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俺様>>お義母さまとおしゃべりする

 ランセル伯爵夫人は、目の前の義理の娘をまじまじと見た。姿をちゃんと見るのは、久しぶりかもしれないが、以前見た時より健康そうなので、公爵家に来て良かったのかもしれないと思った。

 義理の娘であるアンネマリーの事を、夫人は嫌っていた。最初から嫌っていたわけではないが、あちらがこちらを嫌ってくるので、好きになる事がなかっただけである。


 そもそもランセル伯爵と夫人は、いわば雇用契約を結んだ間であった。愛する妻を亡くし絶望していた伯爵が、見目がほんの少しだけ似ている夫人を買ったのが始まりである。


 嘆き悲しむ伯爵を、お金をもらった分だけ慰めていたのだが、そうしているうちに伯爵から結婚の申し出があった。

 悲しい時に優しくしたから勘違いしたのかと思ったが、ランセル伯爵は違うときっぱりと否定した。なんでも後妻に自分の娘をと言ってくる貴族が沢山いて、しかも付き合いがあるから上手く断るのも大変なのだそうだ。

 死んだ妻だけを愛していたいランセル伯爵は、下手に貴族の娘を嫁にもらっても、相手が可哀想だと言い、そして自分の金で好きに贅沢して良いという条件を提示し、夫人を娶ろうとしたのだ。

 金で買われる私は可哀想ではないのとも思ったが、娼婦の仕事はいつまでも続けていけるものではない。それに娘のミアを正式に養女にしてくれるというので、その話に乗ったのだった。

 体を売るのが嫌だったわけではない。自分の娘であるミアが、娼婦の娘だから何をしても良いと、そう認識されるのが嫌だったのだ。

 世間には馬鹿な人間が多くいるもので、娼婦だからと物を売ってくれない奴らがいる。不当に値段を釣り上げたり、家を貸してくれなかったり。本当に面倒で仕方がない。

 だからランセル伯爵夫人は、自身の美貌を生かして、擦り寄ってくる男連中を楽しませて、その対価に様々な物を頂いたのだ。娘と二人、寒い路地裏で餓死しない為に。


 そうしてランセル伯爵夫人の地位に収まり、伯爵と娘の仲がほんの少しのすれ違いから大きく拗れていっている事をしっても、夫人は何もしなかった。


 だって雇用主の機嫌を損ねるのは御免である。


 そうしているうちに義娘のアンネマリーと段々と対立していき、遂には顔も見たくないとお互いがお互いにそういう言葉を吐き捨てる程となった。

 ミアの部屋の近くは汚らわしくて嫌だなんて言うので、伯爵夫人は一番遠い使っていない下働き用の部屋を用意してあげたし、貴方が選ぶものなんて着たくないわというから、適当に選んだドレスを渡してあげたのだ。

 アンネマリーのそれが、寂しさからくる子供の癇癪と八つ当たりである事はわかっていても、ランセル伯爵夫人は別に愛情を持って結婚したわけでもないので、そういった対応をしていたまでであった。贅沢を享受していても、ランセル伯爵から感じた、貴族以外の人間を軽く思っている言葉が気に食わなかったのもある。


 ただまあ、あちらが嫌ってこないならば、ランセル伯爵夫人もまたそれなりの対応をする迄である。友好的であるのならば、自分から嫌われる気もないのだ。


「ミアが一時的にでも修道院に行くのは、良い事だと思うわ。以前から行かせようと思っていたのよ。ミアにも良い条件で結婚してほしかったからね。でもアンネマリー、貴女は行く必要はないのではなくて?」

「ヤダヤダ行くったら行くのですわ!!! そろそろ公爵邸にいるのも飽きたのですわ!!! 遊びに行きたいの!!!!!! 書いてくれなきゃ偽造するのでしてよ!!!!!」

「アンタ、それが本音なのね」

 呆れたミアの声を聞きながら、動機はどうであれ行きたいというのならば行かせてもよいかと、ランセル伯爵夫人は書類にサインをした。だって帰るべき屋敷は倒壊しているし、手配した別宅は少し手狭で、四六時中顔を突き合わせる可能性がある。そしてまた険悪な仲になるのは嫌であった。


 ランセル伯爵夫人のサイン入り書類を手に入れたアンネマリーは、さっそく準備すべくローズとラテを呼んだ。修道院にメイドは連れて行けないが、道中の同行は可能であるし、荷造りをしなければならないのだ。

「ローズ! ラテ! さっそくトランクに色々と入れるのでしてよ!!」

「でもアンネマリーお嬢様、着替えは修道院が用意致しますから、下着の替えと少しの日用品しか準備するものはありませんよ。貴金属類の持ち込みは禁止とありますから」

「オホホホホ!!! そんなものより必要なものがありましてよ!!! メルボブン修道院は山の中にある、となればですわ! 虫取り網と籠は必須でしてよ」

「え、アンタまさか虫を捕まえる気なの?」

「ふふん、ミアは知らないでしょうけれども。世の中には格好良い虫が沢山いましてよ。捕まえて見せびらかしてやるのですわ!!」

「えっ、持って帰ってくる気!? 嫌よ虫なんて」

「本当におやめなさい!」

 何となく嫌な予感がしたランセル伯爵夫人は、部屋を出ていったアンネマリー達の後に続いたのだ。荷造りの様子を伺っていると、何やら不穏な話をしているではないか。

「もし屋敷で大繁殖したらどうするの」

「そしたらここを虫屋敷としますわ!!!」

「何を勝手な事を言っているのです!!!!」

 ランセル伯爵夫人の問いに力強く答えたアンネマリーに、クライセン公爵夫人が扉をバタンと開けて阻止しに来た。

「貴女って子は! この前、蟷螂の卵を引き出しに入れっぱなしにしたの、忘れたのですか!!??」

「あれはあれ、それはそれですわ!!!!!」

「虫籠は禁止! 良いですね、虫を連れて帰ってきたら、荷物全て燃やし尽くしますからね!!!!」

 そんな二人のやり取りを見て、公爵邸には入れてくれる気ではいるのねと、ランセル伯爵夫人は思った。貴族はみんないけ好かないと思っていたけれど、意外にお人好しなのかしらとクライセン公爵夫人を見た。

「アンネマリー、あまり公爵夫人を困らせるものではありませんよ。それと、別宅にも持ち帰ってきたら、燃やし尽くしますからね。全部」

 一応こちらからも釘を刺しておこうと、ランセル伯爵夫人はアンネマリーに言った。その顔が思い切り不満げであったので、実の娘の方へと向き合う。

「ミア、貴女がアンネマリーのトランクの中身を監視なさい」

「なんで私が!?」

「大惨事を未然に防ぐのです」

「貴女に全てが掛かっているのよ」

 二人の大人の女性に詰め寄られ、ミアは仕方なく頷いた。言っていることは仰々しいが、内容はとてもアレである。

「なんで私が、…ってアンタ。今度はなに詰めてるの?」

「非常食と狩りの道具ですわ! 騎士団からの献上品ですのよ!!!」

「…ねえ、アンタ本当に何しにいく気なの?」

「修行に決まってるでしょ! まったくもう、遊びに行くんではないのですのよ、ミア」

「それをそのまんまそっくり、お返しするわよ。お義姉さま」

 呆れているミアの肩を、母親のランセル伯爵夫人がソッと叩いた。そうしてちょっと良いかしらと、アンネマリーの部屋から連れ出された。


「ミア、あの子アンネマリーの事だけれども」

 頭を打ったのではと何度も聞かれ、それはないとミアは答えてはいたが、性格が突然変わったらそれは変に思うのは当たり前だ。けれども、本来のアンネマリーが死に、別人が入り込んだという話をしても、おかしいと思われるのはミアである。


「少し無理をしているようにも見えるのよね。何があったのか知らないけど、いきなりあんな開けっぴろげな性格に変わったから、気でも張ってるのかしら」


「えっ、別人みたいだって思わないの?」

 ミアの言葉に、ああとランセル伯爵夫人は頷いた。

「最初はそっくりな別人かと思ったけれど、あの子はあの子だわ。仕草の癖もそのままだし。まあ前の毛嫌いされる状況よりはマシだから、またそうなったら教えて頂戴。なるべく顔を合わせないように気を付けておくから」

 仕草の癖って何だろうと思ったが、母が言うにはそうなのだろうとも思った。人を観察して癖や仕草を覚えるのが、母の特技なのだそうだ。その特技で、一度掴んだお客を離さないのだと、自慢げに教えてもらった事がある。


「…それからね、クライセン公爵夫人から貴女とフェリクス様の事を聞いたわ。ふふ、義姉の婚約者を奪うだなんて、貴女って…」


 怒られるのだろうかと、恐る恐る母の顔を見上げる。だがその口元には笑みが浮かんでおり、優しくミアの額に口付けた。

「中々、やるじゃないの。ただ少し、詰めが甘かったわね。ふふ、次に期待しましょうか」

「お母さまは、私を怒らないの?」

「別に怒るような事もないじゃない。男の奪い合いだなんて、よくある事よ。そもそもアンネマリーと婚約者の仲は、あまり良くなかったもの。アンネマリーが一方的に熱を上げていただけじゃない。見ていて可哀想で仕方がなかったわ」

 ちっとも可哀想だとは思っていない声色で、ランセル伯爵夫人が言った。確かにアンネマリーはフェリクスが来るのを凄く楽しみにして、出来るだけ長く一緒に過ごそうとしていた。けれどもフェリクスは、何かと理由を付けて離れて過ごしていたのだ。


 だからこそミアが付け入る隙があったわけだけれども。


「母親としてはね。せっかく伯爵家の養女になったんだから、…もう路地裏で凍える事がないような相手と、結婚してほしいのよ」

 

「お母さま」


 親子が見つめ合っていると、クライセン公爵夫人の怒声とバタバタと走る音が聞こえてきた。

「アンネマリー!!! 淑女が!!! 木登りを!!! しようとするんじゃ!! ありません!!!!」

「山の中に行くんですのよ! 木登りくらい基本中の基本でしてよ!!!」

「だからってその縄はなんなのです!!! お待ちなさい!!」

「ブランコ作るんですの!! これに乗って空を飛ぶんですの!!!!」

「貴女って子はああああああ!!!!!」

 ここ数日で、優雅な淑女の仮面など消え失せたクライセン公爵夫人は、アンネマリーに遠慮なく怒鳴っているし、顔を真っ赤にして追いかけ回している。その光景を見て、ミアはふと気がついた。


 そういえばアンネマリーが変わってしまった最初の日から比べて、喋り方とか仕草が、女の子っぽくなっている事に。いや全然淑女じゃないけども、大股で歩いているし走ってるけど、こう細やかな仕草が女の子になっているというか。


 言いようのない何か感じ、ミアは一人顔を顰めたのだった。

ちょっと仕事が忙しいので本日と明日は12時に予約投稿しております。みなさま良いお年を。

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