魚が泳ぐ空
僕には妹がいる。
5つ歳の離れた妹だ。
僕がどこかに出かけるたびに、走ってついてくるような、活発な子だった。
今日も、彼女は。元気だ。
いつものように、玄関で靴をはいていると、僕のところに走ってくる。
妹「今日はどこに行くの?」
兄「今日は人と会いに行くよ」
玄関から外に出る。
空は、魚が泳いでいてもおかしくないほど、澄み渡っている。
右足のかかとがうまく靴にはまっていないのか、少し心地が悪い。
僕は歩き出す。目的地はそう遠くない。
5分歩いたところにある駅から電車に乗り、10分程度。
たどり着いた駅から2分程歩くと目的地に着く。
妹「今日会うのはわたしも知っている人?」
兄「ああ、よく知っている人だよ」
額から汗がにじむ。帽子を被ってこないことを後悔したけれど、
戻るにしても、なかなかの距離を進んでしまった。
妹「汗すごいけど大丈夫?帽子貸す?」
兄「大丈夫。もう少し行けば駅に着くから…ほら、見えてきたよ」
駅に入るとひんやりした空気が僕の肌をくすぐった。
受付窓口から駅員さんがこちらを見ている。
兄「切符お願いします」
電車の運賃をカウンターに置く。
妹「お兄ちゃんはもう大人料金なの?」
兄「今年からね」
駅員さんから切符を受け取ると、改札を通り、そのまま電車に乗り込む。
妹「私も大人って言いたいな~」
兄「別に俺だって大人って言いたくて、なったわけじゃないんだけどな…」
電車の扉が閉まり、ガタンという音と共に進みだす。
妹「みてみて!どんどん車をおいてくよ!」
兄「早いよね。歩くと、本当に遠くに感じるのに」
電車は車も、人も、建物も追い越していく。
自分は座ってるだけなのに、自分の周りだけが世界から切り離され、飛んでいくような。
そんな感覚だった。
ぼんやり外を眺めていると、少し首が痛くなった。
右肩から首までが軽く張るような、そんな痛みだ。
兄「いてて…首痛い…」
さすってはみるが、痛みはとれなかった。
次第に電車はゆっくりと速度を落とし、駅に着いたことを体越しに伝える。
兄「そろそろ降りる準備して」
妹の靴を床から拾い上げ、はきやすいように足を入れるところをぐっ、ぐっと広げる。
ついに、ぴたりと止まった電車はドアを開け、僕に降りるよう、催促しているように感じた。
駅の玄関口を出ると、さっきまでの涼しさが、まるで僕たちをあざ笑うかのように暑さに変わる。
兄「やっぱりあっついなぁ…」
駅から歩いて徒歩二分。
目的地に着いた。
そこは、少し車通りの多いだけの、普通の交差点だ。
朝にはたくさんの子供が学校に向かうために歩き、大人は会社に向かうために車で通る。
兄「来たよ」
僕は手に持った靴を、近くにある電柱のそばに置く。
妹がたいそう気に入っていた、ピンクの靴。
その周りには、だれが置いたのかわからないお菓子が何個か。
横断歩道の信号が青になり、僕は道路を歩く。
目的地には着いたけれど、歩く。
横断歩道を渡り、引き返すことを許さないほどに、早く切り替わってしまう信号機。
僕は引き返さずに渡った。
最後まで渡り切った。
ふと、空を見上げると、空は家を出た時から変わらない、快晴だった。
兄「さて、帰ってシャワーでも浴びるかな」
帰るときは1つ先の駅から電車に乗ろう。
僕には妹がいた。
5つ歳の離れた妹だ。