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神様はその手を放した

作者: 睦月みと

「リーゼロッテ!貴様との婚約は破棄する!」


 突如会場に響き渡った声に周囲の人間は驚いた。

 もちろん貴族である彼らがそれを顔に出すことはなかったが、それでも動揺している雰囲気は漏れ出てしまった。

 それらを意に介さずべらべらとなぜ婚約を破棄するに至ったのかのたまっているのはある公爵家の嫡男であった。

 彼いわく、自分の友人に対して非道な行いをした。

 彼いわく、その非道な行いを追求しても心当たりが無いとしらをきる

 彼が口を開くたびに周囲の空気がどんどんと冷えていく。


「おい!聞いているのか!?」


 話しかけられてからずっと振り向かずにいた少女の肩を掴み、強引に振り向かせると、青年の顔はみるみるうちに赤く染まった。


「ええと?私はリーゼロッテではありませんよ?」


 振り向いた少女の顔はまさしく絶世の美少女と言ったものだった。

 腰まで伸びた美しい白金の髪に、美しい光り輝くような白い肌。大きな黄金(きん)の瞳はゆるく吊り上がっているが、下がり気味の眉がきつい印象を薄めている。そして小ぶりな鼻と薄く異国の桜のように色づいた唇。それらは顔面に非常に絶妙なバランスで位置しており、見るものの好みに関わらずその目を惹き付けてしまう。

 婚約破棄を言い渡した青年もその例にもれず、彼女の美貌に息を止めていた。


「た、しかに…きみ…貴方様は、リーゼロッテではありえない…」

「リーゼロッテに間違われるなんて…ふふ、友達は似てくるものだと言うけれど、本当なのかしらね」


 無礼を咎めず、目を細め嬉しそうに笑う彼女に周囲の心は甘くとろける。


「エヴァンジェリン様!お一人で先に行かないでくださいっ!」

「あら、リーゼロッテ。それはごめんなさい。それはそうとこちらの方が貴女にご用だそうよ?」


 その美少女に話しかける少女――リーゼロッテは、怪訝そうな顔をした。


「あなたは…アロイス様。ご無沙汰しております。して、ご用というのは?」

「あ、あぁ。リーゼロッテ、君との婚約を破棄しようかと、考えている(・・・・・)


 最初の勢いはどこへやら、青年――アロイスは弱々しく告げた。

 その理由は彼の思考に疑問が芽生え始めたからだった。


 最近、彼とリーゼロッテはあまり顔を合わせていなかった。学園ですれ違っても礼をするだけ。互いにあまり社交場に出ることもないため、エスコートをする機会もない。

 ところが最近、友人のある女性(・・)が、リーゼロッテにいじめられたと言う。ただの友人として付き合っているにも関わらずアロイスに近づくなと言われたのだと。

 それを聞いてからここに至るまで、そのような女性は公爵家の夫人にはおけないと、婚約を破棄することを考えていたのだが、友人がいじめられたとして言ってきた女性はリーゼロッテではなかった。友人が勘違いしていたとしても、あのような女性がそのような振る舞いをするのだろうか。

 アロイスは、魔法が解けた(・・・・・・)ように、しっかりとした思考を取り戻していた。


「考えている…?それは、貴男の後ろにいらっしゃるご令嬢が原因ですか」

「あぁ。彼女が君にいじめられたと…言っていたのだが」

「そのようなこと、いたしておりません。意味もありませんから」

「…そうか」


 その場は当初のざわめきから一転沈黙が続いていた。

 そこに場違いな言葉が響く。


「もう!とっとと婚約破棄してください!」


 その言葉はアロイスの背後にいる令嬢からだった。

 全員の(アロイスも含めて)心が一致した。

 明らかにこの令嬢(おんな)は、危ない(ヤバい)


「イェーネ伯爵令嬢…やめてくれ…!」

「なんでですか?この人に言ってくださいよ!私と結婚したいから破棄するって!」

「……いや、それはない。俺は彼女が他人を傷つけるような女性なら、公爵家に入れるわけにはいかないと思っていた。だが、君の言葉が嘘なら――」

「嘘って、なんですか!」

「いや、さきほど君がいじめられたと言った女性はリーゼロッテではなかった」

「そんなこと、嘘っていいません!」


 いや、それは確実に嘘だといえるだろう。

 またしても全員の心が一致した。


「とにかく、今の言葉でもう決めた。――婚約は、破棄しない。……リーゼロッテ、今までの無礼を、許してくれるのなら、だが」

「…アロイス様。2度めは、ありませんからね。それと結婚した後は猫を飼います」

「わかった。君の言うとおりにしよう」


 これにて一件落着、さぁパーティーの続きを…


「ちょっとまって!!!!!ありえない、おかしいでしょ!!なんで、なんでよ!」


 令嬢は綺麗に整えられた髪をぐしゃぐしゃとかきむしり始めた。

 顔もいつの間にか悪魔のようにひどく歪んでいる。


「ふぅ、これは…余興では、ないのですね?」


 今まで余興だと思っていたのか…。

 彼女の事情(・・・・・)を知らない貴族たちは違和感を感じはじめた。

 だがそのような雰囲気は知ったことではないといったようにエヴァンジェリンと呼ばれた少女はつかつかとイェーネ伯爵令嬢に近づいていく。


「よくわかりませんけど、その人は危ないですよ!エヴァンジェリン様!」

「大丈夫よ、リーゼ。これは私の領域だもの」


 未だに周囲を顧みずじたばたと令嬢にあるまじき姿を見せているイェーネ伯爵令嬢をエヴァンジェリンは腕の中に抱きしめた。

 すると不思議なことに暴れていた彼女はゆっくりと動きを止め、目をつぶりぐったりとし始めた。

 その体をゆっくりと床に横たえるとエヴァンジェリンは立ち上がり周囲を見回した。


「いるのでしょう、ハイデ」


 彼女が空中に呼びかけるといつの間にか男が立っていた。

 エヴァンジェリンの正面に立っても見劣りしない美青年。

 彼女よりも色濃い金の髪に、雪花石膏(アラバスター)のような肌。琥珀色の瞳はエヴァンジェリンを見つめ、甘く蕩けていた。


「やっと呼んでくれた!どれだけ俺を焦らすんだい、エヴァ」

「焦らしていたつもりはないのだけれど、ごめんなさい?でも、それはたいしたことではないわ」


 二人の間には誰にも入ることができない雰囲気を醸し出している。

 周囲は固唾を飲み見ていることしかできない。


「私は怒っているのよ。人間たちが勝手に色恋で騒いだり破滅するのは別に構わないわ。でも、干渉して、操ってどうこうするのは違うでしょう?」

「でも、俺が何をしようと別に構わないだろう?」

「えぇ。あなたが何をしようと構わないけれど…私のかわいがっている人間の周りで騒いだのは、許せないわ」

「それは、つまり?」

「あなたがしたことがあなたの勝手なら、私がすることも私の勝手ってことよ」


 二人は互いに話しているうちに段々と距離が近づき、最後には恋人のような距離になっていた。

 互いに近づいたというよりは、ハイデと呼ばれた青年が一方的にエヴァンジェリンに近づいていた。エヴァンジェリンはそれに対し無関心で、眉を寄せ怒っているといった表情だった。その表情もまた美しく、ハイデは笑みを深めた。


「なら…何をしてくれるんだい?」

「そうね…何をしようと、あなたにはご褒美になってしまうでしょう?」


 たしかに。

 周囲の貴族たちの心は一致した。

 この美しさをもつ少女にならなにをされてもいい。

 ましてやひと目見ただけで惚れているとわかる青年(ハイデ)なら余計になにをされようと褒美になる。


「だから、むしろ逆にこき使おうと思って」


 にっこりと微笑んだ少女は伸ばした人差し指をハイデの胸に当てた。


「うっ」


 青年は胸をおさえ、頬を赤くした。

 可愛さのあまりに…?と何人かは考えたが、すぐにそうではないことがわかった。


 ハイデの身体が、縮んでいく。


 彼自身も驚いているが、これはやはり…。

 互いに目配せをしているうちに縮み終わった青年が、いや。

 可愛らしい少年(ハイデ)が立っていた。


「これは、どういうことかな」


 発する声まで可愛い。美しいという点では変わらないものの、”かっこいい”から”かわいい”へ、明確な方向転換がなされていた。


「私の眷属神として結んだだけよ?でもそのままだと肉体的には勝てそうにないから念の為に()くしたの」

「…たしかに、君と俺の間に結ばれているな…。まったく、これではしばらく遊べそうにないな」


 飛び交う会話に疑問符が浮かび始める。


「なぁ、リーゼロッテ…。彼女、一体何者なんだ?」

「まぁここまで来ては言うしかないですね…。彼女はエヴァンジェリン様です」


 エヴァンジェリンという名はこの国では一般的なものだ。

 由来は神話の祝福の女神、エヴァンジェリンから。主神・ゾンネよりも人気がある。祝福を与えることから、あらゆる神、英雄と繋がりがあるため、主信仰先としてだけではなく、副信仰先としても人気がある。


「エヴァンジェリン……様?いや、まさか…君は、彼女が」


 さすがに目の前で起こったことから予想はつく。


「お騒がせしてごめんなさい?私はエヴァンジェリン。祝福の女神と呼ばれています。こちらはハイデ。この度の騒ぎをおこした張本人…神です。よく言い聞かせておきますから、ここで起こったことはあまり口外しないでくださいね」


 気づけば少女の雰囲気が変わっていた。

 先程までが人の内にとどまる範囲だとすれば、明らかに人外の雰囲気を醸し出していた。


 どのように頭のネジが外れているものでも、無神論者も彼女がかの女神・エヴァンジェリンであることを認めてしまうだろう。

 彼女のお願いも、さながら国王が配下に命じるように、それが自然であるといった振る舞いだった。


「お詫びと言ってはなんだけれど、ささやかな祝福を。あなた達が迷ったときに、最善の選択ができますよう」


 彼女が手を振りかざすときらきらと光が舞った。それはいつしか聞き耳を立てていた会場中の人々に降り注いだ。

 その光に見とれていた一人が視線を戻すと、二柱の神は消えていた。――それとともにひっそりと、リーゼロッテとアロイスも姿を消していた。


◇◆◇◆◇◆◇


「今回のことはごめんなさいね。私の気を引こうとハイデがあなたに魔法をかけていたの」

「いえ、エヴァンジェリン様が謝罪されることなどありません。むしろ俺のほうが謝るべきです」

「いいえ、人間ですもの、過ちを犯すのはしょうがないわ」


 二柱と二人はリーゼロッテの屋敷にいた。先程の祝福の内に転移していたのだ。


「アロイス様はどのような魔術をかけられていたのですか?」

「アロイスには思考を鈍らせる魔法と、特定の人物の言葉を疑わなくなる魔法が、そしてあの少女には感情をおさえられなくなるものと、恋心を増幅させる魔法、それに記憶を混濁させる魔法がかかっていたのよ」

「あぁ…彼女も被害者だったのですね」


 リーゼロッテとアロイスはしんみりとしてしまう。


「可哀想だけれどこの一件に関しての記憶は消させてもらったわ。もちろん、コレがかけた魔法も全部綺麗に消したから」


 完全な被害者であるリーゼロッテはもちろん、アロイスにもこの事態を引き起こしたハイデに対して怒りがある。だからといって何かができるかといえばできない。人の身で神になにかしようなどとできるわけがない。それにどうやらエヴァンジェリンがハイデを見張ってくれるようだし…と、怒りを収めることにした。


「そういえば、なぜエヴァンジェリン様との関わりがあるんだ?」

「ええと、私の何代か前の侯爵当主がエヴァンジェリン様の祝福を受けているのは、知っているわよね。それで領地の方には祠が建っているのだけれど、領地に行くたびにそこを訪れていて…」

「それで、たまたま思い出して向かったときに、リーゼロッテがいたのよね。話してみたらいい子だったし、私は暇だったし。なんとなくそばにいただけよ?」


 本神にすれば他愛もない暇つぶしなのだろうが、人からすればそれは寵愛とも見られるし、祝福とも見られるだろう。正直なところをいえば荷が重すぎる。

 しかし、この世界では人間は神々の道具にすぎない。まだ意思を持って世界を乱そうとしないだけこの神(エヴァンジェリン)は善い神だといえる。


「まぁでも…潮時、なのかしらね。……今の時代に神は人間にあまり干渉するものでもないわ。今回はたまたま、私の庇護下にある人間が同じ神の手によって貶められようとしていたから手を出しただけ」

「エヴァンジェリン様、…もうお会いできないのですね」

「えぇ。これからは人間の時代。……たぶん、信仰も薄れていくのでしょうね」

「そんな…!」


 実質、神は人間の庇護をやめるといっているのだ。


「悲しまないで。これは人間がより成長するための機会だもの。それに…もう道具扱いは懲り懲りなのでしょう?」


 こちらを見透かしたような言葉に悪意も、悲しみも、怒りもない。

 神は、それが当然であると言いたいような口ぶりで微笑む。


「ま、とにかくそういうこと。でも祈りは届くから、話しかけたり姿を見せることはできないけれど声は聞こえるわ」


 良ければ話しかけて頂戴、というと二柱は音もなく消えた。




「別れの言葉も言わせてもらえなかったわ…」

「こちらからの祈りは聞こえるのだろう?毎日でも祈れば(話せば)いい。」

「そう…ですね。……それはそれとして、私、少しは怒っているのですからね。…魔法で多少操っていたとはいえ…」

「す、すまなかった。君の言うことは何でも聞く」

「本当ですか?でしたら…」



◇◆◇◆◇◆◇


 それから。

 その国ではだんだんと神への依存が減っていった。

 来るかもわからない神を、与えられるかもわからない祝福を待ち続けるより、自ら行動することが重要だと気づき始めたのだ。

 それでも信仰は消えたわけではなく、あくまでも精神的な拠り所として続いている。

 その中でもある公爵家は領地に積極的に教会や神殿、祠を建てている。

 なんでも、先代の公爵と夫人が婚約者だった際に、助けてもらったのだとか。その領地は信仰のメッカとして、巡礼者が数多く訪れ賑わっているという。


◇◆◇◆◇◆◇


「…だって。どう、満足した?」

「えぇ。やっぱり子離れするべきだったのよ。それと、道具扱いもやめるべきだった。…あなたがしたことは予想外だったけれど、結果的に良かったわ」

「俺が役に立ったってこと?じゃあ、この縛りも解いてくれないかなぁ?」

「だーめ。少なくともあと千年はそのまま。その姿も好きよ?」

「!な、ならいいかな…あーでも、ご褒美、くれる?」

「……何がほしいの?」

「…この姿じゃなくなっても、エヴァのそばにいたい…っていうのは、だめ?」

「いいわよ?私、これでもあなたのことは好きだもの」

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