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俺様>>しゅうどういんに行く

 途中、アンネマリーが寄り道したりそれを阻止したりして、普段の倍以上の時間を掛けて、三人はメルボブン修道院に辿り着いた。あまりにも到着が遅れたせいか、何人もの修道女が出入り口でオロオロとしており、道に迷ったのかと心配してくれていたのだが。

 アンネマリーは馬車から飛び降りると、元気に叫んだ。


「オホホホ、皆の者!! 出迎えご苦労ですわ!!!!」


「あの院長さま、遅れてすみません」

「義姉がすみません。どうぞ宜しくお願いします」

 クリスが高齢の修道女に話しかけに行き、院長と言ったのを聞いてミアは即座に猫を被った。猫を被っただけで、多少なりとも人から優しくされるのならば、いくらでも被る所存なのである。

「……アンネマリーお嬢様とミアお嬢様ですね。修道院内では名前で呼びますので、そこはご了承下さい。私はこのメルボブン修道院の長エルヴィーラです。エル院長とお呼び下さい」

「わかりましたわ!」

「細かい生活のルールは、クリスが教えます。着替えたら修道院内の案内を」

「はい院長さま」

「お二人にも安らぎとご加護がありますように」

 エル院長は優しげに微笑むと、どこか疲れた様子で建物にはいっていった。

 その後ろ姿は煤けていて、アンネマリーは、どこでも取り纏める役目の人間は気苦労が絶えないなと思った。そしてミアを見て、義妹の監督はしっかりとしてやろうと、アンネマリーは一人頷く。

 アンネマリーはおばあちゃん子だったので、基本的に老人には優しいのである。

 こんな山奥できっと大変だろうし、問題児を抱えているのならその苦労はかなりのものだろう。ならばこの自分が、労らなきゃと決意を決めた。

 ちなみにアンネマリー本人には己が一番の問題児という自覚はない。だって俺様だもの。


 クリスに案内され、早速修道女の服に着替えたのだが、質素な格好にミアは顔を顰めた。ゴワついて肌触りが凄く悪い。

 アンネマリーが騒ぐかと思って見ると、ミアと目が合った。そして勝ち誇った顔で、高笑いをする。


「さすが私!! 何を着ても、滲み出る圧倒的カリスマ美貌オーラが消えませんわ!!! どうぞ新たな境地を遠慮なく開きやがれ!!! ですわぁぁぁ!!!!オーッホッホッホッホッホ!!」

「うるさいわ!!」

「あらあら素直に羨ましがっても良くってよ!!!」

「もうぉぉぉ!!!」

 どちらもうるさいと、クリスは思った。でもクリスは思慮深い娘だったので、静かに時が過ぎるのを待ったのだった。


「あの、それじゃあ修道院の案内をしますね」


 クリスは大食堂、礼拝堂、中庭の主だった場所を案内した。中庭には畑があり、修道女が農作業をしているのが見えた。

「明日からはお二人も、奉仕作業として手伝って頂きますね。洗濯とか掃除とか、調理の手伝いとか仕事はいっぱいあるので」

 ミアが嫌そうな顔をしていたので、アンネマリーがちゃんとやらなきゃと注意をしておいてあげた。仕事をサボる不届き者は、エル院長の為にも絶対に許すわけにはいかないのである。何せアンネマリーは、老人には優しいのだ。

「…お義姉さまがそんな事いうと、嫌な予感しかしないわ」

「オホホホ、二週間めいいっぱい労って差し上げてよ!!!」

「誰に、何を? ねえ、誰に何をする気なの、お義姉さま。誰だかわからないけど、逃げきってほしいわ」

 残念ながらミアは信心深くないので、その祈りはエル院長には届かなかった。


「私達が寝泊まりしている棟です。一番奥が新人の部屋、一番手前が院長室です」

「普通は逆じゃないのですか?」

 ミアは疑問に思った事を口にした。するとクリスが苦笑して、逃亡防止ですと答えた。

「奥の部屋の外は崖になってるので、窓からは逃げられないんです」

 廊下を歩くだけで音が響きますからと、クリスは言った。成程納得である。ならばミアは、アンネマリーが窓から飛び出さないように注意すれば良いだけだ。

「あの、部屋の窓に鉄格子とか付けれます?」

「うちは監獄じゃありませんよ!?」

 クリスから即座に却下された。仕方ないのでミアは、夜間だけでも鎖で縛れないか聞いてみたけど、やっぱり却下されてしまう。これではアンネマリーが脱走した時、私の所為にされちゃうじゃないとミアは歯軋りした。

「お義姉さんが逃げ出さないか心配してるのでしょうけど、大丈夫ですよ。先輩の修道女は優しいので、咎められる事もありませんから」

 あとどうせ逃げても、山奥過ぎて道に迷って立ち往生するだろうとは、クリスは言わなかった。しかしミアは難しい顔のまま、もしコレが脱走しても私の責任にはなりませんよねと詰め寄った。だって母と公爵夫人の目がものすごく怖かったのだ。虫を持ち帰ったら、間違いなくミアの荷物も燃やし尽くされる。

「えと…、そんなに心配なら、お義姉さんに出掛ける時は院長さまの許可を取るようにって言えば…」

「そんな言う事聞くような性格じゃ…」

「オホホホ、承知しましてよ!! 外に出る時は、エル院長に言えば良いんですのね! お任せなさい!!!」

 街から離れて暮らしていると、細かいルールがあるものだとアンネマリーは超絶賢いので、ちゃんと理解してあげているのだ。何せアンネマリーは、お年寄りには優しいのだから(二度目)。

「そんなことより、私お腹が空きましてよ! そろそろ夕食の時間ではなくて?」

「あ、そうですね。それじゃあ食堂に行きましょう。食事の前に、皆さんに紹介しますね」

「オホホホ、宜しくてよ!!」

 浮かれ気味のアンネマリーを見て、ミアは嫌な予感しかしなかったのだった。


 さてそうして修道女が集まった大食堂にて、アンネマリーが相変わらずの高笑いを披露した後で、夕食が配られた。

 のだけれども。

「今日の夕食は、蒸した芋に塩をかけたものと、あとパンです」

 アンネマリーとミアの顔から、感情が消えた。人は絶望した時、表情というものが抜け落ちるものである。

「あ、あのクリスさん。夕飯ってこれだけ?」

「ええ、街の方にはちょっと少ないかと思いますけど、うちはコレが夕食の定番です。感謝祭や祝祭の日は、色々と作るんですけどね」

 皆さん驚かれて帰る方もいるんですよと、クリスはミア達の反応が見慣れたものであるように言った。甘やかされて育った貴族の娘なら我慢できないだろうと、暗に言われたのである。

 ミアは生粋の貴族ではないし、それこそ路地裏で腹を空かして暮らしていた事もある身であるが、それでもこれは我慢ならない。一度贅沢の味を知ってしまったからというのもある。

 そしてミアが我慢出来ないのならば、隣にいるアンネマリーも出来るわけがない。

「お肉が食べたいですわ!! お肉、お肉!!! どうしてお肉がないんですの!!??」

「え、そうは言っても、ないものはないんですよ、アンネマリー」

 規律に従って、クリスは敬称を付けずに名前を呼んだ。その対応は慣れたもので、周囲の修道女達もまたかという顔をしている。

「やだやだやだ、お肉が食べたいのでしてよ!!!」

「おやめなさい、アンネマリー。騒いでも、何にも変わりませんよ。その夕食が嫌なら食べないで宜しい。部屋に戻っていなさい」

 ピシャリとエル院長が言い、アンネマリーが不満げな顔で席を立った。そうしてその場から走り去っていく背中を見て、ミアは追いかけようと立ち上がった。

 だってアンネマリーである。あのアンネマリーである。エル院長に言われたくらいで、夕食を取らずに部屋に引き篭もるような性格じゃない。

 だがそんなミアの内心を知らないクリスが、大丈夫ですよと引き留めてきた。

「この食事が耐えられないのであれば、二週間もここで暮らせませんから。逃げ出すにしても、夜の森を歩こうだなんて…」

「…奴は、するわ」

「えっ」

 少しすると、何らかの荷物を持って走ってくる音が食堂に響いてくる。周りの修道女が、きっと荷物をまとめて帰ると言う気ねと呆れた様子で話しているが、ミアにはわかっていた。だってミアは、アンネマリーの荷造りを見ていたのだから。そう、簡単な推理でしかない。


「エル院長!!!」


 バタンと食堂の扉を開けたアンネマリーが、院長を呼ぶ。院長は目を伏せたまま、騒がしいですよと注意した。

「街へは明日、送って差し上げましょう。それまで我慢なさ…」


「私!!! 今からちょっと!!! 狩りに行って来ますわね!!! 騒いでも何も変わらないというお言葉! しかと受け止めてあげたのですわ!!!! エル院長に一番の獲物を捧げて差し上げますわぁ!!! 楽しみにしてろよでしてよー!!!! オーッホッホッホッホ!!!!!!」


 腰に革ベルトを付け短剣を差し、矢筒と弓を装備したアンネマリーが、腰に手を当てて高笑いをしている。

「では行ってくるのですわぁ!!! 俺様の帰りを楽しみにしてな子猫ちゃん達なのですわああああああ!!!!!」

 叫んだ勢いのまま、アンネマリーが飛び出していった。ミアはそれを見て、やっぱりと思いつつ、必死で追いかけた。虫屋敷は阻止したけれど、アンネマリーならばヤバい動物とか捕まえて、家で飼うとか言い出しかねない。ミアは獣屋敷も断固として嫌だった。

「お義姉さまああああああ!!!! 生捕りは絶対にダメよ!!!! お母様と夫人に言われたでしょうおおおおおおお!!!!!!」

「えっ、あ、うそ、ちょっと二人とも!?」

 ミアに続いて、クリスが慌てて食堂から追いかける。そうして三人が去った後で、院長は深い深いため息を吐いて、その場で項垂れた。


「うちは戒律の厳しい修道院なだけであって、問題児矯正施設ではないのですよ…」


 その嘆きは、古参の修道女達全員の総意でもあった。

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