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俺様>>クマさんげきたい作戦を行う

 メルボブン修道院は、かつてこの国に居た聖女を祀っていた。とはいえ、聖女が存在したのは百十数年程前で、実在し国母となった歴史上の人物であった。不思議な力があったとは言われているが、それがどこまで事実なのかはわかっていない。

「その、その聖女さまが、その。街でやっている劇とかで、小動物と歌い戯れるシーンが良くあって、それに憧れてた子で…」

「餌付けしてたのね。なんつう迷惑な」

「で、でも、森のクマさんに出会ったら、大騒ぎしたと思うんですけど」

「出会わなくとも、小動物の食べ残しを頂いていた可能性もありますわよ。森のクマさんだって、楽して美味しいものが食べたいのですわ」

「えっ、あ、じゃあ、森のクマさんの向かう先って」

「最終的な目標は、メルボブン修道院でしてよ!!!」

 ビシッと指をさして宣言するアンネマリーに、クリスは蒼白を通り越して死人のような顔色になった。

「早く院長さまに知らせないと…!」

「ちょっと待ってよ、森のクマさんが向かうのが修道院なら、私たちも危ないんじゃない?」

「でも、院長さま達に何も知らせないのも…。それに一番近い集落まで、歩いて一時間は掛かります。助けを求めるにしても、この夜道じゃもっと掛かるだろうし、そっちに森のクマさんが現れる可能性も…」

「逃げ道ないじゃない! どうすんのよ!!」

「私に考えがありますわ!!!」

 自信満々に声をあげるアンネマリーの考えは、絶対に碌なもんじゃないとミアは思った。



『……ア、……ア、ア、………ア、…ミア』



 ぞくりと、ミアの背筋を悪寒が走った。だがすぐに気の所為だろうと思う事にした。だってそうじゃなきゃ、こんな狂った状態に耐えられそうにない。

「オーッホッホッホッホッホ!!!!! さあ行きますわよ!!!!!」

 前にクリス、後ろにミア。そして二人が手を組んで作った足場にアンネマリーが乗っている。つまりミアの目の前にはアンネマリーのお尻しか見えない。地獄である。

 そしてアンネマリーの両手には、その辺で拾った枯れた枝に、修道女服を破って松脂を塗り付けて作った松明が握られていた。

「自分より大きなもの、そして炎を怖がる筈!! これで修道院まで行けば!!! 恐れ慄いて森のクマさんも近寄ってきませんわ!!!!」

 獣以外も近寄ってこないと思う。けれども口を開いたら、上に乗ってるアンネマリーの尻が顔にぶち当たるので、ミアは押し黙って走り出したクリスについて走った。


「オーホッホッホッホッホッ!!!!!!! オーホッホッホッホッホッホ!!!!!!!!」


 クリスは走りながら思った。

 沈黙は美徳であり、嫌な物事はそのうちに何処かに通り過ぎていく。余計な口出しは、自身の立場を更に悪くするものだ。そう思って生きてきたのだけれども。


 ない、これはない。黙ってやり過ごしたって、何にも良くないと、クリスは松明を持ったアンネマリーを担ぎながら実感した。


 クリスは実家では家族から、特に母から嫌われていた。理由は口うるさい伯母に似ていたからだ。そんな事、クリスにはどうする事も出来ないので、押し黙って母からの辛辣な言葉をやり過ごした。

 そんな母の態度を嗜める事もなく、その場を乱すクリスを父親は毛嫌いするようになり、両親の態度を見て兄や妹もまたクリスを嫌った。でも容姿なんてどうする事も出来ないから、クリスは黙って俯き、婚約者から不細工と言われ兄と二人で馬鹿にされ笑われても、やっぱりクリスは黙っていた。


 今なら思う。クリスが伯母に似てるのは血縁だし、むしろ父親と血が繋がっている証ではないか。

 というか父がうるさい伯母を黙らせないからクリスに皺寄せが来てるのだし、妹を不細工という兄の横っ面をひっぱだいて、ベッド下に隠している思春期少年の秘密を暴露してやればよかった。そして生意気な妹もお黙りと往復ビンタして尻叩きの刑に処すればよかった、と。


 修道院に来てからも、クリスは貴族の娘だから真面に何も出来やしないと侮られ、いまだに雑用しかさせて貰えない。クリスより後に来た平民の修道女は、すでに雑用を卒業している。クリスが仕事を教えたというのにだ。

 周りから侮られるクリスは、短期間のみの限定見習いの修道女にすら軽く見られていた。餌付けをしていた子にだって注意したのに、そういえば全然反省した様子もなかった。

 クリスはそれを院長に訴えた事もあったが、先輩である修道女の判断に一任していると言って終わってしまった。だからクリスは、そうなのねと何とか自分を無理やり納得させたのだけれども。


 その結果が、コレ。


「オーッホッホッホッホ!!!! 修道院までもう少しでしてよ!!!!!!」


 修道女の服を短く破って、足が丸出しの格好で、背中にヤベー女を背負って、夜道を疾走する。森のクマさんに対する怯えより、クリスはこんな理不尽な目に合う己に憤った。



 修道院にたどり着くと入り口の所には、エル院長が立っていた。

「貴女達、その格好は…!!??」

「森のクマさんが出たのですわ!!! 至急立て籠りするのですわ!!!」

「何ですって…!?」

 エル院長の顔が途端に険しくなった。早く中に入りなさいと言ったその瞬間、奥から悲鳴が聞こえてきた。

「院長さまっ!! 中庭に…中庭にっ!!!」

 走ってきた修道女の様子から只事ではないのが見てとれた。アンネマリーは飛び降りると、松明を持って走っていく。

「ちょっ、ちょっと、お義姉さま!」

「ミアとクリスは、ありったけの油を持ってくるのですわ!!!」

「何をする気です、アンネマリー!!」

 院長の制止の声を振り切り、アンネマリーは中庭へと向かった。するとそこには森のクマさん、否、害獣たる熊が居た。中庭の畑の作物を食い荒らしていたのだ。

 その様を見ていた修道女の一人が、堪らず叫び声を上げた。すると熊の注意が其方に向き、興奮して突進しようとしている。

「こっちでしてよ!!! 私の方が魅力的でしてよー!!!!!」

 アンネマリーが中庭の木に登り、その上から石を投げ付け注意を引き付けた。熊は当然、アンネマリーのいる木へと向かってくる。

「今のうちに逃げるのですわああああ!!!! とっとと礼拝堂に行くのでしてよ!!!」

 礼拝堂は古くからあるものだが、頑丈な石造りである。扉も重厚な物で出来ており、例え熊でも破って入っては来れないだろう物であった。

「お義姉さま、油あああ」

 二階の窓から顔を出したミアが叫び、その後ろはクリスがいる。手には油の入った壺を抱えていた。「そこからぶっ掛けるのですわああああ!!!!」

 アンネマリーの合図と共に、窓から油が撒かれる。それを見て、手に持っていた松明を油に濡れた熊へと投げつけた。

「燃えやがれですのよおおお!!!」

 熊が満足するまで大人しくやり過ごすという手段もあった。だがアンネマリーは、今回はそれは悪手であると直感した。

 何せこのメルボブン修道院は人里離れている。クリスが言った集落まで、日中に助けを求めに行くにしても、その道中で襲われたら終わりである。そして籠るにしても、備蓄食料がどれ程持つかわからないし、そもそも熊が食料を狙っているのならば、アンネマリー達が衰弱して食料になる未来しか見えない。

 だからこその、敢えての対決であった。アンネマリーとて、この非力な身で熊と戦うだなんて物凄く無謀なのは分かっていたのだ。分かっていても、少しでも生き残れる可能性の方に賭けたいのが、アンネマリーの性分であった。

 火に包まれた熊が、熱さから逃れようと暴れ始める。そしてアンネマリーの登っている木を攻撃して来たのだ。

「えっ、あ、これ、まずいです!! アンネマリー!!!」

「お義姉さまああああ、こっち、こっち飛び移って!!!」

「ひぎゃああああああっ!!!??」

 メキメキと音を立てて、アンネマリーの登っている木が傾いていく。枝から二階へと飛び移ろうとしたが、あと少しの所で届かなかった。

「お義姉さまあああああ」

 このままでは地面に叩きつけられ、アンネマリーが熊の餌食になってしまうと、ミアが必死に手を伸ばした時だった。


『……ア、…ア、…ミ…ア、ミア、ミア!』


 再びいつか聞こえた声が、ミアの頭の中に響き渡る。その瞬間、ミア以外の世界が静止し、落ち行く途中のアンネマリーの腕を、がしりと掴む事が出来た。

「なっ、なにいまのって…、重いいいいい!!!」

「離すんじゃありませんことよおおお!!!!」

「クリスさん手伝ってえええええ!!!!」

 アンネマリーの腕を掴んで少しして、すぐに世界は動き出した。ミアの手にはアンネマリーの全体重が掛かっていて、今にも千切れそうなくらい痛みを発している。

 なんとかアンネマリーを引き上げようとしたが、今度は折れた木が此方に倒れて来た。アンネマリーをぶら下げている今、回避など不可能である。

「きゃああああああっ!!??」

「こっちに来るなでしてよおおお!!!!」

 もう嫌だとミアが叫んだ瞬間、凄まじい突風が巻き起こり、木の倒れる方向が変わった。

『グアアアアッ……』

 ズウンと重い地響きが、獣の断末魔と共に響いた。熊は木に押しつぶされ、そのまま火に包まれ焼け死んだのである。

「た、助かった…の?」

「私の作戦勝ちですわあああ!!!!」

「んなわけないでしょう、馬鹿!!!!」

 ミアは気が付いたらアンネマリーに怒鳴っていた。なんて無茶な事をするのと、涙目で。その顔を見たアンネマリーは、ミアから顔を背けた。そしてボソボソと、悪かったですわと小さな声で謝罪した。

 こんな時だけ小声になるなんてと、ミアはまた怒りが込み上げてきて怒鳴ろうとしたが、それは叶わなかった。夕食も食べず走り回ったからなのか、目を回して卒倒したからだ。


『ミア、ミア、聞こえていますか』

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