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夕刻、雨の降るバス停で。  作者: 雨音 灯希
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プロローグ

初めまして。雨音灯希と申します。ここに立ち寄って頂きありがとうございます。小説を書くことが初めてと言うことで至らない点は多々あると思いますが、暖かい目で見ていただけると嬉しいです。それではお楽しみください。

プロローグ



 誰も知らない街へ行きたい。

 思えばそんな気持ちからだったのかもしれない。窓の外を眺めてふとそんなことをおもった。今日はあの日、私の人生を変えたあの日とあまりにも似たような雨だったから。この雨を追いかけて行けば私を変えてくれる「何か」に出会えるかもしれないなんて不確かな確信を持ってしまった。

 その日は視界がぼやけるほどの雨だった。定期的にも不定期的にも聴こえるその音は私に何もかもどうでもいいと思わせるに十分だった。傘をさしていたのかさえも覚えていない。ただどうかしていた。そう、どうかしていたのだ。携帯から連絡先はもちろん、全てのアプリを消して、設定を開いて初期化した。マンションは解約して、行く宛もなく小さな肩掛けのバックだけを持ってバスに乗った。雨が頬に落ちる。今だにはっきり覚えているのは見慣れた景色がだんだん知らないものになっていくのに、私の心だけはあの都会の風景に残されたままだったということだ。



ーー

AM 5:00

 光を感じて目を覚ました。何か不思議な夢を見ていた気がする。良い夢だったというにはどこか心残りがある感じがするが、決して悪夢ではなかった。…多分だが。

 夢のことを考えていても仕方ないと私は体を伸ばした。今日は恨めしいくらいの快晴だ。掃除をしたら洗濯物を乾かしていくのを忘れないようにしないと。出勤まではあと4時間もある。今日の弁当の献立を考えながらのんびりとタオルを干していく。もう一人暮らしも慣れたもので4年目になる。全てが美しく、まるで止まることを知らないように押し寄せてくる海のように新鮮に見えたあの頃には戻れないことを痛感する。どこの誰かが言っていた「会社は勤めて4年目から辛くなる」というのは間違っていないみたいだ。

 冷蔵庫を開けると信じられないほどに何も入ってなかった。最近、話題の某配達サイトに頼りっぱなしでほとんどスーパーに行ってなかったことを思い出す。

「はぁー。コンビニよればいっか。」

早起きしたことが無駄になりソファに身を投げた。出勤まではあと3時間。エアコンの音が遠くに聴こえる。段々と重くなる瞼に抗えず私は目を閉じた。

 

 次に目を覚ました時には出勤の約1時間半前の7時37分だった。電車の出発時刻は7時56分だ。思っていたより寝てしまったことに焦りつつ急いでバックを掴み駅に向かった。大丈夫、ここから駅までは5分しかかからない。髪はボサボサ。スーツは皺になっているが今はそんなことを気にしている場合ではない。

 滑り込みでなんとか電車に間に合ったが、コンビニに寄ることができなかった。今日は外食するしかなさそうだ。いつもより軽いバックと、さっきまでの快晴が嘘のように曇り始めた空を見て、何故か今日は最悪の1日になる。そんな予感がしていた。

 私の働くオフィスは会社のビルの5階。1番角にある景色の綺麗な一室。そこそこのお気に入りだった。職場環境自体にはそこまで不満はないし、仕事もそつなくこなしていると思っている。少し、上司や、同僚、後輩には不満があるが関わらなければそんなに面倒くさいことにもならないだろうととにかく飲み会などの集まりを避けてきた。

「おはようございます」

「あ、西野さん、おはようございます」

「おはようございますぅーあー、せんぱい!今日差し入れにお菓子持ってきたんです!よかったら机の上に置いてあるので貰ってくださいねー。あ、部長もどうぞー!」

「おおー、美香ちゃんは相変わらず気がきくなぁーなぁ、佐々木!」

「は、はい!なんか、お菓子の選び方も女の子らしいっていうか…」

そう言いながらチラチラと私の方を見てくる男2人。悪意しか感じない。確かに、人付き合いもしないし、滅多に差し入れもしない。女の子らしくもない私にも多少は非があるとは思うが…。

「まぁ、いい。」

何がまぁいいんだ。心の中でツッコミを入れる。

「西野、西野。ちょっと来い」

「え?私ですか?」

「お前以外に誰がいるんだ。」

「すみません」

新しい企画とかかな。珍しい、部長に呼び出されることなんて滅多にないし…。他の人からの目線が痛い。なんか小声で話しているのがわかる。

 連れて行かれたのは部長室。まぁ同じ一室に無理やり作られたガラス張りの個室だ。

「…西野」

「何ですか?」

「お前に言わなきゃいけないことがある」

いや、言わなきゃいけないことがあるから呼んだでしょうが。仕事が溜まっている分イライラが募る。

「お前との契約を今週で切ることになった。」

「は?」

「すまん、今、ウチの会社にはお前を雇えるだけのお金がないらしく、苦渋の決断だったんだ。…お前のやっていた仕事は美香ちゃんに引継ぐことになった。引継ぎとかを今週中に済ませてすまないが会社を辞めて欲しい。話は以上だ。」

 1人の社員が職を失ったというのに反論や質問をする暇もなく部長は部屋から去っていった。その冷たさを気にすることもできないくらい今言われた言葉が頭の中を反芻していた。

 私がリストラ?何で?仕事はちゃんとやってた。誰かに迷惑をかけた覚えもない。だいたい何で1年目の美香じゃなくて私なの?答えのない疑問が浮かんでは消えて。浮かんでは消えて。取り残された空間がだんだん広くなっていくように感じる。まるで世界に1人、取り残されたような。頭は追いついていないのに体は勝手に動いて、気付いたらオフィスで自分のものを片付けて、美香に引継ぎの話をしていた。

 「えー!先輩辞めちゃうんですかぁ!?…私先輩いないとできませんー!寂しいー」

「大丈夫だよ。美香ちゃん私より仕事できるし、困ったら周り頼れば良いでしょ。みんな私と違って美香ちゃんには甘いんだから。私なんかいなくても大丈夫。」

つい、いつもは言わないような棘のある言葉が口から落ちては刃のように鋭く届く。俯いた美香をみてハッとする。

「…ごめん。言いすぎた。…もう昼になるから私、昼食食べてくるね。美香ちゃんも食べちゃいな。」

「あ、先輩!」

 食欲なんてあるはずもない。今日は昼食を持ってこなくて正解だった。適当に街中を歩く。1人のアラサーまじかの人間が職を失ったことなんて知る由もなくみんな忙しなく歩いていく。

 私はこれからどうしたらいいんだろう。違う会社に勤められるのだろうか。今の会社は世間一般で言う「良い会社」だ。勤め先が見つかったとして今の会社のように名の知れたところで勤めるのはもう無理だろう。今住んでいる会社の寮も引っ越さなくては行けないのに、一生懸命貯めた貯金も今まで頑張ってきた経歴も、一瞬で消え去ってしまう。

 私は、まだ夢なんじゃないかと思っていた。信じることが出来なかった。いや、信じたくなかった。昼休憩の時間がとても長く感じる。仕事がある時はあんなに短く感じるのに。今になって、昼休憩がすぐ終わってしまうことのありがたさを知るなんて。感謝したってもう遅い。感謝したところで私の狂った人生は元通りにはならないのだ。

 気づくといつもより遠くまで来てしまっていた。

(あれ、こんなところに喫茶店出来てたんだ。)

久々に来るとクラシカルでどこか暖かい雰囲気の喫茶店があった。少し、コーヒーでも飲んで落ち着こうと思い半ば引き寄せられるように店の扉を開いた。

「いらっしゃいませ。お一人ですか?」

「はい。」

「席ご案内します。」

歳の割に落ち着いた声の20前半くらいの顔が整った今どきの好青年が慣れた手つきでメニューを持ち席へ向かって歩いていく。アルバイトだろうか。ただのアルバイトでも今はキラキラして見える。

「ご注文はありますか?」

物腰柔らかに聴いてくる姿がやけにこの店にしっくりきていて、こんな若いのにどこかベテラン感があるのがとても不思議だった。

「あ、コーヒーで。」

「ミルクと砂糖は。」

「なしで。」

「分かりました。お客様、この店に来られるのは初めてですよね。」

驚いた。来た人のことを全て覚えるのだろうか。そういえばこの店、他に定員が見当たらない。

「あ、すみません。驚かせてしまいましたか?実は僕、ここのマスターで。ここのお店、常連さんがほとんどなんで新しいお客様はすぐに分かるんです。」

「え!マスター!?」

ハッとした時には遅かった。昼時で人が多い店内のほぼ全ての人がこちらを見ていた。恥ずかしくなり少し周りに会釈をしてから小声で

「え、マスターなんですか?まだ20代前半くらいですよね?」

「よく驚かれます。まぁ僕を拾ってくれた元々のマスターが亡くなってしまって。彼から受け継いだ形なんですけどね。」

「そう…なんですね。暖かくてクラシカルな雰囲気がとてもいいですね。常連さんが多いのがよく分かります。」

私も拾ってくれとは言えなかった。言えるわけなかった。

「ありがとうございます。そう言って貰えると先代も喜ぶと思います。………こちらブラックコーヒーになります。」

少し微笑みながらカップに滑らせる手にはなんともいえない美しさがあった。

 「マスター!ちょっと話聞いてくれよお」

低めの中年男性の声が店内に響いてマスターは、私に少し申し訳なさそうにしてからすぐに人の良さそうな顔に戻って、いそいそと男性の方へ向かっていった。

 カップに口をつけて一口。コーヒーを口に含んだ瞬間にその香りの香ばしさと今までに飲んだことのない深みのある味に思わず目を見開いた。

「美味しい…。」

思わず頬を雫が濡らす。心を満たしていくような安心するような包み込まれるそんな味に思いが溢れてくるようだった。

「よかったらどうぞ。」

後ろから差し出された白に黒猫の刺繍がされたハンカチに振り向くといつの間に話を終えたのかマスターが立っていた。

「すみません。」

「いえいえ。……知ってました?この席、実は特別席なんですよ。」

そういたずらっぽく笑った彼は私の前に先程もみたメニュー表を置いた。知ってました?って今日ここにきたばかりなのに知るはずもないのに、おかしなことを言う。

「ここ。」

そう言って長くて細い指が差したところには長細い栞くらいの大きさの紙がはさまっていた。そして手書きの文字でこう書かれていた。


【夕刻、雨の降るバス停 行き】


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