、ミアは絶叫した。昨日の声は無かった事にしようとしたのに、なんでこんな突然に聞こえて来たのかと頭を掻き毟る。
「聖女さまが神託を受けているのでしょう。ほら、手の甲の文字が光り輝いていますから。まさに伝承の通り、すごいですね、ミアさん。もしかしたら王家の方と婚約する事になるかもですよ」
「オホホホ、ミアには無理でしてよ! お馬鹿さんですもの!!! 身の丈にあったのを選ばないとですわぁ」
「はぁ」
何だかなあという顔で、クリスは笑った。破茶滅茶で呆れてる事も多いけど、アンネマリーには好感を持ってしまっていたからだ。
「さあクリス! 園遊会に行くのならば、作戦会議ですわ! この私が、良き相手を見つけるコツを教えて差し上げてよ!!! オーッホッホッホッホッホッホ!!!!!!」
「それは是非、知りたいです!!」
「ちょっとこの声聞かなくする方法ないの!!!??」
食堂で大騒ぎをしている三人の許に、新たな報せを修道女がもたらした。
「あの、お二人とも。ランセル伯爵が面会に来られたのですけれど」