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俺様>>お義母さまがむかえにくる

 ミアはアンネマリーの中身が、元皇太子であると自称していたけれどもそれを信じてはいなかった。だって皇太子って、王子様って、もっと優雅で知的で素敵な人だってイメージがあるから。

 少なくとも、毎晩ベッドに乗って飛び跳ね公爵夫人に怒られたり、毎朝ベランダで高笑いをしてミアの安眠を妨害するような人物が、王子様であるとは信じたくなかったのだ。

 成人済とか言っていたけど、成人済の男性がベッドで飛び跳ねるのって異世界では普通なのだろうか。絶対そんなわけない。


 けれども目の前で、高貴なオーラを纏って優雅にお茶を飲むアンネマリーは、どこからどうみても王族にしか見えなかった。なんだろう、公爵夫人とは格が違うというか、圧倒される何かがあった。

 こちらから勝手に声を掛けてはならない、妙な緊張感が辺りを包んだ。クライセン公爵夫人もグリーも、ただただ立ち尽くすばかりだった。

 そんなアンネマリーが不意にミアへと視線を向けて目が合うと、にっこりと、そう最近見慣れたアンネマリーの笑みを浮かべてから、いつもの高笑いをした。

「オーッホッホッホッホ、私のマナーの素晴らしさに酔いしれたのですわね!!! 常に人の視線を集めてしまう私…、女神と言っても過言ではありませんことよ!!!!」

 過言である。けれどもアンネマリーがいつものアンネマリーになった為、その場にあった妙な緊張感は解かれた。ホッと息を吐くミアに、アンネマリーは言った。

「ほれみた事かでしてよ。マナーなんてもの気にしてたら、誰も美味しくお菓子を食べれねえのですわ。お喋りしながら好きに飲み食いした方が、よっぽど楽しいのに。どうしてそれがわからねえのか不思議過ぎるのですわぁ。まあ私は、超天才だから理解できるけれども、凡人以下には難しいのかしらでしてよ!!! オホホホホホ」

 いつもアンネマリーは天才と名乗っているけれど、言動がアレなので自称でしかないとばかり。バリバリと焼き菓子を口に放り込んでいるアンネマリーは、ミアにも分けてあげるわなんて言っている。

「……アンネマリーお嬢様。貴女にはマナーがキチンと、身に付いているのはわかりました。けれども、それ以前の問題がありますわ」

「ふぁい?」

「口に物を入れて喋らない! 貴女の考えはわかりましたが、それは世間一般で通用しません!!」

「…まったく、世間が私に追い付いていなくって、嘆かわしいのですわぁ。でも私、心が広過ぎるので、世間を許して差し上げてよ!!! オーッホッホッホッホ!!!」

 高笑いするアンネマリーには、もはや何を言っても無駄とばかりに、グリーは肩を落とした。

「ともかく、出来ているのならばちゃんとおやりなさい。それからミアお嬢様、貴女はどうなんです?」

「わたっ、私!? ででで、出来ませんよ!? 一通りは教わりましたけど、完璧なものは無理です!!」

「アレは例外です。まずは貴女のお稽古から始めましょう」

 ピシッと鞭を手に持つグリーに対し、ミアは完全なるとばっちりだと遠い目をした。尚、アンネマリーは飽きて近くを飛んでいる蝶々に視線を向けている。走り出して追い掛けないのは、クライセン公爵夫人が必死に押しとどめているからだ。


「奥様、失礼致します。…その、たった今お客様が」

「今日は特に予定をいれていませんが、どなたかしら」

「…それが、ランセル伯爵夫人でして」


 そういえば母親のことを忘れていたミアは、あっと声を上げてしまった。そういえば義父のいない間に小旅行に行っていたのだっけと思い出す。そしてそれはアンネマリーも同じであったらしく、忘れてたと声を上げた。

「一応、屋敷跡地に書き置きは残しておいたのですわ! まったくもう、お義母さまったら、迷子にでもなってたのかしら、オホホホホホ」

「……此方に通して頂戴。あと一応、滞在する部屋の用意を」

 額に手を当てながら、クライセン公爵夫人が指示を出した。そしてグリーに、ちょっと込み入った話になるかもしれないからと、マナーの稽古の中断を申し出た。

「それは構いませんが。…大丈夫ですか、公爵夫人」

「先生、お気遣いありがとうございます」

 かつての教師の心遣いに温かな気持ちになったクライセン公爵夫人の横を、一陣の俺様が駆け抜けた。


「ミア、迷子のお義母さまを一緒に迎えに行くのですわ!! 競争ですのよ!!! オホホホホ、先に着いた方が夕食で好きなメニューを指定出来ましてよぉぉぉ!!!!!」

「ちょっと、スタートの合図もなしに行かないでよ! ズルいじゃないのぉぉぉ!!!!」

「貴女達、淑女が廊下を走るんじゃありません事よおおおおおおお!!!!!!」

「公爵夫人、貴女がつられて走ってどうなさるのですかあああ!!!!!」


 女四人の大声と足音が屋敷中に広がり、執務室にいたクライセン公爵は、今日も妻が元気で良き事だと現実からそっと目を逸らし、秘書官からゴミ屑を見るような視線を向けられていたのだった。


 応接間の扉を開くと、中には不安な面持ちの妙齢の美女が居た。どことなくミアに似た容姿であるため、これがアンネマリーを虐めた継母かと当たりをつける。

「ミア! …それにアンネマリーも、無事だったようね」

 アンネマリーに続いて応接間へと入ってきたミアを見て、ランセル伯爵夫人はホッと胸を撫で下ろしていた。虐めたそうだが、一応はアンネマリーを心配する素振りを見せている。

「旅行から帰ってきたら屋敷は倒壊しているし、アンネマリーとミアは預かったという書き置きが残されているだけだしで、ほんとうにもう…。印章が公爵家の物だってわからなくて、衛兵の詰所にお願いして貴女達を探してもらっていたのよ」

 一体何があったのと問うランセル伯爵夫人に、アンネマリーは腰に手を当てて言い放った。

「おうちのリフォームをしてあげたのですわ! オホホホ、あんなクソダサい古臭い屋敷など、この私には似合いませんでしてよ!! 私にぴったりの、豪華絢爛なお屋敷を建てるのですわ!!!」

 アンネマリーの突然の大声に、伯爵夫人は目を見開く。が、すぐに、ミアにあの子頭でも打ったのと聞いていた。

「えっ、頭は打ってないんじゃないかしら、お母様」

「…そう、それなら一体この子に何が」

「オホホホホホ、私が超絶天才で世界最高峰の美少女である事を、皆んなが知らないのは、人生で損をしていると思ったからですわあああ!!!」

「えっ、頭を本当にうってないの、ミア」

「頭打ったくらいでこうはならないわ、お母様」

 生前のアンネマリーをよく知る伯爵夫人からしてみれば、アンネマリーの豹変っぷりには違和感しかない。大人しいが頑固で反抗的であったアンネマリーの心情に、いったいどんな変化があったのだろうか。


「ゼーッ、ゼーッ、…はぁ、ごきげんようランセル伯爵夫人。はぁ、はぁ、当家にようこそ」


 ミアから大分遅れて入って来たクライセン公爵夫人が、荒く息を吐きながらも、淑女の微笑みを貼り付けて挨拶をした。ランセル伯爵夫人は首を僅かに傾げたものの、すぐに娘達を泊めて頂きありがとうございますとお礼を言った。

「私どもが不在だった為に、大変ご迷惑を。別宅の手配をしてありますので、二人はこのまま引き取りますわ」

 そうですかとクライセン公爵夫人が了承しようとすると、それを遮ってアンネマリーが嫌だと断った。

「嫌ですわ、お義母さま。そこって前のお屋敷より狭い小屋でしょう。私が住むのなら、最高級品じゃなきゃ、全世界が悲しみますわ!!!」

「この子本当に頭うってないの、ミア」

「頭打ってこうなるのなら、この世界は滅んでいるわお母様」

「婚約者であるフェリクス様のご家族に、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかないでしょう。アンネマリー、行きますよ」

 様子が以前と変わりはしたものの、ランセル伯爵夫人はアンネマリーの訴えを跳ね除け、帰ろうとした。のだが、そこで大人しく言うことを聞くわけがないのが、アンネマリーである。


「嫌だといったら嫌なんですの!!!! 私、今ここで全力を持ってして、駄々を捏ねますわよ!!!!! 良いですわね!!!!! 私の本気、ご覧あれ!!!!!!」


 床の上に座り込んだアンネマリーは、両手を握りしめ、宣言通り絶対に帰らないと駄々を捏ね始めた。あまりの行動に、ランセル伯爵夫人はちょっと止めなさいと焦り始める。貴族の娘として厳しく育てられたアンネマリーが、このような暴挙に出るだなんて、有り得なかったのだ。

「ヤダヤダヤダヤダここにいるのぅ!!!! この屋敷は私のものですの!!!!!」

「ここはクライセン公爵家ですからね! いくら婚約者のフェリクス様と離れたくないからといって、未婚の男女が一緒に暮らすのはいけませんよ」

「婚約解消の慰謝料として、このお屋敷は私がもらったんですの!!!!」

 どういう事とランセル伯爵夫人が目を見開くが、クライセン公爵夫人はまだ解消してないでしょうと怒鳴った。

「なにか娘がした…、いえ現在進行形でやらかしていますけど、これが原因ですか?」

「いえ、そういう訳ではなく」

「鈍間で浮気性の奴とは結婚したくありませんことよ!!!」

「「浮気!?」」

 フェリクスがミアに懸想している事を、どうやらクライセン公爵夫人も知らなかったようで、同時に驚きの声をあげていた。

 あ、これこっちにも飛び火するとミアが後退りした瞬間。


『…ア…アアア………アア』


 地の底から響いて来るような恐ろしげな声が聞こえてきたのだ。

「ひいいいいいいいいっ!!!???」

 ミアが恐怖で叫ぶが、応接間にいた全員が、何事かと視線を向けている。

「い、い、い、いま、今! 変な声が聞こえてきて…!!!」

 青褪めながら訴えるミアに、ランセル伯爵夫人は二人ともおかしくなったと頭を抱え、クライセン公爵夫人とグリー、そしてアンネマリーですら憐れみの視線を向けてきた。物凄く遺憾の意であると、ミアは思った。

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