シニア・アカデミー
そしてヴィルは希望通りシニアに進んだ。
ジュニアからの進学者は256名……およそ2割の学生が進学したことになる。
シニアでは航宙技術の中でもさらに特殊な技能を専門的に学ぶ。
エンジニア、コンピューター技師、通信士、衛生士……分野は幅広い。その中でヴィルが選んだのは航路作成士だった。その詳しい内容については追々説明していくことにする。
入学式の当日の事については、ヴィルは次のように日記に書き記している。
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……入学式は何事も無く終わった。あまりにあっさりし過ぎて少し拍子抜けした気すらする。まるで入学式と言うよりは新学期、といった雰囲気だった……(中略)午後から「顔合わせ」が行われた。1年前からシニアに入ってきていた学生たちと、この時初めて顔を合わせた。これからは彼らと共に学ぶことになるのだ……僕はこの時になって、初めて自分がシニアに進んだことを実感した……
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ここで合流した学生は194名、合計で450名になる。そのうち航路作成の学生は20名。そしてシニアでの生活が始まった。
彼らは2年間専門的な事を学び、その間に4度の短い実践航宙に出た。その実践航宙の中で、彼らは様々な技術と共にチームワークの大切さを学んでいった。
そして3年目の今年、彼らは最終課題である1年間の実践航宙に臨むことになった。
アカデミーのあるとあらゆる課題の中でも最大の難関である。
成功率は極端に低く、予定の航路を大幅に変更したり、或いは不測の事態に見舞われ、帰還を余儀なくされたものが殆どである。
手元にあるデータを見る限りにおいても、それまで50回を超える航宙の中で成功している例は僅かに1つ……しかし、それでさえも完全な成功とは呼べなかったのである。
最終課題の前に、学生たちには1か月の休暇が与えられる。
その途中彼らはアカデミーから最終課題を受けるか否かの意思確認をされるが、彼らの誰一人として「否」と答えるものなどいない。それは彼らにとって考えられない事だった。
ヴィルもまた里帰りをして後、予定よりも若干早く学園に戻ってきた。
少し調べたい事があったためである。
ポートに着くと、前の日に戻ってきていたユーリが出迎えてくれた。
「もう、休暇はいいのか?」
開口一番にユーリが言った言葉がそれだった。
ヴィルはバッグを担ぎ直しながら、軽く笑った。
「ああ……そう言うユーリも早かったんだね」
「別に今生の別れでもないからな……」
「随分古い言い方をする……」
「詩的、と言ってくれ」
「全然似合わないよ」
短い言葉を交わしながら居住エリアへと昇って行く。
部屋に荷物を降ろすと、ユーリが時計に眼をやり聞いてきた。
「先に何か食うか?」
ユーリの問いにヴィルも時間を確認し、少し考えてから首を振る。
「昼にはまだ少し時間があるね……ちょっと調べものしてからにするよ」
「この間言ってたやつか?」
「うん、まあね……」
数日前、ユーリと連絡を取り合った時、ヴィルは事前に最終課題に関する情報を得ておきたい、と話していた。ユーリもそれに同意を示し、今日、待ち合わせをしていたのだ。
「ユーリはどうする? 図書室で待ち合わせても良いよ」
「いや、俺も食事はまだいい。一緒に行こう」
二人はそのまま図書室へと向かった。
その途中、お互いに調べていた情報を交換し合う。
「で、何か分かった事は有ったのか?」
「いいや、やっぱり大したことは分からなかったよ。一応ネットとかも調べてみたんだけどね……ユーリの方は?」
「こっちも同じだ……最終課題は概要だけの公開になっているらしいな」
「みたいだね。公開されている情報はもうあらかた知ってる事が多かったから」
「それで、今日はどうするつもりだ?」
「取り敢えずは過去に行われた実践航宙のデータを見ようかと思ってるよ」
「了解……じゃあ、手分けしよう」
過去の最終航宙のデータは特別なブースで管理されている。しかし外とは違ってアカデミーのシニアであれば学生証の提示で閲覧する事は出来た。
「それにしても膨大な量だな……」
呆れた口調でユーリが呟く。
「コピー取らせてもらうしかないかな……」
ざっと概要を読んだ後でヴィルも同じように呟いた。
「許可は……取り敢えず要らないようだな」
自分が見ていた端末を操作しながら、ユーリが確認する。
「だが、これだけの量となるとコピーだけで1日は掛かるぞ」
「そうだね……」
ヴィルは持って来ていた記録用のデータチップを取り出しながら、困ったように笑った。
「チップ、これだけしか持って来てないけど、足りるかな?」
「さあな……だが抜粋しようも無いし」
ユーリも同様の苦笑いを零す。
「取り敢えず、コピー取ってみようか」
そう言ってヴィルが端末にチップを入れようとしたその時、
「ハイ、お二人さん。何をこそこそしてるのかな~」
陽気な声が二人の背後から掛かった。
二人が同時に振り向くと特別ブースの入り口に数名の生徒が姿を見せていた。その中の一人がニコニコと二人に手を振る。ヴィルは笑顔を返すと手を挙げた。
「ハイ、アレン。別にこそこそはしてないよ? ちょっと調べたいことが有ってね」
「お前たちも調べもの? 実践航宙の事で?」
アレン・シノツカは端末に表示された画像を覗き込んだ。
「うん、まあね。と言うか、アレンたちも……?」
この特別ブースは図書室の中でもかなり端の方に設置されている。しかも取り扱うデータは最終課題の航宙データのみ……ここにいる時点で互いの目的は同じであることは容易に想像がつく。
ヴィルの言葉にアレンは体格に似合わない人懐っこそうな笑みを浮かべて頷く。
「やっぱり、何も分からないとちょっとな……」
「いろいろ知っておきたい事もあるし……」
別の学生が後を引き継ぐ。
どうやらみな気持ちは同じのようだ。
ヴィルは笑って頷いた。ユーリは既に作業を再開している。ヴィルも自分の端末に眼を向け直した。
「コピー取ってるのか?」
「まあな……ちょっとデータ量が多くて一日じゃ終わりそうにないから……」
そう答えながらふとユーリが顔を上げる。
「そうだ……まっさらなチップ持ってないか?」
尋ねられて、アレンは少しばかり意地悪そうな笑みを浮かべてみせる。
「あるのはあるけど、抜け駆けするような奴には貸せないな」
「抜け駆けなんてとんでもない……」
わざとらしくユーリが真面目な顔を作って言う。
「誠意をもって情報は公開させていただきますよ」
恭しく頭を下げると、どっと笑い声が起こった。
「冗談だよ……な、アレン」
アレンと同じセキュリティークラスの学生がアレンの肩を叩く。
「ああ、一緒にやろうぜ」
アレンは笑って頷き、ジャケットからチップを取り出した。それを別の端末に差し込むと、
「どのあたりまでいった?」
「じゃあ真ん中で分けよう……こっちで25期以降をコピーするか?」
「いや、それよりも全員で手分けした方が速いぜ……俺たちもやろう」
「ああ、頼むよ」
振り分けをして残りを全員で作業する。それは速やかに進み、昼を過ぎる頃には全てのデータが出揃った。
「腹が減ったな……なんか食べに行こう」
誰ともなくそう言いだし、彼らは揃って昼食をとりに食堂へ向かった。
「そういやレイルも明日の便で戻って来るらしいな」
「フリオやマックスも明日には戻って来るらしいよ……」
食堂に向かう途中でそんな話題が持ち上がる。
「みんな早いな……」
「多分落ち着かないんだろ……早く宇宙に出たくってさ」
笑う声が言う。しかしその声にからかいの色は無い。
不安と期待の入り混じる今の気持ちを落ち着かせる術など、本当は見つかりなどしないと言うのが誰もが持つ本音だ。
だからこそじっとしていられない分、有効に時間を使う事を彼らは選択する。
(結局みんな同じ気持ちなんだな……)
明るい仲間の声に不思議な感銘を覚え、ヴィルはそっと笑みを零した。
その日の夜、ヴィルは一人図書室にいた。
暗がりの中、端末を見詰めるその瞳が厳しい。
ディスプレイの表示は次々に切り替わっていくのだがなかなか目当てのページは見当たらないらしく、時々重い溜息を吐きながら目頭を押さえる。
もう、かなり長い時間そうしていた。
いい加減疲れが溜まって来たのか首から上が重く感じられる。ヴィルはディスプレイから目を離すと一度大きく伸びをした。首の骨が乾いた音を立てる。
人の入ってくる気配にドアの方に目をやると、ちょうど入って来たアレンと目が合った。
「なんだ、ヴィル……ここに居たのか」
「ああ、ちょっとね。何か用?」
「イオが探していたぜ。お前に見せたいものがあるって」
「僕に……? 何だろう」
「……さあ?」
アレンは曖昧に答えながら宇宙工学の棚の前に立った。すぐに目当てのディスクを探し出すと、それを抜き取りすぐ近くの端末で読み取りに掛ける。
それを何気なく眺めていると、
「調べ物でもしていたのか?」
顔も上げずにアレンが聞いてきた。
「まぁ、ね……」
「何だ? 疲れてるな……そんなに気にかかることでもあるのか?」
「うん……今日の事じゃないんだけど、個人的に、ね」
「大変そうだな。何か手伝えることはあるか?」
「いいよ……本当に個人的なことだから」
アレンは顔を上げると、ヴィルの顔をじっと見つめた。だが、すぐに端末の方へと視線を戻してしまう。
「まあ、あんまり無理するようだったら、こっちの方はレイル達にでも手伝わせるさ……とにかく」
端末を消してディスクを抜き出し、アレンはそのまま貸し出しの受付カウンターに向かった。
「何でも一人で背負い込むなよ。頼れる分は人に頼れ」
「いつだって頼ってるよ」
「ウソつけ」
受付から弾き出された個人カードを取りながら、アレンは皮肉っぽく笑う。
「本当に大事な時に限って、いつも一人で抱え込んじまう……お前の悪い癖だよ。ま、他人が言っても仕方の無いことかもしれないけどな……んじゃ、また明日な」
言うだけ言ってさっさと部屋を出ていくアレンの背中を、ヴィルは何も言えずにただ苦笑と共にに送ることしかできなかった。
アレンの言いたいことはよく解っている。
しかし、このことはやはり誰かに手伝ってもらうようなものではない。
大きく息を吐き、再びディスプレイの方へと向き直る。そこに映し出されているのは、無残にも胴体を真っ二つにされ、虚空に漂うだけの航宙艦の残骸……
「……」
そのスチルに補足のように付け加えられている説明に眼を通し、ヴィルは頭を振って次の項目へと移動する。
ヴィルが今調べているのは、彼の父親が遭遇した『事故』の事だった。
文章のおかしなところなどは極力手直ししましたが、少し淡々としすぎているかも知れません(^_^;)
後日少し書き足すかもしれません。
本日もよろしくお願いいたします。