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俺様>>森のクマさんに出会う

 かつての己の取り巻き兼友人である、敬虔たる僧侶イラリオンは言った。


「植物も動物も等しく、命あるものを食して糧を得て生きているのです。生き物を狩る事と、植物を育て摘み取る事。そこに一体何の違いがあるのでしょうか」


 あれは確か、動物の肉を食べるのは野蛮な事だと言っていた連中に放った言葉だっただろうか。アンネマリーは肉が好きだったので、その通りだなと思っただけだったが、イラリオンが信仰している宗教では異端な考えで、彼は破門されたのだ。頭の硬い奴らだなと、イラリオンとヤケ酒(未成年だったのでジュース)を飲んだのも良い思い出である。

 あの後一緒に狩りに行って、ドラゴン肉とか焼いて食べたなあと、アンネマリーは懐かしさに目を細めた。公爵家に居た時に読んだ本では、この世界にはそういった生き物は存在せず、御伽噺や空想の産物でしかなかったけれども。


「となると、山の中での肉といえば。猪とかが狙い目でしてよ!! さあミア、探してらっしゃい!!!」


「いきなり無茶言わないでよ!!」

「もうミアったら、何にも出来ない子なんだから」

「クソ腹立つわね、アンタ」

 腕を組んで舌打ちをするミアに、アンネマリーはまったくもうと呆れた。

「だいたいアンタ、弓矢を装備してるけど、狩りとか出来るの?」

「オホホホ、これでも私、ドラゴンとか余裕で狩れてましてよ!!!」

「いやそれここの話じゃないでしょ。魔法とかもう使えないんじゃなかった、アンタ」

「あっ」

「えっ」

 今気づいたとでも言うように、アンネマリーが声を上げた。そして少しして、顔を赤らめて言った。

「忘れてましたわ。うっかり、てへっ☆」

「てへっ☆じゃねぇ、どうすんのよ。こんな真っ暗な森に飛び出してきて、どうやって帰るわけ?」

「もう、灯りくらい持ってきなさいませですわ。気が利かない子ね、ミアったら」

「ぶん殴るわよ、本気で」

 勢いのまま飛び出してきたアンネマリーだったので、帰り道とかまったくわからなかった。転移魔法陣があれば楽なのに全くもうと、アンネマリーは憤り、そして魔法のない世界の理を許してあげる事にした。ないものは仕方ないのだし、そういう世界だものねと、あり得ないほど上から目線でだ。


「お二人ともー!! アンネマリー!! ミア!!」


 遠くから名前を呼ぶ声が聞こえてくる。暗闇の中、灯りが揺れていて、誰かが走って近付いて来るのがわかった。

「クリスさん!」

「……はぁ、はぁ、見つかって良かった。二人とも、さあ帰りましょう。夜の森は本当に危険ですから。今なら院長さまに謝れば、明日のお昼ごはんは食べさせてもらえますから」

 朝ごはんは抜きなのかとミアは思った。ミアが思う事は当然、アンネマリーも思う事である。

「朝ごはんはないんですの!?」

「ええ、はい。その、戒律に従って献立を決めているので。明日は朝を食べないで、その代わりにお昼にちょっと豪華にプディングを作るんです」

「でも朝ごはんが…」

「えっ、あ、でも、昔は一日二食だったと言いますし」

「私は! 昔じゃなく今を生きてるのでしてよ!!! 昔の連中が一日二食だったからって!! 私は三食が良いのですわああああ!!!」

 ヤダヤダと我儘を言うアンネマリーに、ミアはどうにかしないと埒があかないと頭を抱えた。

「そういえば非常食はどうしたの、お義姉さま。その狩りの道具と一緒にいれてなかった?」

「あんなの馬車の中で食べてしまいましたわ」

 そういえば馬車の中で、ボリボリと菓子を食べていたわと、ミアは思い出した。

「何で食べちゃったのよおお!!」

「何でって食べ物だから食べたのですわ! えっ、もしや食べ物の概念からご存知ではなかった……!!?? ミア、貴方……、まさかそこまでお馬鹿さんだったのでして!!??」

「ちがああううううう!!!! もおおおおおお!!!!!」

 その場で地団駄を踏むミアに、アンネマリーが心配そうに話かけていた。その様子を見ていたクリスは、ミアの言わんとしている事がわかったが、思慮深い娘なので黙って見ていた。

「もうミアったら…」

 ピタリと、アンネマリーの動きが止まった。突如として静かになったアンネマリーを訝しく思い、ミアが顔を上げる。そしてその視線がクリスに向けられているので、また何かやるのかとミアも其方を向いて、動きを止めた。

「えっ、お、お二人とも、どうしたんですか? あ、そろそろ帰りませんか、ね、夜の森は危険がいっぱいですもの」

 いきなり注目されたクリスは、騒がしい二人が急に静かになった事に焦ったが、ともかく修道院に帰ろうと促した。これ以上食事の事で揉めるのなら、密かに隠してある焼き菓子を分けてあげようと思いながら。


「……グルルルルル」


 なんだか獣のようなお腹の音が聞こえてくるし、お腹が空いているならきっと焼き菓子でどうにかなる筈と、クリスが二人に微笑むが、そこで気が付いた。

 お腹の音が後ろから聞こえてくるだなんておかしい事に。二人の視線が、クリスではなく、その後ろに向けられているように思えた事に。


 クリスはゆっくりと、後ろを振り向いた。手に持っていた灯りが、クリスの動きと共に後方を照らす。

 するとそこには、闇の中から浮かび上がる大きな影が。


「くまあああああああああああああああっ!!!!???」

「やっぱりくまあああああああああああっ!!!!!!!」

「ちょっとお義姉さまああああ!!!! なん、なんなのアレ!!!???」

「くまくまくまあああああああああ!!!!」

「うっさい!! ちょっとアンタは黙ってよおおおお!!!」

「うるさいぞですわ、お前らあああ!!! こっちに来てしまうじゃねーかでしてよおおおお!!!!」

「くまああああああああああああああああああっ!!!!」

 先程からクリスは壊れたように絶叫しているし、アンネマリーとミアは大声で罵り合っていた。


 そう彼女達は、森のクマさんに出会ってしまったのである。通常ならば襲われていたが、彼女達の絶叫がクマさんをほんの一瞬怯ませた。そしてクマさんの目には、三人の影がゆらりと揺れて、強大な奇声を発する何だかわからない生物に見えたのだ。

 それでも果敢に攻撃を仕掛けようかと思った森のクマさんは、その影から感じた殺気に何かやべーかもと本能で感じ取り、そのままアンネマリー達から距離をとって去っていく。


 そしてクマさんが完全に闇に紛れて何処かに行ったのを見て、三人はようやく死の緊張から解放された。クリスはその場に座り込み、ミアもまた暑くもないのに額に浮かんでいた汗を拭った。

 そしてアンネマリーは、両手を何度か握り締めては広げるのを繰り返してから、両手を腰に当てて叫んだ。

「お、お、オーッホッホッホッホ!!! この私の魅力に!! 流石のクマさんも参ってしまったようですわあああああ!!!!」

「んなわけないでしょ!! クマさんが戻ってくる前に、修道院に帰るわよ!!」

 森のクマさんに出会ってしまった場合、襲われて死ぬ事もあるのは、ミアでも知っている。修道院は堅牢な石造りだったので、あそこに逃げ込めばなんとかなる筈である。多分。

 先程まで絶叫していたクリスは、今度は糸が切れたかのように呆然としていた。

「うそうそうそ、なんで森のクマさんがこんな所に? 麓の森までは降りてこないって、猟師さんが言ってたのに」

「そうなのか!? …これは、何か事件の予感ですわ…!」

「もうすでに森のクマさん遭遇事件が起きてるわよ、お義姉さま」

 いつもと違う行動を動物がとる時、そこでは必ず何かしらの異変が起こっているのだと、アンネマリーは知っていた。何せ取り巻き兼友人の、魔動植物学者でなぜか脳筋教授と呼ばれていたシードが、上半身裸になって片手でドラゴンを捻り潰しながら教えてくれたのだ。

 確か彼曰く、何らかの災害が起きた場合、様々なモンスターが移動するという。この世界にはモンスターは存在しないが、まあ森のクマさんも広い範囲では魔動植物の一種と定義しても良いだろう。森のクマさんに似たようなモンスターも居たし。

 しかし一匹だけが突出して動くとなれば、何か別の事情がある筈だ。ただの好奇心で偶々なら良いが、そうでないのならば修道院周辺が常に危険に晒される事になる。


「食糧狙いだとマズイですわね。でも季節的に、森のクマさんがお腹を空かせるような時期ではないのでしてよ。何かあの森のクマさんが、山を降りてくる程に、惹きつけられるようなものがあるのかしら? 私の魅力以外に」

 腕を組んで眉を寄せるアンネマリーの言葉に、ミアは顔を引き攣らせる。

 だってアンネマリーは、性格はウザくて我儘でどうしようもないけれども、自称ではないマジな天才であった。彼女がそう危惧するのならば、事態は物凄くヤバい気がするのだ。


「……もしかして…」

 その場に座り込んでいたクリスが、ハッとして言った。


「き、去年の今頃に、修道院に来てた子が、時々抜け出して動物に餌を上げていたんです。えっ、まさか、そんな、ね、ねえ? 森のクマさんに餌付けなんてしてない筈で、…えっ、えっ?」


 犯人が確定した。

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